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「その研究は役に立つの?」それでも私がキリンの解剖を続ける理由

『キリン解剖記』著者、郡司芽久氏インタビュー

『キリン解剖記』(ナツメ社)ー。手にしたとき、変わったタイトルの本だなと思った。誰もが知っているあのキリンについての本。しかも解剖。読み進めていくうちに、自分が解剖学教室をのぞき見するような感覚になる。同時に一人の学生がキリンの解剖を通して研究者として独り立ちするまでの軌跡を追体験できる。解剖学についての教養書であり、人間の成長記だった。この不思議な本を書いたのは郡司芽久さん。大学院を修了後、国立科学博物館で勤務(4月から筑波大学システム情報系で研究員)していた。郡司さんに話を聞いた。(聞き手・小川淳)

体重1・2トン!キリンの解剖は重労働

ーなぜこの本を書いたのですか。

自宅の周辺で動物園の飼育員や出版など動物好きが集まる飲み会が定期的にあって、そこで知り合った編集関連の人に、『いつも話している動物のことがとても面白いから本にしてみませんか』と薦められたのがきっかけです。最初はいろいろな動物のエピソードを集めた本にしようかと思ったんですが「それだとちょっと厳しい」となり、今の形に落ち着きました。

ー本書にもありますが、日本はキリンの飼育頭数が世界でも有数だそうですね。

 キリンもそうですが、全国にこんなに動物園や水族館があるのはちょっと普通ではないですよね。珍しいものが好きなのは、文化や国民性ではないでしょうか。日本人がたくさん受賞する「イグ・ノーベル賞」もそうですが、変なものや変なことに対して、ポジティブですよね。キリンに限らず、北半球で1番か2番目にペンギンがいる国も日本です。象もいろんな動物園にいますしね。

ー現在、日本には何頭のキリンが飼育されているのでしょうか。

150頭くらいでしょうか。去年だと全国の動物園で10数頭生まれています。妊娠期間が1年半なので、常に妊娠個体がいるくらいです。飼育下では30年くらい生きます。

アフリカの野生のキリン(image by Matthias Gebhardt from Pixabay)
ー動物園で死んだ動物がどうなるか、あまり考えたことはなかったです。キリンの死因は何が多いのでしょうか。

分からないケースが多いです。突然死が多い。寒さに強くないので、突然寒くなって冷え込んだ時に外に出ると、後で死んでしまうこともあります。ただ、最近は動物園の方もいろんな対処をしているので、この先はこうした死に方は減るかもしれません。

ーそうして死んだキリンを譲り受け、解剖しています。それにしても重労働ですね。

日本では年間でだいたい10頭くらい死んでいます。そのうち6頭くらい献体されていますが、私はその半分くらい解剖しています。大人のオスのキリンの場合、体重は約1・2トン、身長は5メートルくらいあります。首だけでも長さは約2メートルくらい。頭を含めた首から上の重さは130キロ―180キログラムくらいあるので、運ぶのは数人がかりです。先ほども言いましたが、キリンは温かい地域に住んでいるからか、寒い時期に死ぬことが多いです。動物園からの献体の申し出は突然来るので、年末年始の予定は入れていません。

10年で34頭を解剖

ーこれまで何頭のキリンを解剖したのでしょうか。

約10年間で34頭です。最初の解剖ではほとんど何も分からず、ただただ無力感に襲われました。それでも、大学の恩師の遠藤秀紀先生(東京大学総合研究博物館教授)をはじめ、周囲の助けや運にも恵まれ、たくさんの機会をいただき、研究が進みました。多分、世界で最もキリンを解剖した研究者だと思います。

ーその努力がキリンの「第8の首の骨」の発見につながります。

哺乳類は一部の例外を除き、人間もキリンも脊椎のうち頭を支える骨である「頸椎(けいつい)」は7個しかありません。でも、キリンの場合、脊椎の胴体部分の骨の一つ「第一胸椎」が高い可動性を持っています。多くの解剖に接し、キリンの第一胸椎が機能的には首のように動く、いわば『8番目の首の骨』であることを明らかにしました。この骨によってキリンは「高いところの葉を食べる」「低いところの水を飲む」という相反する首の動きが可能になっているわけです。

キリンの首は高い木の葉を食べたり、低いところの水を飲むなど可動域が広い(image by Angel Chavez from Pixabay)
ー進化というのは不思議ですよね。どこに向かっているのか、永遠の謎です。

最近になって自分の中でようやく言語化できたんですが、キリンを見ていると「正解は一つではないな」と思います。例えば、これをやるならこういう方式ってあるじゃないですか。普通、理にかなっていることをしますよね?いい大人なので(笑)。でも、キリンに限らず生き物は一見、理にかなってないけど、「まあこれでもできるじゃん」という方向で進化を遂げています。見ると励まされる気がします。この本を読んでくれた人から、「読んだら励まされた」という感想を頂いたことがあります。こんな生き方もあるんだと。

ー確かに言われてみれば、人間も理にかなっていない部分、ありますよね。体に比べて頭が大きすぎますし。

そうですね。2足歩行も結構大変ですし(笑)。結果としてそれでも何とか生き残ってきた。

キリンの「納得がいかない感じ」が好き

ーところで郡司さんは幼いころからキリンに魅了されていたそうですが、キリンの良さはどこにあると思いますか。

難しいですね、うーん。ぱっと見たとき、納得がいかない感じでしょうか。子どもの落書きみたいな(笑)。足が長かったり、口がのびてたり。「アンバランスでこういうの、普通いないよな」というような生き物が好きなんです。もし自分が神様になってあらゆる生き物をデザインする権利を得たとしても、キリンみたいな生き物は作れない(笑)。自分のクリエーティブ以上のものを感じ、尊敬の念を抱きます(笑)。自然界はすごい。

ニュースイッチオリジナル
小川淳
小川淳 Ogawa Atsushi 編集局第一産業部 編集委員/論説委員
初書著とは思えない語り口に、一気に読めました。キリンの首の大きさを横綱・白鴎関に例えたり、キリンについて講演する時はメスの頭骨を持つべき、といった記述のセンスも、いいなと思いました。実際にお会いしてお話したら、言葉の返しが絶妙で、話があちこちに行きましたが、とても刺激になりました。博物館に根付く「3つの無」の話は、深いですよね。基礎研究の危機が叫ばれて久しいですが、非常に考えさせられました。新しい場所で郡司さんの研究がより花開くことを祈念します。

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