新型コロナでISTのロケット打ち上げ未定に、日本人の宇宙ビジネスへの理解は進むか
宇宙ベンチャーのインターステラテクノロジズ(IST、北海道大樹町、稲川貴大社長、01558・7・7330)は、北海道大樹町でロケット事業のビジネス化に挑んでいる。2019年の打ち上げでは、民間企業単独で国内初の宇宙空間到達に成功。技術実証の段階から本格的なビジネス化への移行を見定める。新型コロナウイルス感染拡大で、予定していた打ち上げが延期となったが、宇宙産業は今後大きく伸びる可能性があり、日本のモノづくりを生かせる分野。北海道の大地から宇宙産業の花を咲かせようと歩み続ける。(村山茂樹)
新市場創出に挑む
「この厳しい状況を乗り切らなくてはいけない」。インターステラテクノロジズの稲川社長は4月28日のオンライン会見で、2―6日に予定していたロケット打ち上げの延期を表明した。無観客での打ち上げを計画していたが、それでも多くの人が訪れ、新型コロナウイルスの感染拡大を不安がる町民の声を受けた大樹町が、ISTに打ち上げ延期を要請した。新型コロナの影響拡大によっては、ISTの事業活動が長期間ストップすることになる。
今後の状況は予断を許さないが、ISTの取り組みは、宇宙産業の拡大に向け大きな可能性を秘める。ISTは2019年5月4日、観測ロケット「MOMO3号機」を打ち上げ、宇宙空間への到達に成功した。民間企業単独では国内初。世界的にも民間単独では9社目となる。
2―6日に予定していた同「MOMO5号機」の打ち上げは、技術実証の段階から本格的なビジネス化に移行できるか、節目となる試みだった。今後の打ち上げは未定で、一刻も早い新型コロナの危機収束が望まれる。
ISTはMOMOに続くロケットとして、超小型人工衛星の軌道投入ロケット「ZERO(ゼロ)」を開発している。23年の打ち上げを計画する。
ISTはロケット打ち上げでさまざまなビジネスの可能性を追求している。MOMO5号機では、水タバコのフレーバーと吸い口、コーヒー、自然現象の観測装置などを搭載する。ロケットの機体にはお好み焼き専門店や振動試験装置メーカーのロゴマークなどを掲載。燃料には酒造会社の日本酒を添加する。打ち上げ時に噴出される炎で、たこ焼きスイーツを焼き上げるミッションにも取り組む。
国はこれまでロケットを科学技術に生かしてきたが、民間では一見、宇宙と関係ないようなモノやコトでもビジネスになる。新たなニーズを開拓することで、ロケットのさまざまな使い方が可能だ。稲川社長は「市場をどう広げられるか、ありとあらゆる可能性を探っている」と話す。
MOMOの打ち上げ費用は1回当たり約5000万円だが「3号機以降は黒字で回っている」(稲川社長)。開発中のZEROでは超小型人工衛星を宇宙に運ぶので、さらに大きなビジネスを期待できる。打ち上げ費用は約6億円を見込むが「宇宙航空研究開発機構(JAXA)と比べ10分の1ですむ」(同)。
モノづくり巻き込む
ロケット開発の低コスト化のカギを握る一つが部品だ。「過去のロケット開発は一から新しい部品を作ってきた。今は他産業の高性能の部品を使用できる」(同)。例えば、スマートフォンや自動車などで使われている部品や半導体は自社開発しなくても、一般に出回り調達しやすくなっている。こうした変化がロケット開発の低コスト化を支える。
ISTが北海道に拠点を置くことで、道内モノづくり産業への波及効果が期待される。ロケット開発には百数十社が関係するが道内企業は約1割だという。多くの企業が部材開発に挑戦すれば、製造業が弱いとされる北海道で宇宙産業創出の可能性が広がる。
ロケット開発が本格化する中で、悩みの種は人材不足だ。現在従業員は40人。4月から企業や大学のエンジニアを受け入れる「助っ人エンジニア制度」を始めた。ロケットの研究開発を加速するのが狙い。現在トヨタ自動車からエンジニア2人が出向している。
大樹町に地理的優位性
北海道大樹町は、北海道の東部、十勝平野の南側にあり、西は日高山脈、東は太平洋に面している。人口は約5500人で基幹産業は農業や漁業だ。なぜISTは大樹町でロケット開発を行っているのか。稲川社長はまず「国内の産業で製造できることがグローバルな立地でみると重要」と説明する。
世界的にみて、日本はロケット開発に必要な材料や部品を入手できるほか、それらを加工できる機械や技術、人材があり、モノづくりのサプライチェーン(供給網)が整う。
ロケットの部材には武器に転用できるモノもあり、輸出入が厳しく制限されるが日本であれば調達しやすい。自動車のように“ジャストインタイム”で量産しないので大樹町での立地も不利にならない。
またロケット打ち上げでは「射場がとても大切」(稲川社長)。大樹町は東と南の両側に海が広がる。打ち上げ後の軌道や落下のリスクを考えると、こうした地理的優位性を持つ場所は世界的にも珍しい。モノづくりと射場の地理的要件でみると「欧州でもこうした条件はそろっていない」(同)と欧州の宇宙ベンチャーより恵まれた環境にある。
インタビュー/インターステラテクノロジズ社長・稲川貴大氏 宇宙を経済空間に
稲川貴大IST社長に今後の展開を聞いた。
「MOMOが宇宙に到達したことで、技術的な実証ができ事業として走りだしている。一方、開発中のZEROは、事業化できればMOMOよりも大きなビジネスになる」
―現在の課題は。「人材が足りないので募集している。ロケット開発は陸上の十種競技のようなもので、機械や電気、設計やプログラミング、生産管理などさまざまな分野の人材が必要だ」
―市場の見通しは。「今後10年間で、世界で約3万基の人工衛星の打ち上げニーズがあると言われている。日本の打ち上げは過去50年間で約200基で、米国やロシアでも数千基。世界にロケットベンチャーは150社ぐらいあると言われている。競争に勝ち残り需要を確保することが重要だ」
―日本での宇宙産業の可能性は。「経済空間としての宇宙があることに、日本で気付いている人が少ない。宇宙分野での産業のパラダイムシフトが起きている。宇宙市場が拡大しつつある中、日本は好条件がそろっている。宇宙産業が根付くように取り組むべきだ」