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コロナ禍で打撃を受けた地方の音楽イベント、再出発の鍵は

コロナ禍で打撃を受けた地方の音楽イベント、再出発の鍵は

 

「音楽」は、新型コロナウイルス流行で大きな打撃を受けた業界の1つだ。音楽を軸にした街おこしを行ってきた地域も苦しい状況が続くが、立ち止まっているばかりではない。オンライン配信とリアルイベントを組み合わせた新たな形や、広域的に音楽活動を支援する取組みが広がっている。次世代へバトンをつなげていくための活路を探った。(昆梓紗)

日本最大級のロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」、クラシックイベント「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」、ジャズフェス「TOKYO JAZZ +plus」―。2020年3月以降、挙げればきりがないほど、あまりにも多くの音楽イベントが中止や延期になった。
 2019年まで音楽フェス事業は右肩上がりで拡大していた。ぴあ総研によると、2019年の音楽ポップスフェス市場は前年比12.1%増の330億円へと拡大。動員数も、同8.5%増の295万人だった。しかしコロナ禍で盛り上がりは一気に収縮。20年の同市場は2019年の1割程度の水準に落ち込むとみられている(※1)。

地域と結びついた音楽イベントも年々増加していたが、大型フェスと同様に中止や規模縮小に追い込まれた。そもそも地域密着型音楽イベントは観光との結びつきが強い。観光も大幅な需要減に見舞われており、そこからの人の流れも細り、同イベントへの打撃は大きかった。

リアルイベントと配信を組み合わせる

2007年から毎年7~10月にかけて北海道札幌市を中心に開かれてきた「サッポロ・シティ・ジャズ」。年々規模を拡大し2019年には延べ15万8千人を動員したこの「札幌の夏の風物詩」も新型コロナの影響を受けた。今年は7月4日~10月7日に開催されたが、当初予定していた13企画のうち4企画が中止に追い込まれた。
 ただし、目玉企画である「THEATER JAZZ LIVE」は規模を縮小しながらも感染症対策を講じ、例年通り札幌文化芸術劇場で実施した。「ミュージシャンや音響・照明スタッフも仕事が減り、苦しい状況だった。前例がない中で行うのは勇気が必要だったが、必死に可能性を探った」とサッポロ・シティ・ジャズ実行委員会の大野典子氏は振り返る。

サッポロ・シティ・ジャズのTHEATER JAZZ LIVE 2020

コロナ禍で以前と同じ規模や形式、発想でイベントを運営し成功させるのは難しい。規模縮小を補完する解決策の一つが、演奏動画や無観客ライブ動画のオンライン配信だ。今年のサッポロ・シティ・ジャズは、当初予定していた13企画のうち3企画をオンライン配信に切り替え、コンテストを配信して投票を募るなどの工夫を凝らした。来場者は昨年より7万人減ったが、6万6千人をオンライン配信の視聴者で取り返した。「(オンライン配信は)ジャズに触れる、聴く、参加するということではひとつの新しい指標になる」(サッポロ・シティ・ジャズ実行委員会の大野氏)と効果を実感する。

10月10日~11日に開かれた「横濱ジャズプロムナード」もメイン企画で無観客ライブ配信を実施した。新型コロナの直撃を受け、2018年比で7割弱減の15会場、同約9割減の38ステージまで規模を縮小(※2)。これを補うためにも初のライブ配信に踏み切った。実行委員会の大伴公一氏は「これまでは2日間のイベントだけだったが、配信であれば長期スパンで横浜をPRでき、イベントに訪れたことのない人にも訴求できる」とし、感染症対策だけでない配信の可能性に期待を込める。

横濱ジャズプロムナード2020の街角ライブ

音楽フェス事業に詳しい流通経済大学経済学部の八木良太准教授は「地域のイベントでは、今まで築いてきたファンや出演者、ボランティアのコミュニティが重要になっている。つながりを絶やさないためにも発信を続けることは有効」と指摘する。
 現地でのリアルイベントにオンライン配信を組み合わせる運営手法は、コロナ禍で音楽フェスを成功させるための助けになるだけでなく、アフターコロナのイベントでも主流になっていくことが予想される。

ただ、オンライン配信を加えたとしてもイベントのみに依存する形で、音楽による地域活性化を図る取り組みには限界がある。地域密着型の音楽イベントは、チケットやグッズ販売などの収益だけでなく、自治体からの助成金、地元企業からの協賛金で成り立っている場合が多い。こうした中、当面はウィズコロナ対応でイベントの縮小は避けられない。リアルイベントの集客減は避けられず、収益の落ち込みだけでなく、助成金や協賛が集まりにくくなっており、その状況はしばらく続きそうだ。さらに新型コロナが落ち着いても、またいつ同様のパンデミックや災害に見舞われるか分からない。 音楽を柱とした地域活性化を安定的に継続するためには、”足腰”を強くする必要がある。イベントを足掛かりにしたより広域的な取り組みが不可欠となる。

