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【夏野剛】電通の過労死問題が転機となった働き方改革。おかしなこと、少しでも直していこう

おかしなこと 直していこう

失われた25年と言われる1996年以降の日本経済の低迷であるが、テクノロジーの進化に合わせて、人のシステム・社会の仕組みの改編や進化を怠ってきたことが主たる要因であることをこれまで述べてきた。しかし、そんな変わらない日本社会の中でも大きく変わったことがある。それはいわゆる「働き方改革」である。安倍晋三前総理の長期政権の後半に突如として社会問題となり、政治課題ともなった働き方改革は、ほんの10年前までは改革不可能な日本企業の慣習と言われていた。

【「村の掟」が経営リスク】

大きな転機となったのは電通の新入社員の過労死問題だ。折から政府は、大企業の会計上の不祥事や株式市場の信頼性低下を防ぐための企業ガバナンス改革を進めてきたが、働き方改革もその延長線上の課題としてクローズアップされた。

会社員なら誰でも経験したことのある、上司の理不尽な要求。昭和の時代から延々と引き継がれてきた、今となってはあきらかにパワハラ、セクハラとされるような振る舞い。仕事の関係がプライベートにまで平気で及び、飲み会の参加率が人事評価に影響を与えるような非合理。誰もがおかしいと思うような悪弊がはびこっていたのだ。

その背景には終身雇用・年功序列・新卒一括採用が形作るクローズドなコミュニティー特有のウチワ意識や甘えがある。閉鎖的なコミュニティーの中で守られてきた堅い「村の掟(おきて)」も、コンプライアンスや企業ガバナンスが叫ばれるようになって、外部にどんどん暴露されるようになった。企業は積極的に不適切な行為、慣習を見つけ出し、これをリスクとして撲滅しようとし始めた。わずか5年で、少なくとも上場企業におけるコンプライアンス意識や働き方は激変し、今では経営者が、残業するな、早く帰れ、有休取れ、と叫ぶようになった。

そう、少し前まであり得なかったようなことも実現するのである。

【女性進出、起業も加速】

同じような大変化は他にも各所に起こっている。先進国の中でかなり遅れていた女性の社会進出も男女雇用機会均等法が整備された80年代とは比べものがない規模で実現している。日本が不得手とされたベンチャー企業育成も2000年以降大きく成就し、いまや日本はもっとも新興企業が上場しやすい市場となった。多くの起業家が大企業の経営者と同じくらいの存在感を持っている。低い失業率が追い風となり、若い世代では転職も当たり前となりつつあり、大卒新入社員の3分の1が3年以内に就職した企業を辞めて転職するという。

付け加えれば、極東に位置する日本が外国人観光客を増やすことは不可能だと言われていたが、政府が観光ビザの発給緩和措置をとった途端、10年間で2・5倍にも増えた。直近では、絶対に認められないと思われたオンライン診療やオンライン服薬指導がコロナ禍の特例として認められ、さらにみんな分かっていたムダなハンコも急速に廃絶に向かっている。

【あきらめず直視・直言】

もちろん今でもおかしなことはたくさん残っている。相変わらず大企業の中には「働かない管理職」が生息するし、毎年同じ授業を繰り返す大学教授もいる。政治家の不祥事も絶えないし、マスメディアは相変わらず対案なき批判に終始する。学校教育は相変わらず暗記中心だし、くだらない校則を強制する文化も厳然と存在する。

でも歴史を見れば、誰かが指摘し続けていれば、誰かが直そうとし続けていれば、そして誰かが関心を持ち続けていれば、おかしなことは是正されていくのだ。たとえそのスピードが遅くても、社会が進化していくために、我々はおかしなことから目を背けず、少しでも修正するために声を上げていこう。世の中は依然として理不尽で不合理なことであふれているけれど、あきらめないこと、それを21年の抱負としたい。

【略歴】なつの・たけし 早大政経卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大経営大学院卒。NTTドコモ執行役員などを歴任。現在は現職のほかドワンゴ社長、ムービーウォーカー会長、KADOKAWA取締役などを兼任。内閣官房規制改革推進会議委員も務める。神奈川県出身、55歳。

日刊工業新聞2021年1月25日

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