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「テプラ」「ポメラ」を生んだキングジム、“市場の隙間”を掴む組織の秘訣

連載・発想のスイッチの入れ方 #06
「テプラ」「ポメラ」を生んだキングジム、“市場の隙間”を掴む組織の秘訣

                     

ラベルライター「テプラ」は1000万台以上を売り上げ、発売から32年が経過した今も愛され続けている。iPhoneが日本に上陸した2008年発売のキーボードによる文字入力に特化したデジタルメモ「ポメラ」は一部の人から熱烈に支持され、販売台数は約35万台に上る。足元ではデジタルノート「フリーノ」がクラウドファンディングサイト「マクアケ」で目標額500万円に対し、1200%の6000万円という圧倒的な支持を得た。新型コロナウイルス対策として自動手指消毒器「テッテ」も人気だ。

老舗文具メーカーのキングジムはそうした独創的な商品を展開し、多くのファンを抱える。4月にはシニア市場に参入し、新たな挑戦を始めた。そこで「テプラ」や「ポメラ」はどのようにして誕生したのか、また、独創的な商品を生み出し続ける組織にはどのような秘密があるのか、宮本彰社長に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

(※取材は4月3日に行いました)

■ペーパーレスに危機感

―「テプラ」誕生のきっかけを教えてください。
 ファイル専門のメーカーだったキングジムに危機感を持った若手の有志が1985年に「Eプロジェクト」を立ち上げたことです。コンピューターが出始め、『普及が進むと紙がいらなくなる。数年のうちにオフィスから紙がなくなってしまう』とまことしやかに囁かれていました。コンピューターはいずれ普及していくので、それを怖がるよりも仲間にするしかないと思い、電子機器を扱おうと考えました。「Eプロジェクト」の「E」はエレクトロニクスの「E」です。当時30代だった私はそのリーダーに祭り上げられました(笑)。社長の息子だったからその人がリーダーだと、箔が付くと思ったのでしょう。

―宮本社長自身はそれほど乗り気ではなかったのですか。
 いえいえ、とても乗り気でしたよ。私も危機感は非常に持っていましたし、電子機器の知識はないので(リーダーの)自信はないけれど、やりたい人を応援したいという思いがあり、大賛成のプロジェクトでした。

テプラの初号機(左)と19年に発売したスマホで操作する機種「Lite LR30」

―電子機器の中で「テープライター」という製品を発想したのはなぜですか。
 ファイルの背見出しをきれいに作りたいという需要に気づいたからです。元々はファイルを売る手段としてワープロで印字するサービスを行っていたのですが、予想以上に依頼がありました。そこでワープロ(で印字する)よりもラベルに打ち出して貼ってしまった方が簡単だという発想が生まれました。

でも(電子機器の)第1号製品は「ハンディコピー機」になる予定でした。技術的に上手くいかず、挫折しました。(ハンディコピー機は)その後に複数の他社が手がけますが、いずれもなかなか上手くいっていません。我々も手がけていたら失敗していたでしょうね。

―紆余曲折があった中でテプラが第1号になった決め手はどこだったのですか。
 パートナー企業の存在ですね。実はある電子機器メーカーが同様の企画を持っており、それと我々の発想が一致しました。電子機器の技術も工場もない我々が多様な電子機器メーカーに「こんな製品はできないか」とお願いをして回っていた中でのラッキー(な出会い)でした。

―一方でテプラの製品化には社内から反発もあったと聞きました。
 とても大きかったです。会社が二分していました。(ファイル専門という業態に)若手が危機感を持っていた一方で、ファイルはよく売れており、競合との激しいシェア争いがありました。(その中で)ファイルに全力で挑まないと総合文具メーカーに負かされてしまうし、電子機器になんて手を出したら会社がおかしくなるという意見がベテラン社員にありました。

発売後もベテラン社員の販売協力は得られませんでした。そこで若手を中心に販売していたのですが、とても売れまして。それで(ベテランも)一緒に販売しようとなり、会社が一つになりました。発売から1年以上が経っていたと思います。

