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アイデアを製品化するには?プロセスを1から学んでみよう

雑誌『機械設計』連載 アイデア品を販売したい! 製品化プロセスのイロハ  第1回 製品化のハードルを越えるための知識とは

中国企業は製品化のスピードが速く、日本の製造業はこれに追いつくことができない。一般的に中国企業の仕事の仕方は、製品化プロセスにおける問題点の8割程度を対策して次の工程に進み、もし再度問題となったときにその部分だけ前の工程に戻り修正をしていくというやり方だ。一方、日本企業の仕事の仕方は、すべての問題を完全に対策してから次の工程に進むやり方だ。よって市場に出る最終製品も、もちろん中国企業の場合は8割の完成度であり、日本企業の場合は10割の完成度となる。しかし、中国企業は市場で問題が発生すれば、それも随時対策して完成度を上げていく(図1)。最近、日本でも中国式の考えを取り入れて製品化のスピードを上げ、早々に市場に出そうと試みる企業がある。筆者はあまりこの方法をお勧めしない。理由は、10割の完成度に到達するのに費やす期間とコストは、日本式の方が最終的には短くて安価であると考えるからだ。製品化プロセスをまず理解したうえで、製品化プロセスのどの工程を工夫して日程短縮につなげるかを検討することが必要だ。単なる工程の削除であってはならず、まして製品化の知識が足りなかったばかりに本来実施すべき工程を実施しなかった、となってはいけない。こうしたことを回避するために、製品化の基本的なプロセスを本連載でお伝えする。

 
図1  8割程度の対策で次の工程に進む、仕事の速い中国人

ベンチャー企業の困りごと

筆者がこれまでかかわってきたベンチャー企業の困りごとの中で、特徴的な例を3つ紹介する。

 

1つ目は、ある特殊なシュレッダーを製品化しようとしたベンチャー企業である。新開発したシュレッダーを、市場価格から判断して90万円を想定し販売しようとした。しかし、部品コストの合計が60万円になってしまったため、これではいくら売っても損してしまうことになったのだ。筆者が「目標とした合計部品コストは?」と質問したところ、「企画時には部品コストがわからなかったので、目標コストなしで製品化を進めた」との返事であった。最終の試作の部品データ(図面)で部品コストの見積もりを取って、60万円となってしまったらしい。どうするのが最善だったのか、設計し直すしかないのか、と言った困りごとであった。この企業は、コスト管理手法を知らなかったばかりにこのような事態に陥ってしまったのだ。

2つ目は、理化学機器の製品化を新規事業として始めた板金メーカーである。ユーザーに製品が届いたところギヤが外れてしまっていたらしい。そこで、ギヤの正しい設計手法を教えてほしいという筆者への依頼であった。筆者がその内容を詳細に確認したところ、「ユーザーに届いたものは未使用の状態でギヤが外れていた」との話だった。輸送に問題があったのではと考え、「輸送試験はしましたか?」と筆者は質問した。すると逆に「輸送試験って何ですか?」という質問が返ってきたのだ。この企業は、JIS(日本産業規格)に規定されている輸送包装試験の存在を知らなかったのである。

 

3つ目は、ある精密な測定器の製品化を企てるベンチャー企業だ。その企業にはその測定器の原理を研究・開発している技術者が1人いたが、製品化するにはその1 人だけでは足りず、その測定器の原理に精通した技術者を2~3名採用した。しかし、採用した技術者が研究・開発者であったため、検証用の試作品しかつくった経験がなく、製品化で必須である安全性や製造性などを考慮した設計ができなかったのだ。そのため、製品化のハードルをなかなか越えられずにいたのであった。

 

