大企業とスタートアップは本当に交わるのか。経団連が仕掛ける「KIX」とは?
スタートアップが生み出す革新的な技術やサービス、さらに課題解決に挑む着想力と熱量は大企業をさらなるオープンイノベーションへと突き動かしつつある。経団連は「Keidanren Innovation Crossing(KIX)」と称するネットワーキングイベントを開催し、スタートアップとの連携を強化している。互いの強みをどう生かし、価値創造にどう挑むのか―。新たな取り組みにおける経団連側の代表を務める日本ユニシスの齊藤昇代表取締役専務執行役員(経団連スタートアップ委員会企画部会長)に聞いた。
関心の高さ コロナ禍でさらに高まる
―イベントはこれまでオフライン、オンライン合わせて9回開催されたそうですね。回を重ねるにつれどんな印象を抱いていますか。また開催の過程では新型コロナにも直面しました。
「昨年10月に第1回KIXを実施して以降、月1回のペースで実施しています。今年3月以降はまさに新型コロナウィルスの影響を受けましたが、即座にオンラインに切り替え、『KIX+』として絶やすことなく実施しています。特にオンライン開催になってから、参加者が非常に増え、毎回200名程度が集まっています。参加のしやすさや、外出自粛によって時間が増えたことも影響しているとは思いますが、それ以上に(経団連側の)役員層のスタートアップに対する関心の高まりが反映されていると感じています」
ーそもそも大企業中心の経団連ですが、入会資格要件を緩和しスタートアップの加入も増えているそうですね。どんな変化を及ぼしていますか。
「2019年12月のメルカリ入会を皮切りに、現在約20社ほど入会いただいています。このようにスタートアップの会員数は増えているものの、既存企業会員が多数のため、これまで通りの委員会構造ではスタートアップの意見を反映することが難しい状況でしたが、各委員会にスタートアップが入ることにより意見の活性化が図られています」
スピード重視、オープンな議論の場も
ー機動力のあるスタートアップと大企業では意思決定プロセスやスピードも異なるのでは。
「そうです。スタートアップのビジネス環境ではスピード感が重視される一方、経団連の意思決定プロセスは時間がかかりすぎるため、いま必要なことがタイムリーに政策に反映されない一面がありました。そこで、従来の慣行にこだわらず、スピード感を持ってスタートアップの声をワンストップで受け止める『スタートアップ政策タスクフォース』を設置し、通常の機関決定プロセスを経ずにスタートアップと議論や意見形成できる仕組みを整えました。しかもこのタスクフォースは会員のみならず非会員でも参加可能なものとしています。これまでの経団連とは異なる、よりオープンな議論の場になっています」
ーこうした取り組みの一環として始まった「KIX」ですが、参加者をオープンイノベーションや新規事業担当の執行役員以上に限定しているそうですね。なぜですか。
「ピッチイベントはさまざまな場面で開催されていますが、担当者が会社に持ち帰って提案しても、経営層に反対されて、結局話が進まないというケースを耳にしていました。また一方で、スタートアップから経団連に対しても『大企業の役員レベルと直接交流したい』との声が挙がっていました。そこで当初KIXへの参加者を即時意思決定ができる役員に限定したわけです。実際にKIXに参加いただいたスタートアップからは、従来だと距離があった大企業側役員に直接リーチでき、その後の商談がスムーズに進んだという話も聞いており、参加要件を執行役員以上に限定したことがその後の成果につながっていると感じています。3月以降のオンライン開催では参加要件を執行役員以上に『限定』から『推奨』に緩和しましたが、それでも役員の参加率は高い状態が継続しています」
DX加速に不可欠
―スタートアップに対する社会の期待は「コロナ前」「コロナ後」で変化を感じますか。
「新型コロナ危機以前より、スタートアップの多くは、社会課題解決や価値創造に向けた明確な『ビジョン』を持っており、さらにその実現への熱量やアイデア、スピード感、技術の先端性において、大企業を上回っていました。このためデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じた産業構造の転換、産業の新陳代謝を進めるうえでスタートアップ振興が重要であるということはかねてより認識していました。パンデミックを機に、働き方、暮らし方が変わり、リモートワークやオンライン診療などをはじめとして社会全体でDX加速の必要性を痛感しており、DXのカギとなる技術・サービスを生み出すスタートアップへの期待はより高まったと感じています」
