三菱国産ジェット事業凍結、サプライヤーは冷ややか「もう終わった話」

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事実上の凍結に追い込まれたMSJ

巨額の開発費、業績悪化 初号機納入6度延期

三菱重工業の小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット(MSJ)」の事業化が、事実上の凍結に追い込まれた。設計変更などで初号機の納入を6度延期し、新型コロナウイルスの影響による航空機産業の激変で行き詰まった。官民の一大プロジェクトだっただけに失望感が広がる。MSJの開発をめぐる混乱は、サプライヤーとの関係に影を落とし、国内の産業育成の課題も浮き彫りにした。(孝志勇輔、名古屋編集委員・村国哲也、編集委員・敷田寛明、高田圭介、名古屋・市川哲寛)

【開発の遅れ】

「三菱リージョナルジェット(現MSJ)」の初号機が初飛行する前年の2014年、三菱重工は量産体制の構想を示した。航空機部品を生産する名古屋航空宇宙システム製作所の大江工場(名古屋市港区)、飛島工場(愛知県飛島村)などの活用を見据えていた。事業化を決定してから6年近くが経過し、すでに開発に遅れが生じており、初号機の納入を17年に延期していた時期だ。

しかし、その後も設計変更などが発生し、20年2月に納入を21年度以降に延期した。商業運航に必要な型式証明(TC)も取得できないまま、コロナ禍により「航空業界が非常に厳しく、先行きが見通しにくくなった」(三菱重工幹部)。期待していた航空機需要が失われた。

1兆円とも言われる巨額の開発費を費やしたことで、同社の業績は悪化している。20年3月期にMSJの関連資産の減損損失などを計上し、事業損益が295億円の赤字だった。21年3月期もMSJが大幅な減益要因で事業損益はゼロを見込む。子会社の三菱航空機(愛知県豊山町)は20年3月期に債務超過に陥った。

【試験飛行継続】

同社は与えられた予算の範囲でTCの取得に向けた開発を継続する。3月にTCを前提とした試験機「10号機」の初飛行に成功し、開発の峠は越えている。5月を最後に実施していない試験飛行の継続がカギとなる。年内に過去の試験飛行データを“棚卸し”し、ムダなく試験飛行を行うように精査する。これにより試験飛行計画を21年3月までに練り直す方針で、コロナ禍の推移も踏まえながら米国での実施を軸に21年度以降の再開を目指す。

これまでにANAホールディングス(HD)や日本航空(JAL)など国内外の航空会社から、MSJ約300機を受注済みだ。「三菱重工が責任を持たなければいけないプロジェクト」(三菱重工幹部)であり、顧客やサプライヤーが納得する方針の説明が求められる。

一方、MSJの費用を圧縮しようとする動きは、株式市場で前向きに受け止められている。もはや火力発電システムなどの事業で、MSJへの投資余力を生み出すのは難しい。「歴代のトップがこだわってきたMSJに、見切りをつけようとする泉沢清次社長の判断は評価できる」(証券アナリスト)との見方もある。本業の回復を優先するしかない。

【脱炭素も逆風】

MSJを事業化するめどが立たないことで、三菱重工はこれまで以上に成長戦略を描きにくくなる。1000億円規模の事業利益を稼ぐエナジー部門も中長期で安泰とは言えない。脱炭素化の流れで、石炭火力発電への逆風も強い。頼みのガスタービンも、さらなる高効率化が迫られることは必至だ。

三菱重工は30日に今後の事業計画を公表する。コロナ禍で閉塞(へいそく)感が漂う経営環境で、収益の柱を示すのは簡単ではなく、いばらの道が続きそうだ。

政府/産業育成の構想頓挫

航空機産業の育成を目指す政府にとってMSJはその中核的な存在になるはずだった。要素技術の開発に計500億円の公費を投入したのも、自動車産業のような巨大なサプライチェーン(供給網)の構築を夢見たからだ。政府関係者は「量産が進む中で国内調達率を引き上げ、産業全体を育てることが理想型と考えていた」と打ち明ける。だが、その構想は頓挫することになった。

開発を支援してきた経済産業省では、5月に事業縮小を発表して以降も寄り添う姿勢を示してきた。7月に策定した政府の成長戦略にも、MSJを含む今後の完成機事業について開発完了後の販売を支援すると明記した。経産省の高官は「参入障壁が高く(開発に)苦しんでいるが、それは他にプレーヤーが少ないということでもある」と説明し、開発が終えれば持ち直せるとの見方を示す。

MSJは事実上の凍結となったものの、政府はコロナ禍に伴う航空産業全体の問題が主因と見ており、スタンスに大きな変化はない。ただ資金面の支援については「(開発補助金を投入する段階は終えており)今後、政府が資金を投入することには意味がない」(関係者)と話す。

一方、事業縮小の影響が及ぶサプライヤーには懸念を示す。「中長期的に戦略をどう変えるのかを示し(サプライヤーのことを)考えてもらいたい」(経産省高官)と指摘し、再開を見据えたロードマップ(工程表)の必要性を訴える。

サプライヤーの反応/事業凍結「やっぱりか」

「やっぱりか」。MSJの事業凍結への印象を、ある協力企業の社長はこう打ち明ける。三菱重工は5月にMSJの開発体制の縮小を発表。同月末には部品生産工場での派遣社員の契約を延長せず、量産体制も解いた。同社長は「この時点で凍結と理解していた」と話す。別の協力企業の幹部も「量産計画が中止になった時点で終わった話」と冷ややかだ。

もっともMSJへの協力会社の距離感は長年のものだ。08年の三菱航空機設立以降、中部地区を中心に金属加工メーカーの多くが関連需要の拡大を期待した。当時はまだ珍しく高価な5軸制御加工機を勢い込んで導入した中小企業も少なくない。しかし初号機の引き渡し計画は6度延期され、いまだゴールは見えない。「設備の減価償却が進んでしまった」と苦笑する。量産自体にも「単価が安く本当はやりたくない」との声があった。

別のサプライヤーの役員は「MSJの凍結より米ボーイング関連の発注減の方が深刻」と漏らす。「航空機以外に自動車関連などの受注活動を強化している」状況だ。「将来の量産を心待ちにしている」とは話すものの、将来の夢より目の前の“糧”。サプライヤーにとってMSJはこれまで以上に遠い夢になった。

大村愛知県知事「航空宇宙産業への支援継続」

愛知県の大村秀章知事は、MSJの事実上凍結という報道について「航空宇宙産業を自動車産業に次ぐ第2の柱に育てようとする姿勢は微動だにせず、揺るがない」とし、航空宇宙産業を引き続き支援する考えを強調した。また「(親会社の)三菱重工と連携し、厳しい試練を乗り越える」との決意を示した。

愛知県はMSJの量産工場スペースの確保、国土交通省のTC担当部門の誘致など航空宇宙産業の振興に約200億円投資してきた。中部地域の航空宇宙産業は年間8000億円の事業規模があるとみられる。「新型コロナの影響から回復した暁に、中部の産業の柱の一つとして後押しする」と従来の方向性は変わらないとした。

日刊工業新聞2020年10月26日

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