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商品の“黒子”素材メーカーがデザインの力で消費者に近づく理由

商品の“黒子”素材メーカーがデザインの力で消費者に近づく理由

20―21年秋冬ミラノコレクションで発表されたフォトクロミック技術で白から「フェンディの黄色」に変化するアイテム(アンリアレイジ提供)

モノづくりの最上流に位置する素材メーカーが、デザインの力を借りて一般消費者に近づこうとしている。三菱ケミカルはアパレルブランドを立ち上げ、同社独自の繊維の魅力を発信する。三井化学は海外高級ブランドなどを通し、強みの技術を訴求する。素材は自動車や家電製品、アパレル、食品などのさまざま商品の価値を高める黒子。デザイナーや消費者の声から気づきを得て、新たな可能性を切り開く。(取材・梶原洵子)

三菱ケミカル 独自アパレルブランド立ち上げ

「黒の発色の良さは当社の『ソアロン(トリアセテート繊維)』の売りの一つ。だが、デザイナーから提案されたのはスモーキーブラックだった」。三菱ケミカルの長野真テキスタイルチームリーダーは、3月に立ち上げた新ブランド「age3026」で、社外のデザイナーの考え方の違いに驚かされた。黒は最も質の違いが表れる色。このため素材メーカーには、他の素材には出せない“高級感のある黒”で差別化するのが常識だった。

同ブランドはデザイナー集団の「クリエイティブ オフィス イオ」がプロデュースし、「千年先の未来まで美しい世界を紡いでいきたい」という思いを込めた。

この考え方に合うのは高級な黒よりリラックス感のあるスモーキーブラック。素材の特徴を目立たせることだけが、価値を伝える方法ではない。

三菱ケミはアパレルブランド「age3026」を立ち上げ、消費者との直接のコミュニケーションを開始した(age3026のインスタグラム投稿)

“千年先”のコンセプトはソアロンのサステナブル(持続可能)な特徴から生まれた。適切に管理された森林から調達した木材パルプを原料に使い、工場でFSC―COC森林認証を取得。有害な化学物質を使わず、持続可能なサプライチェーン(供給網)を経た繊維製品に付与される「ブルーサイン」認証も取得している。

同繊維は三菱ケミカルだけが生産し、高級婦人服を中心に使われている。サステナブルなこともアパレル業界には有名な話。ただ、服の内側のタグにある「トリアセテート」の記載まで見る消費者は少なかった。独自ブランドは価値を伝える重要な一歩となる。

「ソアロンの価値を知ってもらい、主要顧客である高級婦人服ブランドでの販売増加につなげたい」と長野チームリーダーは話す。

同ブランドはオンラインで展開し、メンズ・レディースのジャケットやパンツ、シャツなどを販売している。参加交流型サイト「インスタグラム」を使ったメディア戦略も同社には初めて。消費者とのコミュニケーションを次の商機にもつなげる。

三井化学 光で色が変わる素材、「フェンディ」が採用

「『FENDI』(フェンディ)の人たちが三井化学にやって来た時は驚いた」と話すのは、社内有志による素材の魅力を再発見する活動「MOLp(モル)」を展開するコーポレートコミュニケーション部の松永有理氏。フェンディが日本のブランド「アンリアレイジ」とのコラボレーションで発売したジャケットやバッグに、光で色が変わるフォトクロミック素材が採用された。

同素材を繊維に落とし込み、太陽光に当たるとフェンディのロゴやアイコンカラーの黄色などが際立つアイテムを完成させた。同アイテムを発表した2020―21年秋冬ミラノコレクションの会場は大きく沸いたという。

世界的高級ブランドとのつながりはモルの活動がさまざまな人を引き寄せた結果だ。18年に開いた新素材の展示会「モルカフェ」でアンリアレイジのデザイナーである森永邦彦氏と出会い、19年のパリコレでアンリアレイジと三井化学のコラボが実現。森永氏がLVMHグループ主催の国際賞で作品を披露し、クリエイティブディレクターであるシルビア・フェンディ氏の目に留まった。

