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2020年がモノづくりの分岐点に?!着々と進む「バーチャル・エンジニアリング」とは?

夏休みに読んでほしい! おすすめ本の抜粋「バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業」
8月13日に発売した新刊書籍『バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業』を紹介します。少し長めですが、2020年に動き出すであろう新しいビジネスモデルをつかむチャンスについて触れていますので必見です。

デジタルデータとプロセスの保証がもたらす新ビジネスモデル

バーチャルデータが主体になった今日、成果(開発技術とその技術の正当性)を正確に表現できることがサプライヤとOEMとの協業ビジネスの参加条件となり、そのために必要なASPICEに準拠した契約ができないサプライヤは退場を余儀なくされる。また、開発プロジェクト遂行にあたってOEMには、サプライヤに求めるアウトプットの内容と姿を契約時に明確に定義でき、そのアウトプットも正確に評価できることが必要となる。

ASPICEという規格で契約するサプライヤにとって、機能モジュール開発はそのモジュール自体がビジネス価値を持つことから、知的財産のビジネスが生まれることになる。これにより小さなサプライヤと言っても、OEMと対等なビジネスが生まれることになる。世界が目指してきたこのビジネスルールは、OEMとサプライヤがビジネスにおいて対等な立場になるという、もう一つの目的が達成した。即ち、ビジネスモデルの改革の条件としての機能を持つことになる。

バーチャルエンジニアリング時代になり、データと開発・設計段階のプロセスが重要項目となってきた。従来、製造したモノの品質が注目され、製造品質が品質評価の考え方であったと思われる。新たな時代ではデータ品質とプロセス品質が重要な品質評価項目となり、その考え方の構築と普及が今後の品質基準を示す展開となりそうである。

二〇二〇年が分岐点

「開発プロセスとプログラムの品質保証」の契約ルールとして育ってきたSPICEは、二〇一七年より「開発プロセスとシステムの品質保証」となった。システムの中にはハードモジュール、部品などが含まれることから、工業製品全てをシステムと見なすことになる。このため、ソフトウェアの品質保証の契約ルールとして成長してきたSPICEは、ハード部品も含めた工業製品全ての品質保証の契約ルールという位置付けになった。

「開発プロセスとシステムの品質保証」を理解した上でSPICEを用いた契約手法が、日本ではほとんど普及していないと言える。日本では3Dモデルの流通やデジタルビジネスの遅れを生じており、それらが普及の進んでいない理由と思われる。SPICEのコアの部分がASPICEとして欧州中心の自動車メーカとサプライヤの契約条件として普及しているが、その内容がISOとして二〇二〇年に施行が開始される予定だ。これにより、欧州中心のローカルルールが世界中で適用されるインターナショナルルールとして拡げられる。また、自動車産業での適用が主であったのが工業製品全てに絡んでくることになる。それが二〇二〇年なのだ。日本が置いてけぼりになる懸念が生じている。

バーチャルテスト認証も二〇二〇年スタート

ご存知のように、工業製品には型式認証という制度が適用される。各国各地域の機関が最低限度の法規・技術要件・安全性を満たした工業製品に認証を与える制度である。携帯電話などの通信機器や自動車、電気用品など、同一の規格・仕様で量産される工業製品に対して適用されるが、個々の製品に対して個別に認証するのではなく、型式に対して認証が与えられる。

一般的に、型式認証は特定の国で製品の販売許可を得る際に要求されるものであり、そのため求められる要件は国ごとに異なる。自動車の型式認証は従来、実車に対する実際のテスト結果と、スタジオで撮影した形状写真を各国当局に提出していた。ところが数年前から欧州における型式認証では、実車ではなく、VRによる形状を表現したデータの提出が認められるようになった。

バーチャルテスト認証(VT認証)の成否を握るのは、提出するデータ品質である。データの信頼性が低ければVT認証は成り立たないからだ。従って、今後OEMとサプライヤ間、あるいはサプライヤ同士で受け渡しするデータの品質を証明することが求められることになる。既に、欧州OEMとサプライヤ間の取引では、ASPICEに準拠した契約が求められるようになっており、ある意味常識となっている。それぞれの企業の開発プロセスがASPICEを遵守しているという証明が取引条件として必須となり、強力な〝規制〞になると思われる。そのVT認証が二〇二〇年より新たな展開となる。それが、完全VT認証のスタートである。

欧州中心に用いられている型式認証の国連法規であるUNRは、欧州議会がシナリオを描いているVT認証のプロジェクトと連携して動いている。日本をはじめ、世界の半分以上の国が用いているこのUNRは国連法規「車両等の型式認定相互承認協定」として一九五八年に制定され、「58協定」と呼ばれている。この協定は何度か改定されているが、最近では二〇一六年六月に改訂版が発行された。それまではこの法規にVT認証の取り決めはなく、「バーチャルテストを認可に使用することは原則できない」ことになっていた。そのため、VT認証の可能な項目は個別に検証し、その許可された項目はその手法も含めた内容の官報を発行し、個別に各項目に対応してきた。これが、二〇一六年の改定には「仮想テストvirtual testingの可能性の導入」と記述されている。施行は二〇一七年五月からであるが、これによりVTを認可に使用することは原則OKとなった。

このような背景を知った上で、図を見て頂きたい。

図 2012年に発表されたVT認証ロードマップ

この図はEU議会がマネジメントする産業育成プログラムであるフレームワークプログラム(FP)の設定するプロジェクト&ワーキングの一つのImviterプロジェクトで発表されたロードマップである。これによると、二〇二〇年より完全VT認証が始まることを示している。