―社内の反発が強い中で製品化できたのはなぜでしょうか。
 当時は会社も小さいですから、社長がOKを出せば製品化できます。社長に頭を下げて「製品化させてほしい」と頼みました。社長は私の父親なんです(笑)。父がテプラのことをどれだけ分かっていたかは怪しいですが、「やってみろ」と言ってもらいました。親馬鹿だったのかもしれませんね。

―テプラは家庭でも企業でも使われています。開発当初はどのような需要を見込んでいましたか。
 ファイル以外にビデオテープやカセットテープのタイトルシールを作るために使われるだろうと思い、当初は家庭用の需要を想定していました。ただ、蓋を開けてみると法人から先に売れました。オフィスの(備品の)管理表や配電盤の表示用に使われて、想定していない需要がありました。

―テプラは1000万台以上を売り上げ、今も愛されています。その理由をどう見ていますか。
 几帳面な日本人の性質に合っているからでしょう。テプラは世界中で売られていますが、日本市場が圧倒的に強いです。持ち物の名前とかは直接書けば済むことですが、(日本人には)きれいにしたいというこだわりがありますよね。

―テプラは今後どのように進化しますか。
 開発中のことはあまり言えませんが、多機能にはしたくない。多機能にするとパソコンと変わらなくなります。ラベルを作ることに特化した単機能のままでその作業をより便利にしたい。その要素としては音声入力を使うなど、まだまだあると思います。

■ポメラは評判が悪かった

―08年に発売した「ポメラ」は究極の単機能ですね。すでに社長に就任されており、製品化にゴーを出す立場でした。
 (製品化の最終判断をする)開発会議という取締役全員がそろう会議で(全体としては)非常に評判が悪かったんです。ただ、その中でたった1人、大学教授の社外取締役が絶賛しました。「論文の執筆など文字を打つ時間が一番長いが、海外に行く際には重いパソコンを持ちたくない。これ一台で済めばいい」と。私は文章を書かないので「誰が買うのか」とも思ったのですが、一部の人にはベストな商品でした。商品開発はそういう人がいないとやる意味がありません。

我々は、ほんの一部の人だけどその人たちが待ち望む商品を作りたいと考えています。もちろんそういう人があまりにも少ないと商売になりません。市場の「ひび」ではなく「隙間」を見つけたい。結果論ですが、ポメラの市場はちょうどいい隙間でした。特に素晴らしいのは大きすぎない市場のため、他社が参入せずに我々が独占できるところです。

キーボードを打ち、記憶することに特化した「ポメラ」

―ちょうどよい隙間はどうすれば見つけられるでしょう。
 わかりません。それがわかったら苦労しないですけどね。ただ、わからないことはやってみようという文化があります。そこそこの投資ならとにかくやってみて売れなかったら止めればいい。ポメラのヒットで学んだ部分でもあるのですが、我々には新規概念の商品は10個のうち1個が売れれば、残りの9個の損失をカバーしておつりが来るという発想があります。絶対にヒットさせようとマーケティング調査をして時間やお金をかける方が馬鹿馬鹿しい。それをする暇があるなら発売してしまおうと。だから今でも売れない商品の方が圧倒的に多いですよ。次々とヒットを飛ばしていると思われるけど、その陰に売れない商品がたくさんあります。でも製造を中止するので気づかれないのです。それに9個の失敗自体も大切だと思っています。

―どういうことですか。
 自分が考えた商品が売れると信じて疑わないことは大切なのですが、案外上手くいかないことが多い。そのときになぜ売れなかったのかを考える。それが分かれば次はそうではない商品を作ることができて売れる可能性は高くなる。そうやって一つずつ成長するからこそ、よい商品を作ることができると思っています。実際にポメラの開発者も売れない商品企画を繰り返した後にポメラの成功で一躍ヒーローになりました。

