ニュースイッチ

健康の維持はまず口から! コロナ禍で広がる口腔ケア市場

健康の維持はまず口から! コロナ禍で広がる口腔ケア市場

「多くのユーザーと歯科医院をつなげる」と広瀬ノーブナイン社長(中央左)

体の健康を維持するため、口腔(こうくう)ケアの重要性が増している。口腔内細菌の感染により引き起こされる歯周病は、糖尿病など全身疾患に影響を及ぼすとされ、正しい歯磨き習慣や定期的な検診は欠かせない。また、新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るう中、肺炎の重症化リスクを低減する一つとしても注目される。口腔ヘルスケアの技術開発やスタートアップの参入など、市場開拓の動向や課題を追った。(大阪・中野恵美子、京都・大原佑美子、東大阪・友広志保、大阪・園尾雅之)

スタートアップ参入 歯科医相談「LINE」仲介

新型コロナ感染の影響で医療機関の受診に抵抗を感じる人が増えている。歯科系スタートアップのノーブナイン(大阪市北区)は遠隔歯科相談サービスを期間限定で無料提供。対話アプリケーション(応用ソフト)「LINE」で歯科医に歯の悩みを直接相談できる。

また「より多くのユーザーと歯科医院をつなげたい」(広瀬智一社長)と、ITを活用し歯周病の予防につなげる仕組みを構築する。年内に臭気センサーを搭載した電動歯ブラシ「SMASH」を発売する。

口臭データを管理して歯周病の予兆を検知。適切なタイミングで治療を受けられるサービスだ。

歯科業界では診断・治療データが患者個人に提供されることは少ない。診療データの活用を見据えたIT化が遅れている。歯に痛みを感じて初めて歯科医院を受診する患者が多いのも事実だ。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」によると2017年における歯肉炎・歯周疾患の総患者数は398万3000人にのぼる。前回調査(14年)に比べ、66万人以上増加した。

16年の「歯科疾患実態調査」では25―34歳で3割以上、35―44歳で4割以上が歯周病と判断される目安である深さ4ミリメートル以上の歯周ポケット(歯と歯茎の境目)を持っていた。各年齢層で前回調査に比べ割合が増加した。歯周病は身近な疾患で対策が不可欠だ。

歯磨き習慣で免疫力 歯面研磨材・電動歯ブラシ拡販

設立98年の歯科材料の老舗、松風は歯面研磨材や歯磨剤を軸に市場を攻略する。歯面研磨材「PRGプロケアジェル」は歯科衛生士が患者の歯をトリートメントする際に用いるペーストで、独自開発の添加剤を配合した。

6種類のイオンを徐放し、歯垢(しこう)沈着やエナメル質の脱灰を抑制できるなど歯質の強化につながる。歯科医院で患者が購入するホームケア用歯磨剤と合わせ「シェアを拡大していく」(高橋啓至研究開発部主席研究員)。

口腔内疾患の“診断”領域にもアプローチする。歯科診断用口腔内カメラ「イルミスキャンII」が、舌がん手術に用いる口腔粘膜蛍光観察機器として保険適用を受けた。口腔内に生じた粘膜疾患の疑いがある部分が分かり、切除の範囲設定の目安に用いる。現状の観察方法に比べ患者の身体的負担が少ない。

歯科診断用口腔内カメラ「イルミスキャンII」

口腔内環境は健康に影響する。高齢になっても歯を残し、健康寿命を延伸させるため、松風は17年頃からオーラルケア製品開発・普及に注力。市場調査を進め「海外販売にも注力する方針」(吉本龍一研究開発部長)だ。

口腔ケアによる免疫力向上に注目が集まる中、歯磨き習慣も世界で定着しそうだ。「ドルツ」ブランドで電動歯ブラシを世界展開するパナソニック。足元では新型コロナ感染拡大に伴う外出自粛で「店舗販売が激減している」(パナソニック)が、拡販に向けて製品力を強化している。

電動歯ブラシ「ドルツ」

同社製品は歯科医が推奨する「ヨコ磨き」の動きを、業界で唯一、実現しているのが特徴。歯周病予防のためには微振動でヨコ磨きすることが大事だが正確に微振動させるには、電動歯ブラシでないと難しい。近年はヨコ磨きと同時に「タタキ磨き」もできる機能も追加し、歯と歯の間の汚れを強力に落とすことができるようになった。

また超音波水流を吹き出す「ジェットウォッシャー」もラインアップ。電動歯ブラシでは落としきれない部位の汚れ落としに、効果が期待できる。

超音波水流は電動歯ブラシで落としにくい汚れに効果(イメージ)

近年、米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が人工知能(AI)搭載の電動歯ブラシを発表するなど業界でも最新技術の採用が相次いでいる。電動歯ブラシは間違った磨き方をすると、逆に磨き過ぎになるなど、歯や歯茎を痛める可能性もある。こうした欠点をカバーする意味でも、AI搭載の製品開発は加速するとみられる。

インタビュー/アイキャット代表取締役CTO・十河基文氏 口腔内細菌対策で全身健康

大阪大学歯学部発ベンチャー(VB)のアイキャット代表取締役最高技術責任者(CTO)で、同大学院歯学研究科イノベーティブ・デンティストリー戦略室教授として製造業が歯科業界に参入する「歯工連携」を主導する十河基文(そごう・もとふみ)氏に口腔ケアの重要性について聞いた。

―口腔ケアが重要な理由は。

「歯周病は細菌感染症。口腔内の細菌が全身に回り、疾患を引き起こすと指摘されている。糖尿病との(相関)関係は、ほぼ間違いない。また35歳頃から歯周病による抜歯が増えるが、歯周病はサイレントディジーズ(静かなる病気)と言われる。歯が抜けてからではなく20歳頃から、口の中を清潔にするよう心がける必要がある」

―日本人の口腔ケアへの意識や現状は。

「約10年前だが、トヨタ関連部品健康保険組合などの調査によると、歯科医院を年1回以上受診し、かつ早めの治療や歯磨き習慣がある人が、35歳以上の組合員の被保険者3万2000人のうち10%だった。また年2回以上歯科医院に行く600人を抽出し、総医療費を(35歳以上の組合員5万3000人の)平均と比べると、48歳までは口腔ケアをしている人の方が全身の医療費が高いが、49歳から平均を下回る。65歳で15万円の差が出る。定期的な歯科医院の受診はお金の節約と全身の健康につながる」

―新型コロナ感染拡大で口腔ケアへの注目が高まります。

「高齢者は気管に(食べ物が)入らないようにふたをする喉頭がいが(老化のため)ゆっくり閉まるので、どうしても肺に飲み物などが入っていく。口腔ケアをしていない高齢者の唾液は細菌が多い。高齢者は肺炎にかかりやすいが、大部分は口腔内細菌が原因だろう。新型コロナに関しても、ウイルス性肺炎で弱った肺が細菌性肺炎に感染し重篤化することを防ぐため、口腔ケアが大切だと言われ始めている」

編集部のおすすめ