造船ニッポン復権なるか、環境規制など追い風に国際競争力を取り戻せ
海事産業強化法、契機に
国内の造船・海運業への財政支援を柱とする海事産業強化法が成立した。中国、韓国の低船価攻勢で苦境にあえぐわが国造船業が国際競争力を取り戻す好機だ。足元は国際海事機関(IMO)の環境規制強化、世界的な脱炭素の潮流で環境に優しい新造船の発注が相次ぐ。受注環境が好転する一方、競争力を失った造船所が商船事業から撤退するなど地域経済に明るさは戻っていない。
低価格の中韓勢に苦戦
「造船市況は必ず回復するものと確信している」。6月半ば、日本造船工業会の新会長に就任した宮永俊一会長(三菱重工業会長)は造船業界の先行きをこう見通した。世界経済の回復に伴う海上荷動きの増加、老朽船舶の代替、液化天然ガス(LNG)燃料船などの発注増が背景だ。
海事産業強化法は造船会社が事業再編や環境対応技術の開発などを盛り込んだ事業計画書を作成し、国土交通大臣が認定すれば、補助金や低利融資、税制優遇といった支援が受けられる。安定的な船舶供給の確保が狙いで、同法により国内の船舶建造量を2025年に1800万総トン(15―19年の平均は1400万総トン)に引き上げる。さらに計画認定の造船会社が製造した船舶を購入した海運企業に対して財政支援し、「海運業の新造船発注を喚起する」(国交省関係者)。造船関係者も「造船、海運を一体にした異例の政策パッケージで効果的だ」と期待を寄せる。
近年の造船業界は厳しい状況が続いてきた。需給ギャップが解消されず、発注は伸び悩み、低船価に苦しんだ。19年の世界新造船受注量は18年の4分の3にとどまり、コロナ禍の20年1―7月は平均で前年水準の半分に落ち込んだ。公的支援を受ける中国、韓国に対し、日本の造船所はほぼ受注できず、20年8月末には手持ち工事量が危険水域の2年を大きく下回る1・05年分に減少。中国とは2割程度、韓国とは1割程度の船価の差があったとみられる。
業界再編が本格化 今治造・JMU、ロット受注
時を同じくして日本では業界再編が本格化。国内造船首位の今治造船(愛媛県今治市)とジャパンマリンユナイテッド(JMU、横浜市西区)が、三井E&S造船(東京都中央区)と常石造船(広島県福山市)が、資本業務提携に踏み込んだ。三井E&S造船は三菱重工に艦艇・官公庁船事業を譲渡する。国内造船事業から実質的に手を引く方針を固めた。
宮永新会長が選任された6月の日本造船工業会の総会・理事会。三井E&Sホールディングスが副会長職を外れた。旧三井造船時代を含め、大手の一角として会長職を輪番で務めてきた名門で、造船業界が新たなステージに入ったことを映す。
海事産業強化法と環境規制を追い風に日本は力強い復活を遂げられるのか―。1月に発足した今治造船とJMUによる営業・設計の共同出資会社「日本シップヤード(NSY)」。日本に造船を残すとの思いが社名に込められている。2社の造船所を活用し、大量隻数のロット発注に応える。
両社はNSY設立以前からコンソーシアムで大型受注に対応し20年末に邦船3社のコンテナ船事業統合会社「オーシャン・ネットワーク・エクスプレス」が発注する世界最大級の2万4000個積みコンテナ船6隻の造船所に選ばれた。
6月には日本郵船によるLNGを主燃料とする自動車専用船12隻(積載台数約6800―7000台規模)の新造プロジェクトを勝ち取る。新来島どっく(東京都千代田区)と分け合う形でNSYが6隻を手がける。
さらに受注機会は広がる。商船三井は30年までにLNG燃料船約90隻の導入を計画。これとは別に35年までに合成メタンやアンモニア、水素燃料を用いて二酸化炭素(CO2)を排出しないネット・ゼロエミッション外航船を約110隻規模まで拡大する。総投資額は約1兆6000億円を見込む。
北米向け中国雑品の輸出拡大などで世界的に鮮明になっている船舶不足、海上運賃の高騰などを背景に、新造船の受注環境は好転するが、JMUの千葉光太郎社長は「性急に受注に走るのではなく、5年後を見据え確固たる収益構造を作らねばならない」と襟を正す。
環境好転も鋼材高騰懸念
鋼材高など懸念材料も浮上。日本製鉄は厚板の価格改定に乗り出した。国内の店売り向けなどで、7月引き受け分からトン当たり1万5000円引き上げる。造船などのひも付きでも、個別に値上げ交渉する見通し。値上げは鉄鉱石など主原料価格の上昇や、市況の状況などを勘案した。
「厚板は、これまで造船業界の業績が厳しい上、価格交渉でも抵抗が強く、値上げが遅れていた」と、鉄鋼業界に詳しい証券アナリストは指摘。海外を中心とする新造船の活況もあり「鉄鋼メーカーと需要家のギャップを埋めるため、値上げが進んでいる」とみる。
韓国ポスコや台湾・中国鋼鉄(CSC)の動きを見ると、アジア圏における厚板の供給は一段とタイト化しそうな展開。問屋筋、東京製鉄の今村清志常務は「造船および周辺業界からの引き合いの強さは今後も変わらなさそうだ」とみる。
苦境の城下町 相次ぐ撤退「耐え忍ぶ時期」
業界に明るさは戻ってきたが、地域経済には温度差がある。業界再編の狭間で商船建造から撤退する動きが相次ぐためだ。三井E&S造船玉野艦船工場が立地する企業城下町、岡山県玉野市。岡山県は1月、南部の567社へアンケートを実施。回答企業の7割が三井E&S関連の仕事をしており、うち6割が「今後の売上高が減少する」と回答した。
機械加工など28社が加盟する玉原鉄工業協同組合(岡山県玉野市)の藤原一師理事長は「先が見えず、各社とも不安を抱えている」と説明。三井E&Sの艦艇部門は三菱重工が引き継ぐが「地元への発注を継続してくれるか心配」(地元企業)との声が漏れる。藤原理事長は「海に囲まれた日本で造船は必須の産業。国は競争力強化に本腰を入れてほしい」と訴える。
5月末、最後の新造船を引き渡したJMU舞鶴事業所(京都府舞鶴市)。地元の財界関係者は「年平均5―6隻の受注がなくなり、影響は大きい」と表情を曇らせる。関連事業者は今後も継続する艦艇修理や発電所の仕事など営業努力を続ける。JMUの千葉社長は「最低限の雇用を維持しながら建造することは大切だ」と、地域経済への影響に目を配る。
雇用対策「供給網支える」
造船業が根付く長崎県。2月、名村造船所グループ傘下の佐世保重工業(佐世保市)が新造船建造休止を発表。最終船は22年1月に完成する。県の雇用労働対策課は、長崎労働局、佐世保商工会議所などと連携し雇用対策会議を発足。対応を急ぐ。
3月には三菱重工が長崎造船所香焼工場(長崎市香焼町)の新造船エリアを大島造船所(長崎県西海市)に譲渡する契約を締結。県の企業振興課は「耐え忍ぶ時期が続く。地元のサプライチェーン(供給網)を支えていくことが必要」と力を込める。