製品化には、前述したコスト管理・信頼性(前述の輸送試験など)・安全性(一部は法規制)・製造性などの知識が必要である。これらを知らずに製品化はできない。筆者が前職のソニーに入社したとき、日中は設計以外の仕事ばかりで設計は残業時間にしかできない、と先輩から言われたことがある。実際に製品化の業務を始めてみると、確かにCADで設計する以外の仕事が多いことに気づいた。部品の見積依頼とその集計、部品表の作成や試作部品の発注依頼、安全性のための法規制調査やその申請資料の作成などである。設計者である筆者はこのような仕事が苦手であるが、これなくして製品を量産して市場に出すことはできず、利益を得ることもない。「製品化」はCADで設計さえすればよいというわけではないのだ(図2)。

 
図2  製品化に必要な知識の多さに戸惑う、ベンチャー企業の社長

「1個モノの非売品」vs.「量産モノの販売品」とは

「1個モノの非売品」とは、展示会のサンプルや治具、設備であったりする。一方、「量産モノの販売品」とは、われわれが一般的に目にする、家電品や文房具、日用品などである。ここでいう「量産モノ」とは、例え月に2~3個の生産であっても、長期にわたって製造し続けるモノを指す。また、「販売品」とは不特定多数のユーザーのいる市場に出すモノのことである。本連載において、「製品」とは「量産モノの販売品」を指すこととする。

 

「1個モノ」と「量産モノ」の違い

「1個モノ」は、展示会のサンプルや治具、設備などの1回きりの生産であるため、予算はあるにせよ部品コストを細かく気にしながら設計することはない。しかし、「量産モノ」の部品コストは重要だ。なぜなら1円でも部品コストが安ければ、その価格差×販売台数がそのまま利益の上乗せになるからである。製品の販売によって利益を得る事業部であれば、その利益がその部署の成績になるので、部品コストの管理は重要業務となっている。

 

また、「1個モノ」は製造性を配慮して設計する必要はない。例え組み立てにくくても、1個組み立ててしまえばそれで終わりだからだ。組立ミスがあっても、その1個だけを修正すればよいので、品質問題として扱われることもない。しかし、家電品や文房具、日用品などの「量産モノ」はそうはいかない。数百回も繰り返される組立作業がしづらいと、工程の作業時間(タクトタイム)が長くなりコストアップになる。悪い場合には作業者への身体的な負担が増したり、作業ミスを誘発したりすることもある。作業ミスをした製品が大量に組み上がってしまうと、その改修には多くの費用が発生する。よって製品化の設計には、組み立てやすく組み立てミスの生じない製造性の知識が必要なのだ(図3)。

 
図3 「1個モノ」と「量産モノ」の違い

「非売品」と「販売品」の違い

「非売品」となる展示会のサンプルや治具、設備などは、それを使用する人が特定されているため間違った使い方をされることがない。よって、安全性にはさほど配慮する必要はない。また、市場に出ることもないので安全性を含む法規制は適応されない。安全性とは、例えば電子レンジから出る電磁波が人体に影響を与えないか、のようなことを言う。「販売品」は、不特定多数のユーザーのいる市場に出る。そのため認定された機関で安全性の確認を行い、国の認証を取得する必要がある。よって、特定の製品は法規制に従って設計をする必要があるのだ(図4)。

 
図4 「非売品」と「販売品」の違い

また、展示会のサンプルは長期的に使用されることもない。よって、信頼性に配慮して設計する必要はない。信頼性とは、その製品の強度や耐久性などのことである。しかし、販売品は使い慣れていない不特定多数の人が長期にわたって使用するため、想定される最大荷重で製品寿命(部品交換)までに何回使われるかを想定して設計する必要がある。さらに、製品をあらゆる場所にいるユーザーに届けるためには、輸送で多くの振動や衝撃が製品に加わるため、それも想定した設計が必要だ。よって、製品化の設計には信頼性の知識が必要なのである。

 

一般的な治具・設備などは、一般的な製品と比較して逆に信頼性が高く設計されている。部品のコストが高く、一般的な製品とは設計手法が異なることも知っておくとよい。

 

