設計に大変革をもたらした「バーチャル・エンジニアリング」、ものづくりニッポンの復活は?

夏休みに読んでほしい! おすすめ本の抜粋「バーチャル・エンジニアリング―周回遅れする日本のものづくり―」

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書籍『バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業』の発売を記念し、Part1である『バーチャル・エンジニアリング―周回遅れする日本のものづくり―』と『バーチャル・エンジニアリングPart2―危機に直面する日本の自動車産業―』の一部を紹介します。今回は『バーチャル・エンジニアリング』から、日本の設計現場におけるデジタル化の流れについて解説します。

バーチャルエンジニアリングは、どのような全体像なのか

CADとCAEを同一環境で扱う、それが基点になる

1995年頃より3DCADが一般のものづくり企業の設計現場に普及し始めた。3D設計が始まった当初より設計者からはCADモデルをそのままCAEモデルとして活用したいという要望があった。当時は設計の作成した3DCADモデルは金型作成用のCAMモデルとして活用され、それだけも、設計から直接ものづくりに繋がることから品質と効率の向上が図れた。設計とものづくりがデータで繋がったことになる。

そうは言っても、当時の3DCADはオペレーションが面倒であったため、設計者はたいへんな苦労をして使っていた。だからこそ当時の設計者は、せっかく作った3Dモデルを単なる金型作成用のCAMモデルとして活用するだけでなく、そのままCAEに入力して設計検証に利用したいと考えるようになったのである。

CAE解析では、対象となる3D形状を小さな三角形や四角形を貼り合わせた「多面体」として扱い、計算はそれぞれの三角形や四角形の「要素」ごとに行い近似する(離散モデル化)。こうすることで、すべてがつながった連続体として扱うよりも早く、また簡単に計算ができるようになる。モザイク絵のような一つ一つのピースがCAE解析の要素であり、これが集まって立体となったものがCAEモデルとなる。この要素に分けることを「メッシュ作成」という。

このメッシュ作成は、従来は人が行っていた。それが2001年、3DCADモデル用の自動メッシャが登上し、CADモデルがそのままCAEのモデルとして活用できるようになった(図1)。それまでは、自動メッシュの技術的課題と、CADモデルの品質の問題で、3DCADモデルを用いた解析は行われていなかった。

図1

なぜCADの3Dモデルをそのまま検討に用いることができなかったのか、加えて、なぜその解決に数年も費やしたのだろうか。CADとCAEの変遷から紐解いてみたい。1970年代にCAEプログラムが市販された当時から、設計者はCAEを用いた仕様検討の姿を思い描いたが、初期のCAEプログラムはCAEプログラムの操作だけでなく、コンピュータのOS操作も含めて専門のIT技術やCAEプログラムのプログラミングも行わないと使えない代物だったのである。

そんなことからCAEの操作は、CAE専門のオペレーターが行うものであるという慣習が生まれてしまった。その時代が20年前後続いた後、CAEを使う技術者とCADを使う技術者はそれぞれが違う分野の技術者というイメージができ上がってしまった。そのため、せっかく設計者からCADモデルをそのままCAEモデルとして活用したいという要望が出ても、CAEとCADの各分野の双方を理解した技術者が少なく、要望を具現化する動きが生まれ難かった。

また、CADデータで表現された面と面が正確に繋がってないことや、面が不連続で、3D形状の形として閉じられてない等の形状表現が正確にはできてないというCADデータの品質問題があった。図2を用いて、そのCADモデルの品質を説明したい。

図の上左のモデルは部品全体形状を表している。これだけを見ると表面上は問題のないように見えるが、例えば、図の四角で囲まれたリブ部を注目し、拡大すると、このリブ部にはいくつかの曲面が集中し馬の背のような形状が見える。この部分をより拡大し、面の曲率の変わる部分を線表示で確認すると面と面の重なりや不連続になっていることがわかる。また、それ以外の部位でも、図2下段のように曲線表現にしてみると面の折れや不連続になっていることがわかる。

図2

このようにCADモデルは曲面が連続でないことから、CAEモデル用メッシュを形成することができない。
 前述の自動メッシュ機能は、簡単な形状や段差のない曲面では活用が可能であったが、CADモデルの品質に課題があることで使うことができなかった。
 CADモデルの品質が悪くなる原因は、デジタル技術特有の浮動小数点の誤差の蓄積から生じる問題なのだが、当時は、CADとCAEは互いに別分野であるとみなされていたため、調査すらされていなかった。

二〇〇一年、筆者等の提案によりCADベンダーとCAD品質と自動メッシャ機能の改善のためのジョイントプロジェクトが実施された。CADとCAEの両方の分野にまたがり、両システムのデータ品質の見直しと基準を統一することで、別々の環境を共通のシステムとして繋げることができた。CAEとCADと同じ環境で活用したいというユーザーニーズをCADベンダーが理解し、受け入れることで、CADとCAEの環境が統合した。

こうして3D図面から直接CAE解析できるようになり、設計業務に対する考え方が大きく変わった。それまでは、CAEエキスパートがCAE解析モデルを作成し、計算準備に約一ヵ月掛けていたが、CADデータから自動メッシュでCAE解析モデルが作成できるようになり、CAE解析結果を手に入れるのが五分でできるようになった。一五年以上経た現在では、さらにコンピュータの性能向上が進み、五分費やしていた同様の解析が数秒で可能になっている(図3)。

