黒い石炭から白いフッ素へ。長崎発「世界のフッ素屋」中興化成が挑むニッチな技術
スタジアムや駅で屋根越しに柔らかく注ぐ太陽光。視線を上に向けて白いシートが目に飛び込んできたら、それは中興化成工業の製品かもしれない。中興化成は難加工樹脂製品の総合メーカーで、屋根材に使われる国産のフッ素樹脂膜の分野ではパイオニアだ。2020年には経済産業省「グローバルニッチトップ企業」に選定された。一方で創業の地である長崎に根差したモノづくりを展開している。
「世界のフッ素屋」の看板掲げ
フライパンの表面加工や虫歯予防など、生活の中でも見聞きする「フッ素」。中興化成はフッ素樹脂にさまざまな加工を施し、工業製品として産業界に広く供給している。設立は1963年。長崎県と栃木県に製造拠点を構えて、テープやホース、通信機器向け積層板、コンベヤー用ベルトなど多様な製品・部品、部材を生産する。フッ素樹脂は熱や摩擦、薬品など環境に対する多くの耐性を持つ。「タフな素材だが、それだけ加工も難しい」と庄野直之社長は説明する。各製品分野で海外に競合メーカーはいるが、総合的なラインアップを抱えるメーカーは珍しい。60年近くにわたり一貫してフッ素樹脂を手がける自負から、「世界のフッ素屋」の看板を掲げてグローバルに事業を展開する。
シート状の屋根膜材「チューコースカイFGTシリーズ」は、76年に開発した代表製品の一つ。ガラス繊維クロスにフッ素樹脂を含浸・焼成し、最大で厚さ1ミリメートルのシートにしている。不燃性や耐久性、耐候性のほか、透光性に優れるため自然光を豊富に取り込める特徴があるほか、汚れも付きにくく美観を保つ効果もある。88年完成の国内第1号大型案件「東京ドーム」(東京都文京区)の屋根の白さがその証だ。最近ではJR山手線の新駅「高輪ゲートウェイ駅」にも採用された。
海外ではフランスの総合文化施設「ポンピドゥー・センター」、北京オリンピックのメイン会場となった中国「北京国家体育館(通称・鳥の巣)」、タイ「スワンナプーム国際空港」など有名施設をはじめ国内外10カ国1000件以上の実績を誇る。機械部品や工場内設備に用いられることが多い同社製品にあって、屋根材は多くの人の目に触れる「シンボリックな製品」(庄野社長)。屋根膜材の国内外での実績が評価され、2020年8月には経産省「グローバルニッチトップ企業100選」に選定された。
「黒いダイヤ」から「白いダイヤ」への転換
メーカーとして現在のポジションを築けた背景について、庄野社長は「責任を買ってもらっている」経営姿勢があると説明する。屋根膜材は40年を越える製品寿命を持つ。それは「メーカーが数十年存続することが前提。長期の責任を負えなければ顧客は信用してくれない」ためだ。また顧客から課題や悩みの相談を受け、製品を生み出すモノづくり力も強さの両輪。労働生産性だけで利益を求めるのではなく、「アイデアを利潤にし、アイデアで差異性を生むことでニッチな分野で勝負しやすい」と市場戦略を明かす。
ただ、新製品開発には苦労が伴う。世にないジャンルを生み出すならばなおさらだ。例えば屋根膜材は完成に10年かかった。市場投入を図る段階になっても、新規性が高すぎたため法律で定める規格の外にあった。認定や検査方法すらなく、建設省(現国土交通省)と規格を固めることから始めて販売にこぎ着けた。
そもそも中興化成の成り立ちは、母体企業が炭鉱業からの業容転換を図る中で、フッ素樹脂という新領域を目指して立ち上げた事業だ。米ダッジファイバーズ社の技術供与を受けて創業したが、波に乗るまでには時間がかかった。設立から最初の10年間は赤字続き。返品の山ができたという。
長い低迷を打破したヒット商品は、水道管などの接続部に巻く「シールテープ」。金属同士でできるネジ山のすき間からの漏水を、軟らかく耐久性のあるフッ素樹脂のテープをかませることで防ぐ製品だ。これにより事業は軌道に乗り、「石炭という黒いダイヤから、フッ素樹脂という白いダイヤ」(庄野社長)への転換を成した。
長崎・松浦への思い
中興化成は設立以来、主力の製造拠点を長崎県北部の松浦市に置いて投資を続けてきた。松浦はアジの水揚げ日本一を誇り、最近は「アジフライの聖地」として地域活性化を図っている街だ。
主要工場を松浦に構えるのは、祖業の炭鉱業「中興鉱業」が拠点を置いていたことに由来する。松浦での採炭は1950年代をピークに隆盛を極めたが、高度成長期には石油へのエネルギーシフトとともに閉山せざるをえなくなった。だが創業者・木曽重義氏の「企業は社会の器であるべきだ」との考えから雇用維持を決める。松浦を拠点にした新産業の育成が中興化成の始まりであり、フッ素樹脂事業は当時立ち上げた看護学校、建材、建築、砕石、金属加工、商社など8事業の一つ。8ミリ映写機の製造という時代性を映す事業もあった。
機械メーカーをはじめ、炭鉱業に源流を持つメーカーは多い。フッ素事業についても、炭鉱機械を納入していた日立製作所から持ちかけられたという経緯がある。とはいえ、フッ素樹脂の加工と炭鉱業には「はっきり言ってシナジーはなかった」と庄野社長は言い切る。成功につながったのは、松浦という土地の“地盤の強さ”が理由の一つと言える。炭鉱業で保有していた用地、地域に根付いた人材、輸入した確固たる技術と「炭鉱業で蓄えた尽きない資金」の4要素があった。そして「あえて五つ目を言えば、創業家の強い志があった」。地域経済を維持するための経営者の覚悟だ。
現在、松浦にはグループ全体の半数以上にあたる約300人が勤務している。F1松浦工場は2018年に新規稼働した最新施設。研究開発機能を置くほか、今後の能力増強に備えた拡張性も持たせた。松浦での操業について庄野社長は「(自社と)地域の誇りが結びついている」とする。その結びつきが優秀な人材の獲得につながり、社員のモチベーションにもなり、さらに企業力を高める好循環になっている。3年前には社員が指定した家族の誕生日に、会社からメッセージとともに花束を贈る制度を始めた。「(自社を築いた)先輩のおかげで、中興化成に誇りと敬意をもってもらっている。それを後押ししたい」とする。
新型コロナウイルスの世界的な拡大により、製品供給先の一部で調達が止まった事例も出たが、2020年10月頃からは例年並みに需要が戻ってきた。今後は第5世代通信(5G)の進展やデジタル変革(DX)の加速につれて、半導体製造装置向け部品などの供給をさらに伸ばしていく考えだ。
グローバル展開をさらに進める中で、拠って立つ地域との協働関係はさらに重要性を増していく。
【会社概要】▽所在地=東京都港区赤坂2-11-7▽社長=庄野直之氏▽創業=1963年▽売上高=158 億円(2020年3月期、連結ベース)