継続のために

そのヒントの1つが、専門組織「ミュージックコミッション」を使った取り組みだ。
 京都府・舞鶴市は2018年にミュージックコミッションを日本で初めて立ち上げた。コンサートやフェスなどの音楽イベントや、ミュージックビデオの撮影などミュージシャンの活動、楽器練習などの合宿を市外から誘致することにより、経済効果の拡大や音楽を通じた地域の活性化を図ることを目的としている。これまでに音楽イベント7件、MV撮影が9件ほど行われた。「市民だけでなく、市内の経済界も前向きになり、企業主催のコンサートも2件開催された。旗を揚げることの大切さを感じている」(舞鶴市産業振興部の森下直哉氏)。

舞鶴赤れんがパークで撮影されたミュージックビデオ

コロナ禍でも舞鶴市のミュージックコミッションの動きは止まらなかった。森下氏は「行政と民間がタッグを組み、多角的にアプローチをしている」と明かす。コロナ禍により商業ベースが厳しい時には行政が主導となり、できる範囲の事業を進めるなど役割分担をしながら推進している。行政ベースでは2019年に誘致した「近畿北陸高等学校軽音楽コンテスト」を引き続き2021年2月に開催するほか、商業ベースでは11月には元ちとせのライブを行ったほか、21年3月にはT-BOLANのライブを控える。
 また、ライブ配信が増えると、見栄えのする歴史的建造物など特徴ある会場でのライブへの注目が高まることも予想される。「(アフターコロナでの)ライブ“再スタート”の場としても、地方の会場を使ってもらえれば」と森下氏は期待をかける。

舞鶴市から遅れること1年。唐津市でもミュージックコミッションを立ち上げる構想がスタートした。唐津市役所では40歳以下の職員を対象とした「未来づくり研究会」が2017年に発足。唐津市の山口剛氏はここに所属し、「旧唐津発電所跡地でロックフェスを毎月開催したらこの街はどうなるのかの研究」としてメンバー4人と2018年より調査を開始した。すると年間約32億円の経済効果が見込めるという試算が出た。

旧唐津発電所跡地
 「ライブ配信を多くの人が視聴していることに勇気づけられ、音楽はどんな状況であっても人になくてはならないものだと実感した。今だからできることを考えていきたい」(山口氏)。コロナ禍で音楽が苦境にあっても唐津市はミュージックコミッションの議論を止めることなく、2021年4月のスタートを目指した組織作りを進める。

ミュージックコミッション以外でも、継続につなげるヒントはある。サッポロ・シティ・ジャズの背骨になっているのが教育だ。「札幌ジュニアジャズスクール」として小中学生向けのジャズスクールを開講し、現在21期目となる。国内外のミュージシャンや講師に指導を受けつつ、道内での演奏活動を年間通して行っている。ここからプロミュージシャンも輩出しており、「彼らが札幌に帰ってきてライブをすると市民が温かく迎え、子どもたちの憧れの存在にもなっています」(大野氏)。
 また、サッポロ・シティ・ジャズで行うコンテストでは、優勝者に海外のジャズフェスへの出場権が与えられる。教育の一環であるとともに、海外に札幌をPRする機会にもなっている。地域で音楽を柱にした人づくりの循環があり、その事業の1つとしてイベントが位置付けられている。だからこそ一時イベントが縮小しても、先を見据えた活動ができるのだろう。

音楽を軸にした地域活性化は、一見取組みやすそうに見える。しかし、歴史や景観などのハードに寄ったコンテンツではないため、「なぜそこで開催するのか」という必然性が薄い。だからこそ、行政や民間、市民が一体となった取組みを粘り強く続けていく必要がある。コロナ禍によりそれが一層浮き彫りになった。
 音楽は懐が深く、広がりを持つ。イベントだけでなく、教育、観光と絡めた取り組みが各地で増えている。一つひとつの積み重ねで独自性が生まれ、その土地でしか味わえない魅力となっていく。

(※1)ぴあ総研
 (※2)2019年は台風の影響で中止。2020年も当初は18会場、72ステージを予定していたが台風の影響により縮小。

ニュースイッチオリジナル
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
今まで、音楽イベントの効果測定の重要な指標は集客数で、自治体や企業からの助成や協賛に大きく影響していました。しかし、withコロナ、アフターコロナではリアルの集客が難しく、それだけを指標にしていてはどうしても資金繰りが難しくなってしまいます。オンライン配信による視聴数をどう考えるかがポイントになりそうです。

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