10年前に世界で結んだ、生き物守る「愛知目標」未達…課題と成果振り返る
当事者意識、なお希薄
生き物を守る世界目標「愛知目標」が2010年10月30日未明に採択されてから、まもなく10年になる。生物の種や生息地の減少に歯止めがかからず、愛知目標は未達に終わった。この10年の成果と課題を2回連載で探る。初回は10年前、議長国・日本が交渉決裂を土壇場で回避し、愛知目標をまとめることができた要因から振り返る。
国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)は10年10月18―29日、名古屋市で開かれ、179カ国の代表団など1万3000人以上が参加した。環境省自然環境局長の鳥居敏男氏は当時、生物多様性地球戦略企画室長だった。他省庁の職員とともに通称「サブ室」に詰めて各会議の報告をとりまとめ、記者説明などの準備に追われていた。「連日2、3時間の睡眠だった」と振り返る。
COP10は主に新戦略目標(採択後の名称は「愛知目標」)、ABS(同「名古屋議定書」)、資金動員計画の合意を目指した。ABSは先進国の企業などが途上国の遺伝資源を利用して得た利益の分配ルール、資金動員は先進国から途上国への資金援助だ。どちらも事前交渉が難航したままCOP10に突入した。
会期終盤、ABSは交渉決裂が決定的となり、新戦略目標も合意できない恐れが出てきた。議長を務めた当時の松本龍環境相(故人)は最終日、ABSの議長提案を出した。議論を重ねてきた交渉団の反発が危惧された。“賭け”に近い議長提案は受け入れられ、全体会合を開会できた。その後も紛糾があり、日付が変わった30日2時すぎに採択を終え、愛知目標が誕生した。サブ室で見守っていた鳥居氏は「最後までヒヤヒヤしていた」と当時の心境を語る。
難産の採択、成果乏しく 「すそ野広がりきれず…」
“薄氷を踏む”ような交渉の連続だった。議長国・日本がCOP10を成功できた理由の一つに鳥居氏は「人脈」をあげる。先進国や途上国はグループを形成する。日本の交渉官は各グループの主要人物とCOP10の前から人脈を築いてきた。「“ツーカー”の間柄は本番でも効果を発揮し、粘り強い交渉ができた」と振り返る。また、松本氏の人柄もポイントで「話し合いは常にオープンの場で丁寧に進めた」という。
「おもてなしの精神」も交渉の破綻を防いだ。COP10のロゴを付けたバスやタクシーが走るなど、地元は歓迎ムードだった。「ホスト国にここまでやってもらったから、まとめないといけないと各国の交渉官が思ってくれたはずだ」と語る。179カ国を相手に議長を務めた日本の経験は、愛知目標の後継目標をめぐる国際交渉にも生かせる。
今年9月、条約事務局は愛知目標が未達だったと発表した。鳥居氏は「経済、社会の仕組みに生物多様性保全をビルドインしないと達成は難しい」と悔しがる。日本では先進的な企業には浸透したが、「すそ野が広がりきれなかった」と反省する。また当事者意識も課題と指摘する。途上国の生態系に影響を与えて生産された資源を先進国が消費している。海外の出来事に関与している当事者意識を持つことも、日本ができる地球規模の生物多様性保全への貢献だ。
生物多様性保全の「愛知目標」未達
世界規模で進行する生き物の減少に歯止めをかけることは難しいようだ。国連は生物多様性を守る世界目標「愛知目標」が期限の2020年を迎えたが、未達だったと公表した。愛知目標は10年に名古屋市で開催された国連の会議で決まった。20の個別目標のうち達成は「ゼロ」だった。
公表された報告書「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」によると森林伐採面積は減少がみられ、陸・海の保護面積は拡張された。しかし、生態系が失われていく状況を好転させるには不十分だった。
個別目標のうち企業活動に関連する目標4「持続可能な生産・消費」については、乱獲や乱伐を防ぐ「行動や計画」は改善したが、自然資源の使用を減らすまでには至らなかった。目標8「汚染抑制」はプラスチックによる海洋汚染の深刻化が指摘された。
世界目標は厳しい結果となったが、日本にとって明るい兆しもある。9日に開かれたセミナーで日本自然保護協会の道家哲平部長は、電機・電子業界が企業の取り組みの参考書を発刊したことに触れ、「相手に届く言葉でまとめた良い例」と評価した。
次期世界目標は21年5月に決まる予定だ。愛知目標の未達を受け、厳しい内容になると予想されている。