図3

これまでCAE解析は、準備も含めて時間がかかるというのが一般的であったので、解析の結果には過剰な期待が込められ、相当高い精度が求められた。それが計算時間が数千分の一(現在では数十万分の一)になり、解析作業が簡単で短時間でできることから、数多くの計算を実行し、結果の傾向性をつかむといったCAEの新しい使い方ができるようになった。これによりCAE解析の考え方、使用目的が大きく変わった。

解析作業の効率が上がっただけでなく、組み合わさった部位である3Dレイアウトを、そのままCAE解析することが可能になったことは、設計に大きな変革をもたらした。これは、すべてのパーツの3Dモデルとそれらを組み合わせたアセンブルでの3Dモデルがそのまま解析できることを意味する。その3Dレイアウトを車1台分までに拡げると、そのまま車1台分のCAEモデルになる。またさらに規模の大きい飛行機でも1機分を丸ごとCAEモデルにすることもできるようになる。

このように、CADとCAEの世界がいろいろな分野で繋がったのである。強度剛性検討から始まった設計 CAEはCFD(Computational Fluid Dynamics)の分野にも拡がり、二〇〇七年頃より、設計者が「流体解析を行いながら空気流出口の仕様検討をする」といった使い方も可能となるレベルになったのだ。

CAD/CAEのデータ相互活用が可能になり、CAD/CAM/CAEの三分野が共通のデジタル環境として連携できることになった。これがその後の大きな変革への基盤ができあがった(これが大きな転機になったのに気づくのに、筆者は数年かかった)。
(「バーチャル・エンジニアリング―周回遅れする日本のものづくり―」より一部抜粋)

<書籍紹介>
世界的に進む「設計」と「ものづくり」の融合。本書は、そのキーテクノロジーであるバーチャルエンジニアリング(VE)について、我が国の製造業での導入課題と見通しを明らかにする。積極的な欧州の動きを報告しながら、VEの狙い、対応の遅れが何をもたらすのかを解説し、警鐘を鳴らす。

書名:バーチャル・エンジニアリング―周回遅れする日本のものづくり―
著者名:内田孝尚
判型:四六判
総頁数:160頁
税込み価格:1,540円

<著者>
内田 孝尚(うちだ たかなお)
神奈川県横浜市出身。横浜国立大学工学部機械工学科卒業。1979年(株)本田技術研究所入社。2018年同社退社。現在、雑誌・書籍などマスメディアや、日本機械学会等のセミナーを通じて設計・開発・ものづくりに関する評論活動に従事。MSTC主催のものづくり技術戦略Map検討委員会委員(2010年)、ものづくり日本の国際競争力強化戦略検討委員会委員(2011年)、機械学会“ひらめきを具現化するSystems Design”研究会設立(2014年)及び幹事を歴任。東京電機大学非常勤講師、博士(工学)、日本機械学会フェロー。著書「バーチャル・エンジニアリング Part2」(2019年日刊工業新聞社)、「バーチャル・エンジニアリング」(2017年日刊工業新聞社)、「ワイガヤの本質」(2018年日刊工業新聞社)、雑誌『機械設計』連載「バーチャルエンジニアリングの衝撃」(2019年1月−2020年6月日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
Amazon
Rakutenブックス
Yahoo!ショッピング
日刊工業新聞ブックストア

<目次(一部抜粋)>
序章 メイドインジャパンの高品質は過去のものへ
下請け化するわが国の製造業/高品質の日本は過去の話となった/モノができる前にすべてが決定する!/イノベーションのジレンマ/匠の技をシステムに実装する/世界のエンジニアは知っていた

第一章 なぜ欧州はバーチャルエンジニアリングを急ピッチで推進するのか
一・一 欧州が本気で取り組むものづくりプログラムとバーチャルエンジニアリング
一・二 標準化で進むバーチャルエンジニアリングの枠組み作り

第二章 日本の製造業は周回遅れを取り戻せるか
二・一 日本の製造業が優位でいられないこれだけの理由…
二・二 ものづくりを設計側にシフトするにはどうしたらよいか

第三章 まずはバーチャルエンジニアリングの全体像を把握する
三・一 バーチャルエンジニアリングは、どのような全体像なのか
三・二 バーチャルエンジニアリングのポテンシャル
三・三 バーチャルテストを用いた認証制度が法規化

第四章 すべては3D図面が起点となる
四・一 3D図面ルールの歴史
四・二 3D図面の属性情報を用いた新しいものづくりの例

第五章 バーチャルエンジニアリングがもたらす製造業の大変革る
五・一 設計の役割と範囲は大きく変化している
五・二 すべてが開発のV字フロー左側だけで済んでしまう
五・三 制御設計と検証が設計段階で終了
五・四 物ができ上がる前に全ての仕様が決まる

第六章 開発変革とビジネスモデルの変革
六・一 バーチャルエンジニアリングのためのインフラづくり
六・二 ものづくりのビジネスモデルは変貌

第七章 魅力価値の創造とバーチャルエンジニアリング
七・一 製品に求める振る舞い(シーン)と実現のためのコンセプト
七・二 匠の技術は、バーチャル環境下でこそ活きる

第八章 スリアワセはバーチャルエンジニアリングで生まれ変わる
八・一 バーチャルエンジニアリングは、欧州製造業の基本戦略
八・二 日本と欧州の取り組みの差を見てみよう
八・三 現実を直視せよ

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