ニュースイッチ

「スペースジェット」で大リストラ、三菱重工に成長事業は残っているのか?

「スペースジェット」で大リストラ、三菱重工に成長事業は残っているのか?

初飛行した小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット」の試験機(3月)

三菱重工業は新型コロナウイルス感染症の影響による経営環境の悪化を受け、2021年度からの3カ年の中期経営計画を前倒しで公表した。航空機需要の急減や環境負荷を低減する「脱炭素化」の加速などを踏まえ、収益の回復を優先する。課題の小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の開発費も、前回の中計と比べて大幅に圧縮する。成長力を取り戻すには険しい道のりが続く。(孝志勇輔、名古屋編集委員・村国哲也)

会見する泉沢清次社長(右)と小沢寿人取締役執行役員

「事業規模を追うのではなく、飛躍への足場を固める」―。泉沢清次社長は厳しい表情で次期中計の狙いをこう説明した。

三菱重工はMSJの開発などに伴う損失に加え、コロナ禍が直撃して厳しい状況に直面している。21年3月期連結業績予想(国際会計基準)の事業損益で500億円の黒字を見込むが、これは風力発電分野の株式譲渡などによるものだ。本業の航空・防衛・宇宙部門が950億円の赤字の見込みで特に厳しい。他部門も含めて立て直しが急務だ。

次期中計では売上高4兆円、事業利益率7%、自己資本利益率(ROE)12%などを打ち出した。過去の中計では売上高5兆円を目標に掲げたものの4兆円前後で推移し達成できずにきた経緯がある。今回はコロナ禍で現実的な判断をしたといえそうだ。一方、不透明な経営環境で示したROEは高いハードルだ。

脱炭素化もビジネスモデルの転換を迫る。火力発電システムなどを含むエナジー部門が稼ぎ頭だが、石炭火力発電所の新設需要は先細りする可能性が高い。経済産業省が発電効率の低い石炭火力100基程度を30年度までに休廃止する方針を打ち出している。発電設備の効率改善などの需要を取り込むために、「大幅にサービス事業にシフトする」(泉沢社長)方針。組織や拠点を再編・統合する方針も打ち出した。エナジー部門が今後も収益力を維持できるかどうかが、三菱重工の業績を左右する。

また三菱重工は航空機や石炭火力、造船の落ち込みを考慮し、国内の従業員3000人規模を対象にした人員対策を進める。成長領域への再配置に加え、同社グループ外への出向などを検討している。これにより民間航空機部門の人員を22年度に20年度比半減、火力部門の人員を24年度に同2割減らす方針。ただ泉沢社長は「社員の雇用を確保するのが第一で、希望退職は実施しない」と明言した。

経営環境がかつてないほどに激変し、重厚長大と言われる重工各社はいずれも戦略の見直しを迫られている。三菱重工は今後3年間でコロナ禍の苦境を克服し、成長領域への投資余力を蓄えることが必要だ。

航空機/MSJ開発費20分の1

主力の長崎造船所香焼工場は大島造船所と売却に向けた交渉が続く

新型コロナの感染拡大で航空会社の業績が悪化し、民間航空機事業は根本からの見直しを迫られた。国産初として08年以来進めてきたMSJは人員を削減し、開発を凍結。米ボーイング向け中心の構造体事業は24年以降の需要回復に向け効率化・新技術開発に力を向ける。

MSJでは現中計期間(18―20年度)で計3700億円とした開発費を次期中計期間(21―23年度)は計200億円まで絞る。3月に量産の前提となる型式証明(TC)取得のための試験機「10号機」の初飛行に成功したが、次期中計期間は試験飛行自体を中止。過去計3900時間の試験飛行データを整理・再評価しTC文書を作成する作業を続ける。24年以降の旅客機需要の回復と試験飛行再開を待つ。

泉沢社長はMSJが完成できない原因を「技術面では評価されたがTC取得の知見、経験が十分ではなかった」と分析。撤退の是非には「仮定の話をしても意味がない。培った技術をどう生かすかしっかり考える」と述べるにとどめた。

構造体事業では省人化・自動化を進め、生産拠点の再編や調達先の再構築も検討する。カナダ・ボンバルディア製小型ジェット旅客機「CRJ」や航空エンジンの修理・整備(MRO)事業は、旅客機本体より需要回復が早いと予想。固定費削減や合理化もして領域拡大を図る。

防衛・宇宙事業は次期戦闘機開発の立ち上げや新型基幹ロケット「H3」の運用移行など既存分野を維持・拡大する。政府と連携し海外事業も展開。安全・安心をキーワードにサイバーセキュリティーや無人機システムでの監視、広域データ分析なども開発する。

造船/エンジニアリングに活路

造船分野をめぐっては、主力の長崎造船所香焼工場(長崎市)の売却に向けた大島造船所(長崎県西海市)との交渉がまとまっていない。当初、3月をめどに結論を出す予定だったが、泉沢社長は「引き続き(合意に向けて)検討している」と述べるにとどめた。「コロナ禍で往来が難しくなってしまった」(北村徹三菱造船社長)ことで、対面での折衝がしにくくなったことが理由の一つだ。

ただ、造船体制の見直しは避けて通れない。韓国や中国勢の攻勢にさらされる状況が続き、コロナ禍で船主の投資意欲も低迷している。必要な利益を確保する案件を受注できなければ、造船所は経営のリスク要因になり得る。川崎重工業は20年4―9月期連結決算で坂出工場(香川県坂出市)の造船設備の減損損失を計上した。

三菱重工はフェリーなど艤装(ぎそう)密度が高い船舶の受注を重視するとともに、造船専業向けのエンジニアリングの拡大で活路を見いだす方針。培った技術を生かしてコンテナ船などの設計や建造を支援する。

また三井E&S造船(東京都中央区)の艦艇事業を譲り受ける協議を進めていて、同社が持つ補給艦などの建造ノウハウを吸収する。

成長領域/「カーボンニュートラル」など1800億円投資

三菱重工は次期中計で成長領域に1800億円を投資する方針も示した。50年に企業活動で排出する二酸化炭素(CO2)を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向け、CO2の排出削減に寄与する製品や技術で商機をつかむとともに、物流機器やインフラなどの技術を生かして顧客を開拓する。

前回策定した現中計ではMSJへの投資が多くを占め、成長領域の投資は800億円だった。資金配分を見直すことで、MSJに代わる新事業を創出し、売上高1000億円規模に育てることを目指す。

CO2の低減に向けては布石を打っている。三菱パワーが水素を燃料に使うガスタービンを開発、米国での受注に結びつけた。燃焼してもCO2を排出せず、次世代燃料として関心が高まるアンモニアの製造に関連する技術も開発する。他にもCO2の回収技術を活用しながら、環境負荷を低減する需要を取り込む。新たな収益源を生み出すために重要な3年間となる。

日刊工業新聞2020年11月2日

編集部のおすすめ