ニュースイッチ

米国の注目企業に真っ向勝負を仕掛ける、AI技術で戦う有機ELベンチャー

AI・特許で有機化学を革新
米国の注目企業に真っ向勝負を仕掛ける、AI技術で戦う有機ELベンチャー

水口CFO(左)と安達社長。資金を世界中から集め、米国上場目指す

【有機EL】

Kyulux(キューラックス、福岡市西区)は人工知能(AI)技術で戦う有機ELベンチャーだ。AI技術で発光物質を高速に探索し、合成して物質特許を押さえる。量子効率100%が特徴だ。データと知財で化学業界に新しい材料開発プロセスを持ち込んだ。韓国サムスンディスプレーやLGディスプレーから投資を受け、2023年の米ナスダック上場を目指す。

「毒まんじゅうしか食べてない。毒まんじゅうでも二つ食べれば毒が薄まると考えた」と水口啓最高財務責任者(CFO)は最初の資金調達を振り返る。同社は九州大学の安達千波矢主幹教授の研究を応用して15年に設立された。いまでは有機EL技術はディスプレーの本命になったが、当時は300回以上ベンチャーキャピタル(VC)や事業会社と面談を重ねても相手にされなかった。

そこで以前から共同開発を持ちかけられていた韓国2社に声をかけた。水口CFOは「日本の大学の成果を事業化するのに、韓国大手1社のためだけに開発するのはよくない」と競合2社での共同出資を持ちかけた。けん制させ合う意図もあった。韓国大手が出資を決めると日本の企業もついてきた。シリーズAで15億円、シリーズBで35億円を調達し、現在Bの追加で37億円を集めている。21年に量産テスト、22年に商品化する計画だ。

【AIで開発加速】

一般に材料開発には10年以上の期間がかかり、ベンチャー投資に向かないとされる。そこでキューラックスはAI技術で開発を加速させた。16年に米ハーバード大からAIと量子化学計算を組み合わせた有機分子の発光性能予測技術を導入。AIで有機分子を探索して、実際に合成。そのデータをAIに学習させて予測性能を磨く。

現在は4500万分子のデータベースに育った。安達淳治社長は「当初のAIの予測的中率は5%ほど。これが80%に向上した」と振り返る。化学者が一つの有機EL分子を設計すると、AIが1000個ほどの類縁分子を考えて性能を予測する。有機分子の考案から有用分子の完成まで16週間かかっていたのが2週間に短縮した。

そして600以上の物質特許を押さえた。発光原理の特許も押さえて後発組が追いかける余地をふさぐ。九大の安達主幹教授が新しい原理を発明し、キューラックスがAIと特許でその分子群を面的に押さえる。必要な資金は世界中からかき集めた。米国上場で時価総額9000億円の米ユニバーサルディスプレイに真っ向勝負を仕掛ける。

日刊工業新聞2020年10月8日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
データとAIを駆使する材料開発はマテリアルズインフォマティクス(MI)と呼ばれます。MIと知財戦略は不可分で、データを取ったら物質特許を抑える。ここまでやって初めてデータが資産になります。国内では学術界が共通DBを作ろうと頑張っていて、産業界は各社がデータを貯めています。問題は一つの材料分野を面的に埋めるほど、余地のある材料系がないと意味がないこと、特許を維持管理する資金が高いことがあげられます。大学で新材料系が見いだされ、特許で埋め尽くす。稼ぐ材料が確定したら、残りの物質特許は解放して二次利用を共創型で進めていく。これは高度な基礎研究と産業を抱えている国でないとできません。Kyuluxは一社でやりきるかもしれません。あとは稼ぐだけです。

編集部のおすすめ