製品化に必要なそのほかの知識

以上のように、製品化には主に次の4 つの知識が必要となる。大量に生産し利益を上げるためには「製造性」と「コスト管理」の知識、そして市場に出て不特定多数のユーザーが使用するためには「安全性」と「信頼性」の知識である。安全性の中でも、人に危害を加える可能性がある重要な内容には法規制がある。

 

そのほかには、どのような知識が必要になるであろうか。次の2つをあげておく。
・サービス性
・金型の作製

 

サービス性とは、壊れる可能性のある部品や製品の設定寿命より早く寿命が来ると想定される部品は交換できなければならない。電気製品がマウントされている基板は、その代表といってもよい。製品を完全に分解しないと交換できないような設計をしてはならず、またねじ部にドライバーが届かず分解できない、もしくは部品を壊さないと分解できないとなっていてはならず、これらを配慮した設計が必要なのだ。

 

金型とは、たい焼きで使われる鉄の型のようなものである。樹脂や鋳造部品を生産するときに必要だ。金型で生産する部品は、金型の構造を理解した設計をしなければならない。「量産モノ」の製品化を経験した設計者には、その知識を持つ人が多い(図5)。

 
図5 製品化に必要なその他の知識

製品化に必要な製品本体以外の部品

製品とは製品本体だけではない。取扱説明書や梱包材、取付金具や消耗品などの付属品もある。よって、これらの設計も必要であり、また部品コストにも加算しておかなければならない。これらを忘れると、後から大幅なコストダウンを行う必要が生じてしまう(図6)。

 
図6 製品化に必要な製品本体以外の部品

製品化とは

ここまで述べてきたとおり、製品化とは「1個モノ」をつくるのとは違い、設計以外の多くの知識が必要であると理解してもらえたと思う。これらを知らずに製品化を進めてしまうと、せっかく取得した補助金を無駄使いし、結果的に必要以上の時間をかけてしまうことになる。また、良い製品をせっかく市場に出したのに、その企業のブランドイメージが崩れてしまう場合もある。筆者は以前、機能的にとても素晴らしいと評判のあったあるベンチャー企業の製品を購入した。ところが、使用して半年後にダイヤル周囲の印刷が指の擦れでまったく消えてしまい、さらにその半年後には重大な品質不良が見つかったという連絡があり、新品への無償交換となった。ブランドイメージの回復には相当な時間を要しただろう。

 

中国製品の品質は日々向上しており、品質の高い日本製品の優位性が保ちづらい時代に差しかかっている。しかし、この品質の優位性をないがしろにしてしまうと、冒頭でお伝えしたとおり、日本の技術の優位性が維持できなくなってしまう。この連載の内容は「製品化」の基本中の基本であるが、まずこれをよく理解してもらったうえで、さらに別の書籍などで次のステップの知識を吸収してもらいたい。

 

著者略歴


ロジ 小田 淳(おだ あつし)
製品化のイロハコンサルタント。上智大学理工学部機械工学科卒。ソニーに29年在籍し、プロジェクタなど15モデルを製品化。ベンチャーを支援する中で、材料費が高すぎ売っても損する、輸送中に壊れる、法規制がわからないなど、製品化のハードルを越えられない企業に出会う。企画から設計〜試作〜検証〜量産の全プロセスにおける、安全性(法規制)・信頼性・製造性・コスト管理などの手法をコンサルと研修で伝える。

雑誌紹介


雑誌名:機械設計2021年4月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円

内容紹介

機械設計 2021年4月号  Vol.65 No.5 【特集】機械振動対策に向けたデータ計測と解析法

各種機械装置では、高速化・高出力化や小型化・軽量化、低コスト化などが進み、振動対策に関する制約が厳しくなっています。このような状況下で安全性や快適環境を確保するには、機械の設計・開発技術者が振動問題の本質を把握し、発生する振動を適切に計測・評価・解析したうえで、効果的な制御・解決策を講じることが重要です。
 そこで本特集では、機械振動の観察・捉え方といった基礎から、最新技術を含めた実際の各種計測・評価・解析手法、実例をもとにした振動対策の取組みなどを紹介します。

 

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