御所実・竹田監督とスタートアップ代表、二人三脚でコロナ禍の高校ラグビーを走り抜ける

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御所実の選手を激励する二ノ丸氏(右、本人提供)

新型コロナウイルス感染症が再拡大する中、100回目の節目を迎えた全国高校ラグビー大会が高校ラガーマンの聖地、東大阪市花園ラグビー場(大阪府東大阪市)で開催された。コロナ禍はコンタクトスポーツのラグビーの練習環境などを一変させた。晴れの全国大会で躍動する選手を見つめるベテラン監督のそばで、ひとりの男も胸に期する熱い思いを抱えていた。

3日、花園での準々決勝。奈良県立御所実業高校(奈良県御所市)は、神奈川代表の桐蔭学園高校(横浜市青葉区)に7対50で敗れた。グラウンド脇で公立高でありながら全国屈指の強豪校に育てあげた御所実監督の竹田寛行とともに試合を見つめていたのが、人材育成などの講演活動とラグビープロコーチに取り組むスタートアップ、Work Life Brand(WLB、大阪府茨木市)代表の二ノ丸友幸だ。

1997年1月、高校ラグビー決勝戦の舞台に立った元ラグビー選手の二ノ丸にとって、花園は特別な存在。現役引退後、二ノ丸は13年、当時高校2年生だった竹山晃暉(現パナソニックワイルドナイツ)と高校日本代表候補の合宿で出会い、「彼らが竹田先生に直談判して自分を御所実ラグビー部に招き入れてくれた」と振り返る。

それから約8年。「竹田先生の下で大人として、指導者として、コーチとして、さまざまな学びを今も得ていて成長過程」と二ノ丸は言う。

コロナ禍のシーズン、全国大会100回目のメモリアルと竹田の定年、教員として最後の年が重なった。竹田が生徒に伝えたのは「(定年だが)だからと言って、先生のために優勝するとか思うのではなく、仲間のために、自分のためにチャレンジするのが大切なこと」だった。

二ノ丸は「竹田先生の生徒に対する私生活の教育、学校生活の教育を含む社会的教育、そしてラグビーに対する情熱、選手との向き合い方を目の当たりにしてきた」と力を込める。過去4回の準優勝がある御所実。それだけに「竹田先生に何とか優勝を手にしてほしい」と切に願っていた。

御所実の試合を見守る竹田監督(左)と二ノ丸氏(左から2人目、二ノ丸氏提供)

コロナ禍で御所実も3月から6月まで約3カ月間、グラウンドでの練習ができなかった。二ノ丸は「先生と話したのはコントロールできないことにイライラしストレスを感じても何も生まれない。この状況下で自分たちで制御できることを明確にし、取り組むことがこの先につながる」と当時を振り返る。

二ノ丸がオンラインミーティングなどの方法があることを伝えると、竹田は「マル(二ノ丸の愛称)、俺を何歳やと思ってるの。そんなお前みたいに簡単にオンラインやら言われてもできないよ」と苦笑した。

だが翌日、竹田は早速オンラインミーティングに取り組んだ。高校ラグビー界でも早い導入だったと振り返る二ノ丸は、「ベテランの監督や相応の実績を積んでこられた方はプライドが高く、意見されることを嫌う人が多い。だが竹田先生は私のような若造の意見にも誠実に耳を傾け、やらせてくれる」とうなずく。

悲願の初優勝には手が届かなかったが試合後、竹田は二ノ丸に「これで“教員”としてのチャレンジは終わった。少し晴れやかな気持ちだ。スッキリした。この結果が私の教員としての力だ。ありがとう、マル!」と声を掛けた。

竹田は3月末で教員ではなくなるが、御所実ラグビー部監督としての指揮は継続予定だ。コロナ禍で二ノ丸の本業、WLBでの講演や複数のチームを掛け持ちするプロラグビーコーチとしての活動は停滞を余儀なくされた。今後も「竹田先生の下で学び続けていきたい。ずっと見届けてたい」と率直な思いを吐露する。竹田からの学びはスタートアップ、WLBの成長にも必ず貢献するはずだ。

(敬称略) (大阪編集委員・林武志)

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