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シリコンバレーのベンチャーキャピタリストに学ぶ、CVCの「目利き力」

<情報工場 「読学」のススメ#82>
シリコンバレーのベンチャーキャピタリストに学ぶ、CVCの「目利き力」

シリコンバレーでクルマの評価基準はソフトウェア(グーグル本社のミーティング、写真はイメージ)

近年、世界的にCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル:本業とのシナジーを目的にベンチャー企業へ出資する組織)が増えている。

新しい技術やビジネスモデルが次々と登場するなか、技術やサービスの自社開発にこだわっていては、他社に遅れをとってしまう。かといって、M&Aはリスクが大きい。そのため、CVCを立ち上げて優れた技術やアイデアを持つベンチャーに投資し、新しい収益源に育てようとする企業が多くなってきているのだ。

日本でも、ソフトバンクやドコモ、トヨタ自動車、パナソニック、武田薬品工業、電通、JR東日本など、幅広い業種でCVCが急増している。

CVCに問われるのは、どのベンチャーに投資するかを見きわめる「目利き力」だ。だが、従来の日本企業では、この目利き力が十分に養われてきたとは言い難い。多くの企業で、技術開発の「自前主義」が美徳のようにいわれてきたからだ。

そこで参考になるのが、「目利きのプロ」であるベンチャーキャピタリストによる投資判断基準である。『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(東洋経済新報社)からは、その基準の一端を知ることできる。

同書には、現在のシリコンバレーの技術潮流や企業動向とともに、ベンチャーキャピタリストによる「目利き」のポイントが紹介されている。

著者の山本康正さんは、シリコンバレーで働くベンチャーキャピタリスト。三菱UFJ銀行ニューヨーク米州本部勤務、さらにハーバード大学大学院で理学修士号を取得、グーグル勤務を経て、ベンチャーキャピタリストとしての活動を開始した。主にアーリーステージの投資を手がける。

現代の顧客が求めるのはハードウェアよりもソフトウェア

「目利き」には、テクノロジーの趨勢を見きわめる能力が欠かせない。ただ、やみくもにテクノロジーに注目していっても意味がない。山本さんによれば、今の時代に重要なのは「ハードウェア(モノ)」よりも「ソフトウェア(サービス)」なのだという。

今後のビジネスにおけるソフトウェアの重要性、と聞けば耳タコかもしれない。しかしながら、私たちは、それを本当に理解しているだろうか。

一例を挙げると、国内の携帯電話やスマートフォン、パソコンのハードウェアのメーカーは、新興国メーカーとの価格競争に陥り、軒並み苦戦を強いられている。

一方で、グーグルやマイクロソフト、アップルといった巨大IT企業は、OS(アンドロイド、Windows、iOSなど)をはじめとする独自のソフトウェアで利益を上げている。

山本さんは、顧客が求めるものが、モノ自体よりサービス、ハードウェアよりソフトウェアであることを理解していなければ、上記のようなことが、他業種でも起こりうると懸念する。

とくに自動車産業だ。目下のところ台風の目となっているのが、周知の通り「テスラ」である。同社の時価総額がトヨタを超え、自動車メーカー世界一になったのは記憶に新しい。

日本では、テスラのデザインや静粛性、走行性などハードウェアに注意が向けられる傾向にあるようだ。しかし、山本さんによれば、シリコンバレーでは、もはや誰もそんなことは気にしていない。

それよりもテスラが搭載する「ソフトウェア」が人々を惹きつけているという。テスラ車では、バッテリーの持続時間や自動運転機能の向上など、2カ月おきくらいにソフトウェアがアップデートされる。

つまり、シリコンバレーにおいては、クルマの評価基準は車体よりサービス、ハードウェアよりソフトウェアなのだ。いずれ、この基準は世界に広がっていく可能性がある。そのことを理解していなければ「目利き」を誤ることになるだろう。

「人間」と「人間が実現する未来」に投資する

さらに、山本さんの「目利き」で興味深いのは、技術や数字だけでなく「人」を見ていることだ。

山本さんは、「ベンチャーキャピタルは人に会うのが仕事」というほど、対話を重視する。その対話の中で、ベンチャーの創業者たちが、自分たちの事業が大好きで、何がなんでもやってやる、という強いパッション(情熱)を持っているかを確かめる。

この点で思い出されるのは、シャープの故・佐々木正元副社長の逸話である。大西康之著『ロケット・ササキ』(新潮社)に詳しいが、佐々木さんは、ソフトバンクグループの孫正義社長を、無名時代に見出して出資、サポートをし、彼から「恩師」と呼ばれている。

『ロケット・ササキ』には、佐々木さんが「孫正義という男の将来に投資する」と決める場面が出てくる。自ら開発した「電子翻訳機」について、思いのたけを熱烈に語る孫さんに接し、その機械よりも「人間」を応援することにしたのだ。

その孫社長も2000年、アリババを創業したてのジャック・マー元会長に20億円を出資している。この時も、当時赤字経営だったアリババの事業計画よりも、中国社会の未来について熱弁するマー元会長を見て、出資を決めたそうだ。

ところで山本さんは『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』で、ベンチャーキャピタリストは「リスク」をとってコミットしており、そこが、未来を予測するのみの評論家やコンサルタント、アナリストとは異なる点だと語っている。

では、リスクをとってまでする投資の意義とは何だろうか。それは、より良い未来づくりに参加することなのではないだろうか。山本さんは、「世界を席巻する、偉大な先輩企業でいうと、ソニー、トヨタ自動車、ホンダ、任天堂のようになる意思を持つベンチャーを応援したい」と言っている。

ブームともいえるCVCについても、近視眼的に本業とのシナジーによる収益増をめざすだけでなく、長期的に「実現したい未来」を見つめることが、「目利き」には必要なのではないだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』
山本 康正著 東洋経済新報社 293p 1,800円(税別)
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冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
現実のCVCなどの投資案件では、「未来に投資する」といったきれいごとだけでは済まされない。また、佐々木正氏や孫正義氏の投資は、“大物”ならではの経験とインスピレーションによるところが大きいと思われる。だが、とくにデータの少ないベンチャーへの投資においては、できる限りの情報収集に、ある程度の「勘」を加えた判断をせざるを得ないのではないか。「勘」を「センス」と言い換えてもいいが、それはやはり、山本康正氏の言うように「人に会うのが仕事」と割り切って場数を踏むことで磨かれるのだろう。

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