モルでは多くのプロジェクトが走っている。19年の芸術祭「あいちトリエンナーレ」では、大型3Dプリンターによるポリプロピレン(PP)製の巨大な手のオブジェ制作を支援。層間接着性が弱いPPの課題を素材技術で解決した。自動車生産に3Dプリンターが使われる将来をにらんで技術を開発した。

プリンテッドエレクトロニクス技術ベンチャー企業のエレファンテック(東京都中央区)との協業もモルカフェからスタート。同社は三井化学名古屋工場(名古屋市南区)内に量産工場を設置し、協力を広げている。

「素材と人の想像力、加工技術がそろえば何かできる。素材で想像力をかき立てたい」と松永氏は話す。

第2回モルカフェの開催は7月13日から数日間と決まり、現在急ピッチで準備を進めている。「未来のためにすべきこと」「今だからすべきこと」のテーマで複数の作品を展示する。

AGC 新たなガラスの魅力追求

「僕たちがデザインした車も、僕たちの気持ちも8・2秒に1回壊されているんですよ」。ダイハツ工業のデザイナーは寂しそうに話す。日本では年間460万台が廃棄され、約8・2秒に1台がスクラップ処理される。

ダイハツのデザイナーとAGC技術者は、壊れた自動車ガラスを再生させることで、ポジティブな事に変えたいと考え、展示会向けに作品「Glass Voyage」を共同制作した。粉々に砕けた自動車ガラスの上にコケが生えており、破壊とは真逆の自然と共生する作品だ。作品の制作過程で自動車ガラスに含まれる金属が菌の繁殖を防ぐことを確認しており、本当に植物を育てる土台として使える可能性がある。

ダイハツ工業のデザイナーとAGCが制作した作品「Glass Voyage」

この作品は、AGCと国内主要自動車メーカーのデザイナー集団「JAID」による展示会「8・2秒展」の展示作品の一つ。8・2秒は一目ぼれにかかる時間といい、同展示会ではガラスを用いて人の心が動く瞬間を演出する作品を集めた。

例えば、トヨタ自動車のデザイナーとは、透明で冷たいイメージのあるガラスでたき火を再現した作品「Glass Camp」を制作。ガラスの中に大気と同様の状態を作り出した特殊な分相ガラスでできた薪に光を当てると、発熱したように赤く色が変わる。

同展示会はAGCスタジオ(東京都中央区)で6月19日まで開催している(緊急事態宣言期間中は休館)。デザイナーの目を通して新たなガラスの魅力をアピールし、ガラスの可能性を広げる。

長瀬産業 美大生、化粧品容器を提案

長瀬産業は多摩美術大学との産学共同研究で、美大生がサステナブルな樹脂を使って化粧品容器をデザインし、アルビオン(東京都中央区)やポーラ(同品川区)、資生堂に提案する取り組みを20年度に実施した。高価格帯化粧品において、容器はブランドイメージを表現し、消費者の感性を刺激する重要なアイテム。

美大生にとって実践的なプロダクトデザイン研究の場となるのと同時に、メーカーには未来のデザイナーの考えを知る場となった。

参加した学生の一人の藤朱里さんは、アルビオンのテーマ「環境に配慮しつつも高級感を損なわないデザイン」に対し、茶道の道具やお茶を器に注ぐしぐさをイメージした容器をデザインした。「日本らしいデザインを追求した結果、茶道の所作に行き着いた」(藤さん)という。

多摩美大生の藤さんがデザインしたアルビオンの化粧品容器

長瀬産業が販売する米イーストマンケミカル製の樹脂を使った。同樹脂はガラスのような透明性や耐久性、耐薬性を持ち、環境対応も進められている。

世界的にサステナブルな社会の実現に向けて価値観がシフトする中、素材はもっと消費者のニーズを知り、新たな感性で応えていく必要がある。

日刊工業新聞2021年5月4日

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