1兆円投資で勝負に出たキオクシア、サムスン混乱の今がチャンス?
キオクシアホールディングス(旧東芝メモリホールディングス)は成長か衰退の岐路に立つ。ライバルの韓国・サムスン電子はカリスマだった李健熙会長が死去し、今後経営の混乱が予想される。米インテルから事業買収する韓国・SKハイニックスや中国勢の足音が後ろに迫る。また、一度延期した上場の行方は元親会社の東芝のトップ人事問題に発展する可能性がある。今こそ、攻めの姿勢が求められる。(編集委員・鈴木岳志)
四日市工場新棟、投資1兆円
キオクシアは10月29日、主力の四日市工場(三重県四日市市)で新しい製造棟を2021年春から建設することを決めた。NAND型フラッシュメモリーの製造棟として同工場で過去最大規模だ。建屋と関連設備だけで約3000億円かかり、順次導入する製造設備を含めると総額1兆円規模の巨額投資になる計画。新棟着工は当初21年9月の予定だったが、半年前倒しした。「担当する建設会社に着工を半年早めたいと言っても最初は言うことを聞かなかった」(関係者)と急な計画変更だった。最後は建設会社の変更すらちらつかせて工期の前倒しを飲ませたようだ。
キオクシアが新棟建設を急ぐ背景には旺盛なフラッシュメモリー需要見通しのほかに、ライバルたちの動向も影響している。
世界首位のサムスン電子の李会長が10月25日に死去した。オーナー経営者特有の大胆な投資判断により、日本の電機メーカーが1980―90年代に世界トップに君臨していた半導体やディスプレー市場へ相次ぎ参入。韓国政府の支援も受けながら巨額の設備投資を繰り返し瞬く間に日本勢を追い抜いて世界のサムスンを築き上げた。
カリスマ亡き後は名実ともにトップに就く長男の李在鎔副会長らに1兆円以上とされる相続税の支払いが待っている。サムスングループの保有株式の一部売却は避けられず、創業家の求心力が低下する可能性がある。
そして、この状況を利用しようと虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのが文在寅政権だ。財閥改革を公約に掲げてきた文大統領はサムスン創業家一族の相続問題に乗じて、同社への関与を強めようとしているもよう。「文大統領は最終的にサムスンを国有化したいと考えている」(韓国情報筋)とのうわさまで流れる。長年の競争相手に今後起こる経営の混乱はキオクシアにとって千載一遇のチャンスとなる。
キオクシア株主間で資金調達に関する意見の相違も取り沙汰されるが、今はシェア拡大に向けた絶好の機会だ。投資のアクセルを緩める時ではない。
来年1月上場―米大統領選見極め
キオクシアが一度延期した東京証券取引所への上場は早くて2021年1月になる見通しだ。延期決定直後は20年12月を目指したが、現在は3日の米大統領選挙の結果を受けた株式市場の動向を見極めてからの手続き再開へ傾いているようだ。「キオクシアにとっては上場しても小銭しか入らないからあまり意味がない」(関係者)とそこまで急ぐ動機は少ない。10月に予定していた上場時の新株発行による資金調達額は仮条件の中間値ベースで約679億円で、1兆円からすれば“小銭”に見えるのは確か。
ただ、上場時の保有株式売却益を当て込む元親会社の東芝は置かれた状況が異なる。キオクシアは21年1月までに上場できないと、1―3月期はフラッシュメモリーの不需要期に入るため、上場が来春以降に持ち越される可能性が高い。
そうなると、東芝株主からの車谷暢昭社長への退任圧力が強まりそうだ。東芝は6月に、保有するキオクシアHD株式(議決権比率40・2%)を現金化した際、手取り金純額の過半を原則として株主還元に充てる方針を発表した。株主の約7割を占めるアクティビスト(物言う株主)などの海外投資家を意識した“約束”だった。
7月末に開催した株主総会では取締役選任の決議で車谷社長への賛成比率が57・96%と薄氷の再任だった。加えて、大株主であるシンガポールの投資ファンドの議決権行使書が期限内に郵送されていたにもかかわらず、業務を受託する三井住友信託銀行の集計からもれていた問題も発覚。株主還元の約束をほごにしたままで次の株主総会を乗り切れるかは不透明だ。キオクシアの上場延期は筆頭株主の米ベインキャピタルが強硬に主張した結果と言われる。早く株を売りたい東芝と、拙速な上場で株式価値を落としたくないベインのせめぎ合いが続く。
SKハイニックス、台風の目 日本勢、“防衛策”を検討
SKハイニックスはこれから業界の台風の目になる。10月20日に、インテルのフラッシュメモリー事業を約90億ドル(約9500億円)で買収すると発表した。25年の買収完了を予定。市場シェアは単純合計でキオクシアを抜いて世界2位に躍り出ることになる。また、SKハイニックスはもともとキオクシアの新株予約権付社債を持っており、上場後に約15%の株式を取得する見込み。
打倒サムスンを目指して勢力を拡大するSKハイニックスだが、業界の評判は芳しくない。「SKハイニックスは韓国の電機業界の序列でサムスン、LGに次ぐ3番手だ。そのため、強引で手段を選ばず何でもやる社風だ」(業界関係者)と一部で反感を買っているようだ。
日本の政府関係者はキオクシアに対するSKハイニックスの動きに目を光らせる。日本政策投資銀行や、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)などを活用した“防衛策”を検討しているとみられる。
SKハイニックスだけでなく、中国半導体大手の紫光集団傘下の長江存儲科技も急速に力を付けている。中国政府の強力な支援を受けて成長する姿はかつてのサムスンを彷彿(ほうふつ)とさせる。