―10個に9個の失敗をよしとする企業文化は取締役が全員参加する月に1度の開発会議が重要な役割を担っているそうですね。
 開発会議に上がってきた企画は商品開発部のいろいろなハードルを超えてきたものなので基本的にはゴーを出します。だから事実上の報告会に近い。それなのになぜ会議を開くのか。新規概念の商品が売れなかったときの責任は開発会議で合意した社長以下取締役にあることを明確にするためです。売れなかった商品の開発者を攻めてしまうと卑屈になってしまい、怖がって大胆な発想が出てこなくなる。失敗を笑って過ごせるようにするためにも開発会議は重要なのです。

■商品名には自信の有無があらわれる

―御社の製品は「テプラ」や「ポメラ」など親しみやすい名称が特徴です。
 本当のことを明かすと、名前にはその商品に対する自信の有無が見えます。「テプラ」は「テープライター」の略ですが、それだけではありません。「Timely」「Easy」「Portable」「Rapid」「Affix」の頭文字を取って「いつでも・簡単に・その場で・素早く・貼れ付けられる」という意味があります。それくらい色々考えて造語を作りました。自信があったからです。一方、ただ名前を覚えてもらうことだけを優先した商品は少し自信がない傾向があります。例えば(90年に発売した)「ボイスタイマー」。声で時間を教えてくれる商品ですが、(名前が)わかりやすいですよね。少し自信がなかったのでしょう。(実際に)売れませんでした。

販売成績は振るわなかったという「ボイスタイマー」

―4月に「arema(アレマ)」のブランド名でシニア市場に参入しました。
 有望と言われて久しい市場を抑えるのが狙いです。主力のファイル(の売り上げ)はペーパーレス化の影響でピークの半分くらいに落ち込んでいます。それをカバーするために電子機器に力を入れていますが、それ以外に(女性向けの文具である)「女子文具」なども手がけてきました。その流れの一環です。ただ、アレマは商品開発に難しさがあると思っています。

―なぜですか。
 開発担当者は20―30代が中心ですが、自分が欲しいと思うものを企画するケースが多いです。自分が欲しい商品だから売れると思うし、作り込める。私自身もそういった商品はヒットする可能性が高いとみています。そうなると高齢者が対象の商品は難しい。そのため、開発担当者は私に相談に来ます。自分は高齢者ではないと思っているのですが、会社で最年長になってしまったので仕方がないですね。

―第1弾商品の一つとして5月1日に「集音器」を発売しました。
 集音器。…欲しいです。でもまだちょっと早いかな。まだ耳はそんなに遠くないと思うんですけどね(笑)。

アレマ第一弾商品の集音器をみて苦笑い
【略歴】1954年生まれ。77年慶應義塾大法卒、キングジム入社。86年専務取締役、92年社長。85年に社内で立ち上がった「テプラ」のプロジェクトリーダーを務めた。このプロジェクトの成功はユニークな製品を開発する社風を生み、近年の「ポメラ」などのヒットに結実した。趣味は釣りやバラ栽培、リクガメ飼育、ポケモンGO。

連載・発想のスイッチの入れ方

#01 G-SHOCK・伊部菊雄(19年11月18日公開)
 #02 ぷよぷよ・米光一成(19年11月21日公開)
 #03 ∞プチプチ・高橋晋平(19年11月25日公開)
 #外 博報堂のアイデア発想AI(19年11月28日公開)
 #04 空調服・市ヶ谷弘司(19年12月2日公開)
 #05 ガリガリ君・鈴木政次(19年12月5日公開)
 #06 テプラ/ポメラ・宮本彰(20年5月1日公開)

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
とても物腰柔らかに冗談も交えながら「テプラ」や「ポメラ」の背景などを語っていただきました。キングジムはシニア市場への参入に加え、「翻訳機」を扱い始めたり、M&Aを積極的に進めたりと、ビジネスの領域を広げています。テプラ開発当初と同じペーパーレス化への強い危機感が今も同社を動かしています。

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ビジネスの現場においてアイデアが求められる機会は多いですが、その発想に苦慮される方も多いのではないでしょうか。ではベストセラー商品などを生み出した人たちはどのように発想したのでしょう。自身のアイデア発想法などとともに聞きました。

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