実はVT認証の成立のため、EU議会は二十一世紀に入ると同時に、いくつかのプロジェクトとワーキンググループを継続的に設定し、実現を目指していた。これらの活動の結果、既に二〇〇八年頃までには技術的目途がほぼ成立し、二〇〇九年に、型式認定制度の法整備を目的とするImviterプロジェクトが起こった。このプロジェクトはVT認証を制度化するための活動であり、ドイツやフランスなどの自動車メーカ、世界の大手CAEソフトウェア会社、大学も含めた欧州の公的研究機関、民間研究機関、認可機関などが参加している。このプロジェクトのアウトプットとして発表したロードマップに完全VT認証のスタートが二〇二〇年となっている。

バーチャルデータの信頼性保証

完全VT認証にしろ、部分的なVT認証にしろ、用いられるバーチャルデータの信頼性が重要なポイントとなる。データを保証する約束事が実施されないと、バーチャルデータではなくフェイクデータを用いた解析結果で認定を受ける不正も発生することになる。ここにSPICEを中心とした契約ルールが機能してくる。この契約ルールに従ったバーチャルデータのみ信頼性が担保されたデータの扱いを受けることになり、VT認証を受ける条件になる可能性がある。二〇二〇年はデータ、システムの信頼性の基盤となっているASPICEのISO化と、完全VT認証がスタートする年である。この双方が欧州の産業界から生まれた制度であり、連成していることは疑いがないと言える。

これらの契約ルール、確認ツールが第七章で説明した「プロジェクト参加型モノづくりのプラットフォーム」のビジネスには必須となると思われる。同様に、開発プロセスの途中段階のアウトプットの内容が契約上、明記される。OEM側も途中段階のそのアウトプットを正確に評価できることが前提である。この途中段階のアウトプットを契約上、明確にすることと、正確に内容と価値を評価できることで新しいビジネスモデルが動き出した。
(「バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業」より一部抜粋)

<書籍紹介>
実物ではなくバーチャルモデルが商品として扱われ、プラットフォーム上でやり取りされる「ものづくりのプラットフォームビジネス」が動き出す。MaaSの陰で着々と進む、自動車製造のプラットフォーム化の脅威を解説。自動車産業を中心に、日本の製造業を取り囲む“いま”が見える。

書名:バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業
著者名:内田孝尚
判型:四六判
総頁数:200頁
税込み価格:1,650円

<著者>
内田 孝尚(うちだ たかなお)
神奈川県横浜市出身。横浜国立大学工学部機械工学科卒業。1979年(株)本田技術研究所入社。2018年同社退社。現在、雑誌・書籍などマスメディアや、日本機械学会等のセミナーを通じて設計・開発・ものづくりに関する評論活動に従事。MSTC主催のものづくり技術戦略Map検討委員会委員(2010年)、ものづくり日本の国際競争力強化戦略検討委員会委員(2011年)、機械学会“ひらめきを具現化するSystems Design”研究会設立(2014年)及び幹事を歴任。東京電機大学非常勤講師、博士(工学)、日本機械学会フェロー。著書「バーチャル・エンジニアリング Part2」(2019年日刊工業新聞社)、「バーチャル・エンジニアリング」(2017年日刊工業新聞社)、「ワイガヤの本質」(2018年日刊工業新聞社)、雑誌『機械設計』連載「バーチャルエンジニアリングの衝撃」(2019年1月−2020年6月日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
Amazon
Rakutenブックス
日刊工業新聞ブックストア

<目次(一部抜粋)>
第一章 モノづくりプラットフォームビジネスが始まった
一・一 GAFAから見えた」プラットフォームビジネスの脅威
一・二 モノづくりの世界でもプラットフォームビジネスが始まった

第二章 モノづくりをコントロールする図面
二・一 設計図の3D図面化
二・二 製品の機能と品質は図面がコントロール
二・三 3D図面であるバーチャルデータが商品

第三章 モジュールスペックのカタログビジネスとバーチャルエンジニアリングの融合
三・一 工場制御盤設計の課題
三・二 モジュールスペックのカタログビジネス
三・三 従来行われてきた制御盤設計の手法
三・四 バーチャルエンジニアリングを用いた制御盤設計
三・五 工場制御盤設計の変革

第四章 自動運転で変革急務な制御設計とソフトウェア開発
四・一 工業製品の組み込みソフトの急進展
四・二 制御設計の大改革が進んでいる
四・三 各モジュールモデルを連携するプラットフォーム

第五章 壮大なスリアワセが初期設計段階で完了
五・一 リアルエンジニアリング
五・二 バーチャルエンジニアリング

第六章 モデルを連携するインターフェースの標準化
六・一 モデル連携のためにバーチャルとリアルのモジュール連携の違い
六・二 3DCADモデルデータの標準化
六・三 コンピュータ環境が統一

第七章 プロジェクト参加型モノづくりのプラットフォームビジネス
七・一 OEMサプライヤの開発協業
七・二 機能を持ったモジュールモデル
七・三 サプライチェーンの大変革が起こっている
七・四 モノづくりプラットフォームビジネスがGAFAより十年遅れた理由

第八章 デジタルモノづくり信頼性保証の公的ツールとルールの普及
八・一 データ信頼性保証のプロセスチェック
八・二 データ保証に関する契約ルール策定
八・三 ツールとルールの運用
八・四 デジタルデータとプロセスの保証がもたらす新ビジネスモデル

第九章 ステップ別開発参加型モノづくりプラットフォームビジネス
九・一 OEMとサプライヤの新たな協業へ
九・二 OEMとサプライヤの技術の戦い

第十章 欧州の政策を振り返る
十・一 欧州で行ってきた社会システムの変革
十・二 欧州と北米のモノづくり推進機関

第十一章 我が国の状況とこれから
十一・一 3D化設計推進のエピソード
十一・二 モノづくりに対しての考察
十一・三 モノづくりのプラットフォームビジネスは壮大なスリアワセ

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