コロナで大苦境の高級レストラン「バーチャル空間」に活路。きっかけは「あつ森」
コロナ禍で歓送迎会や忘年会など企業の宴会の開催が難しくなる中、宴会の会場としてバーチャル空間システム「oVice(オヴィス)」を活用する動きが広がっている。スタートアップのoVice(石川県七尾市)が開発したシステムで、二次元の空間上で自分のアバターを自由に動かし、相手のアバターに近づけると簡単に話しかけられる。大人数が同じ空間を共有しながら、複数の少人数グループに分かれて交流できるなど、オフラインの宴会のようにコミュニケーションできる点が好評だ。そうした中、コロナ禍で宴会需要が消失し、大打撃を受けた高級レストランが、オヴィスを活用した宴会サービスに活路を見いだそうとしている。(取材・葭本隆太)
コロナで社員同士の関係希薄化が課題に
「それでは、乾杯」―。5月28日19時過ぎ、システム開発を手がけるサンソウシステムズ(東京都台東区)の社内懇親会が、現実世界の宴会場を再現したバーチャル空間「オヴィス」で始まった。参加者は、自分のアバターを相手のアバターに近づけて話しかけられるほか、その場でビデオ通話もできる。懇親会に参加した約40人はやがて複数のグループに別れて交流し、互いに日頃の労をねぎらった。
サンソウシステムズは、2月にオヴィスを導入した。同社は社員の多くが、顧客先の企業に常駐するため、定期的な交流会などにより、社員同士の関係性や帰属意識を醸成していた。しかし、コロナ禍でその機会が奪われ、関係性の希薄化が懸念された。その中で、2020年秋にオヴィスの存在を知った同社サービスインテグレーション部の岩間誠さんが主導し、オフラインに近い懇親会が開催できるツールとして導入を決めた。
「コロナ禍で対面の大規模な懇親会が開催できなくなりました。19年12月に忘年会を兼ねて盛大に行った社員旅行がとても楽しかったのですが、そうした催しができなくなり、寂しい思いもありました。それがオヴィスならできると思いました」(岩間さん)。
オヴィスによる懇親会は他の社員からも好評だ。今回の懇親会を主催したサンソウシステムズ営業部の萬治大志さんが強調する。
「懇親会の参加や退出、グループの移動が自由にできるなど、対面に近いコミュニケーションができます。また、(自宅から参加できるため)リアルの懇親会よりも参加のハードルが低い部分も利点ですね」
オフラインの空間を再現する
オヴィス誕生のきっかけは、oViceのジョン・セーヒョン最高経営責任者(CEO)が20年2月に出張先のチュニジアでロックダウン(都市封鎖)により足止めされ、テレワークをせざるを得なくなったこと。その環境下で社内のコミュニケーションを円滑にするため構築した。
「オフィスは社員同士が同じ空間にいて声をかけたり、かけられたりすることが大事。(チュニジアで足止めされた当時はオンライン会議システムなどの)既存ツールは使いましたが、(オフィスで行われているような気軽なコミュニケーションを実現する上で)しっくりくるものがなかったため、自ら開発しました」
オヴィスが目指したのは、オフライン空間の再現だ。そのため「距離の概念」を意識した。その一つとして独自の通信技術により、発話者に対する自分の位置が遠いほど、声が小さく聞こえる仕組みを実現した。また、実際に社内で利用しながら課題を抽出し、アバターが多く集まっている場所でも、声をかけたい相手に話しかけられる仕組みなど、必要な機能を取り入れた。
その結果、円滑な社内コミュニケーションの実現に貢献すると確信し、8月に外部提供を始めた。やがてコロナ禍が長期化し、企業がよりよいテレワーク環境の構築を重視し始めたことで導入は進み、5月末時点の導入社数は約1000社に達した。この過程で図らずも生まれたのが、宴会場としての需要だった。
「20年10月末―11月にイベント用途での申し込みが増えました。具体的な目的を聞くと『忘年会を開きたい』という声が多く、そうした需要があることを知りました」(ジョンCEO)
冒頭のサンソウシステムズも、そうした企業の一つだった。
一方、宴会場としてのオヴィス利用が広がる中で、オヴィスを自社のビジネスに使いたいと考える企業が現れた。東京都と横浜市で大型の高級レストランを展開する銀座クルーズ(東京都豊島区)だ。運営するレストランがいずれも100席以上ある同社は、企業の忘年会や披露宴といった宴会需要が売り上げの中心だった。その需要がコロナ禍によって消失しており、大苦境を跳ね返す手段を探していた。
「あつ森」ブームがきっかけ
「これはいける」―。銀座クルーズが横浜市で運営する「クルーズ・クルーズYOKOHAMA」の支配人、石井優一さん(現・バーチャル空間レストランCRUISECRUISEの支配人)はことし1月にインターネット検索でオヴィスを見つけ、直感した。オヴィスが実現する「バーチャル空間」が、オフラインの空間に限りなく近いと感じたからだ。石井さんが振り返る。
「距離に応じて聞こえる声の大きさが変わったり、話したい場合は近づいてその人に近づいて話したり(という仕組み)がオフラインの宴会と一緒だと思いました。(会場全体に自分の音声を伝える)メガフォン機能などオフラインの宴会のように使えそうな機能がたくさんある点も魅力でした」(石井さん)。
銀座クルーズは宴会の売り上げ減少を少しでも抑えようと試行錯誤していた。収容人数を半減したり、料理の提供スタイルをビュッフェからフルコースにしたりしたが、なかなか実績にはつながらなかった。オンライン会議システムを活用した宴会も模索したが、話し手と聞き手が1対多数の関係になってしまうため、オフラインの宴会のようにはいかないと感じた。その中で、石井さんは「バーチャル空間」というキーワードを意識するようになった。
「(任天堂のゲームソフト)『あつまれどうぶつの森』が流行したとき、バーチャル空間でいろいろな人とコミュニケーションできる部分が面白いのかなと考えました。そこで、宴会の会場も新しく『バーチャル空間』に作ればよいのではと考えました」
そして「バーチャル空間」という言葉をネットで検索し、見つけたのがオヴィスだった。石井さんはすぐにoViceに連絡を取り活用に向けて動き出した。4月にoViceと提携し、5月には新サービス「オヴィス宴会」の開始にこぎ着けた。同サービスで宴会する企業などは、銀座クルーズのフレンチを自宅などで食べながら、オヴィス上で社員同士などが交流できる。宴会の参加者それぞれが3つの似た食材の中から高級品を選び、オヴィス上で答え合わせするといったゲーム性のある企画も提案している。
7月には料理のメニューとして和食やイタリアンも展開する予定。さらに高級レストランとしてのサービスをオヴィス上で再現する体制も整えていく。
「例えば、我々のスタッフがオヴィス上で料理やワインの説明をすると面白いかもしれません。オフラインの店舗と同じようなサービスを受けられるようにして、オフラインの空間で食事を楽しんでもらってるようなイメージを実現します」
銀座クルーズはコロナ禍による苦しい経営環境が1年以上続いている。「バーチャル空間を活用した宴会サービス」を活路にする上で、「料理」と「空間」に加え、宴会を楽しめる多様な「サービス」の設計は鍵を握りそうだ。
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