互いに求められる姿勢
ー大企業とスタートアップの接点は広がりつつあるようですが、実際のビジネスにつなげていく局面で、まず大企業側にどのような姿勢が求められますか。
「まずは自社に集積している人財、資金、技術、知識・データといったアセット(資産)を解放して日本のスタートアップの成長を促進し、産業界全体でイノベーションを加速することが必要です。そのためには、経営層がイノベーションに対する理解を深め、『既存事業の継続・成長』と『新規事業の探索・投資・開発』を区別した経営判断を行うなど、実行面での取り組みが求められます。これを大前提として、いわゆる『出島』のようなスタートアップ連携の専門組織の設置、さらにスタートアップなどへのレンタル移籍や出向を通じた多様な人財の育成、外部人財の積極登用などの取り組みが重要です。加えて、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)設立やM&A(企業の合併・買収)による積極投資、また、オフィスや実験設備などのインフラの提供さらには経理・財務・法務などのゼネラル機能の提供を通してオープンイノベーションを促進する『場』をつくるという役割も求められています」
「橋渡し役」を担う
ー例えば日本ユニシスではどのように取り組んでいるのですか。
「日本ユニシスグループは、長年にわたり大手企業の基幹系システムの開発・保守・運用に携わっていますが、2017年にCVCとしてキャナルベンチャーズ(CVL)を設置しました。CVLではファイナンシャルリターンを追求するよりむしろ、日本ユニシスを含む、既存企業とスタートアップのマッチングによるイノベーション創出を促進することを重視しています。具体的には例えば企業サイドより預かったデータをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)経由でセキュアに開放してスタートアップ事業との連携を進めるといった『橋渡し役』を担っています」
-人財面ではどのようなことを重視していますか。
「私が3月まで担っていたCVLの社長にはこれからを担う40代の若者を登用し、第2号ファンドをスタートさせました。私自身がCVLの取締役および日本ユニシス側管掌役員として、スタートアップと日本ユニシスグループの協業を加速するとともに、本体の企業風土改革にもつなげています」
ガイドライン案にも意見反映
-このほどまとまった政府の成長戦略では、大企業とスタートアップが共同研究する際、特許権の独占など偏った契約にならないよう年内をめどにガイドライン案を策定することが盛り込まれました。こうした実情をどう受け止めていますか。
「大企業とスタートアップとの連携に際しては、法務慣習や意識に関するギャップや両者が抱えるさまざまな課題に由来して、契約に関するトラブルが頻繁に発生してきたことは事実です。大企業は、法務部門および知財部門に経営資源を投じ、多くの実務経験やノウハウを蓄積するほか、専門性の高い外部の弁護士や弁理士への委託も一般的に行われています」
「他方、スタートアップは、一般的にビジネスモデルの構築や技術開発、資金調達などに優先的にリソースが配分され、法務・知財に充分なリソースを割く余裕がない企業が多く存在します。そのため、経済産業省が公開した標準的なモデル契約書(Ver1.0)とともに、ガイドライン案が策定されることは、そうしたスタートアップにとって有益なものになると期待しています。策定にあたっては、スタートアップ委員会の下に設置されているスタートアップ政策タスクフォースで意見を取りまとめ、提出したところです」
ーその中でも主張されているかもしれませんが、大企業とスタートアップの双方が協業の恩恵を受けるために、あるべき姿とは。
「大企業側は、経営層のコミットのもとでスタートアップを協創に向けたパートナーとして位置付け、法務・知財部門を含めて、スタートアップという企業体の特性に応じた柔軟・迅速な対応・判断ができる社内体制を構築することが重要です。他方、スタートアップ側もモデル契約書や今後策定されるガイドラインを活用しながら、法務・知財に関わるリソースを強化していくことが必要になります。こうした取り組みも弾みに、大企業とスタートアップが一層連携を深めることで、より良いスタートアップエコシステムを創り上げることができるのではないでしょうか」