自動車軽量化に貢献するのは「木材」!国家プロジェクトの全貌
秋田県の間伐材の有効活用、森林資源による持続的な資源循環型社会の形成を目的に、今は少なくなりつつある木質材料の研究・用途開発に取り組む秋田県立大学・木材高度加工研究所。生体由来の天然素材である木材は、材料としての優れた特性を持つ一方、扱い方にも独特の難しさがあり、木質材料の専門家としての同研究所の知見が各所で役立てられている。セルロースナノファイバー(以下、CNF)で自動車軽量化に挑む「NCVプロジェクト」(本誌8月号にて詳解)でも、CNFの課題であった3次元形状の成形技術開発に、同研究所が大きな役割を果たしている。ここではNCVプロジェクトでの取り組みの様子について伺った。
100%CNFの3次元成形プロジェクトに挑む
環境省の主導のもと、CNFを活用して実際に軽量化自動車を製造しようという「NCVプロジェクト」が、東京モーターショー2019で話題となった。2020年に10%程度の軽量化を目標として進められたこのプロジェクトに、秋田県立大学・木材高度加工研究所の山内秀文教授、足立幸司准教授の二人が木材科学の専門家として参加し、難しいと考えられていた“100%CNFによるボンネットの3次元成形”を実現した。
同じ木質系の材料である紙は、バインダーを使わずにセルロース分子間の水素結合だけで成形されているため、CNFについても同様の結果が得られることは予想されたが、その成形方法が課題となっていた。この点について同研究所の知見が大きな役割を果たすこととなったが、実は二人ともこのプロジェクトに参加するまでは、CNFの研究は全くの門外漢だったという。「樹脂とは似て非なる性質を持つCNFの扱いに混乱が生じることは、我々をプロジェクトに誘ってくださった京都大学・矢野浩之教授も事前に予想されたようです。今は木質材料の研究者も少なくなり、純粋に木材的な視点からこのプロジェクトを見て欲しいということでお声をかけていただきました。今回100%CNFボンネットを共同研究した利昌工業㈱は、紙製品やセルロース系材料を基材としたフェノール樹脂積層板を扱っており知見も豊富でした。しかし、CNF100%材料は誰も使ったことがなく課題もありました。今回プロジェクトに参加してみて、確かに木質材料の知見がないと理解しにくい部分は多いと感じました」(山内教授)。
紙を扱うのに近い、CNFの材料特性
CNFは一度固まってしまえば、ほとんどプラスチックと見分けがつかない。そのため今回のプロジェクトでも実際に多くの関係者が、樹脂に対すると同様のハンドリング方法をイメージしていたという。しかし山内教授によれば、実際にイメージするべきは何かというと、“紙に対する扱い方”すなわち「引張り塑性がない」ということで、種々の手法で大きな塑性が得られる金属や樹脂の研究者にとっては、なかなかイメージしづらいポイントであったという。事態を複雑にするのが、引張り側は完全に塑性がないのに対し、圧縮側では一見すると塑性があるように見えるという現象。圧縮側は組織や構造の破壊に伴う“見かけ上の塑性変形”があるという。「この点が今回のNCVプロジェクトで、みなさんが一番困惑された部分です」と山内教授は言う。
次に、乾燥段階で大きな収縮があることだ。スラリー状のCNFの構成は、原料段階で重量に占めるCNFの割合は10%以上の残りは水である。これを乾かすと理論的に90%体積収縮がある。「私が参加当時は、この収縮がどの程度起こるかという基本的な知見もありませんでした。収縮の経時変化に関するデータを収集し、評価していくことでフラットな板がある程度作れるようになりました」(山内教授)。前述のように、3次元成形のためには最初から形状を与えて、乾かしていく方法が求められる。和紙と同じような工程だが問題となるのが、どのように乾かしていくかという点だ。単にスラリーから水を抜いていくだけのことだが、CNFは乾燥するとガスバリア性の高い膜を作り、水蒸気を含めほとんどのガスも通らなくなる。一旦表面にこの膜ができると、単純な方法では水を抜くこともできず、また乾いたあとで、元のスラリーに戻すことも難しい。この方法はコロンブスの卵的な発想の転換で、解決することができたという。
日常的に木を触っているからこそ、気づくこともある
木質材料研究の知見が問題解決に役立つことを山内教授も感じていたが、それまでCNF関連の研究を全く行っていない研究者の発言だけに、なかなか容易に受け入れられるものではない。かえって研究を混乱させることになるのではないかと心配する眼も、当然ながら向けられた。「いきなりはグループの中に入れませんので、最初は本研究所に来ていただきました。ここは設備なども整っており、実際にやってみてもらうことができるのが良いところなので、明確なビジョンとエビデンスを示しながら、だんだんと信頼を積み上げていきました」(山内教授)。何度かのやり取りの後、「一度来てもらいたい」と声がかかったところで、3次元成形の方法に関する基本的なコンセプトを提案し、本格的に研究に参加した。今までどうしてもできなかったものが、実際に目の前で実現されていく様子にメンバーも大いに驚き、研究は良好な方向に向かっていったという。「実際気が付いてみると簡単な話も普段から木を触らないと、気付けないことがあります。そうした気付きのようなものは論文にできません。その点が、やや大学人としては残念ではあります」と山内教授は苦笑しながらまとめられた。
(雑誌「工業材料」12月号より抜粋)
〒016-0876 秋田県能代市字海詠坂 11-1
TEL 0185-52-6900
雑誌紹介
雑誌名:工業材料 2020年12月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円
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内容紹介
工業材料 2020年12月号 Vol.68 No.12
特集 機能性粉体の最新加工技術
自動車、エレクトロニクス、化学、医薬品、化粧品、など私たちの社会を支える多くの産業分野の基盤技術として粉体技術は位置づけられている。今後、より付加価値を高めた機能性粉体への要求はますます高まり、それに応じた機能性粉体と処理技術はさらに発展するものと思われる。
本特集では機能性粉体の現状と課題を解説し、機能性粉体の加工・処理の最新技術を紹介する。粒子シリカ、酸化チタンから機能性粉体を学び、適応品として医薬品、化粧品から次世代材料開発の粉体技術を探る。さらに粉体メーカー各社の加工技術の動向を紹介する。