「ガリガリ君」を国民的アイスに成長させた“みんなの弟”戦略

連載・発想のスイッチの入れ方#05/赤城乳業元常務取締役・鈴木政次

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年間売上本数が4億本を超える国民的アイスキャンディー「ガリガリ君」。1981年に発売してから38年間、売れ続けるロングセラー商品だ。それほど愛されてきた背景には、独創的なアイデアがちりばめられたマーケティングや、ときに一瞬戸惑いさえ覚えるフレーバーの投入などがある。そうした発想はどのように生まれてきたのか。ガリガリ君の商品企画やマーケティングを主導した開発者で育ての親でもある赤城乳業(埼玉県深谷市)元常務取締役商品開発本部長の鈴木政次さんに、ガリガリ君の誕生や成長の裏側にあるアイデアや自身のアイデア発想法を聞いた。(聞き手・葭本隆太/写真・平川透)

<なぜソーダ、なぜ青色だったのか>

―「ガリガリ君」が誕生した背景を教えてください。
 赤城乳業の看板商品だったカップ氷「赤城しぐれ」を片手で持って食べられるようにという要請が会社からあり、開発がスタートしました。1970年代は2度のオイルショックが起こり、材料費が高騰する中で、大手アイスメーカーが(それまでは中小企業が担っていた)カップ氷市場に参入し、安売り攻勢にさらされました。体力勝負になると(赤城乳業のような)中小企業は勝てません。そこで「ワンハンド」という提案が生まれました。遊びに夢中な子どもたちが片手で食べられるようにという狙いがありました。

―赤城しぐれのフレーバー(味)はイチゴやミルクでしたが、なぜそれを踏襲しなかったのですか。
 赤城しぐれの味は否定し、一切使わないと自分に約束して検討を始めました。仮に赤城しぐれと同じ味だとカップをバーにしただけで安売り戦略の一つと受け取られるのが恐ろしかったからです。ただ、売れ筋の味を否定すると売れない味しか残っていない。(味の選定は)とても悩んで追い込まれました。

―どのようにソーダにたどり着いたのですか。
 他の業界にも目を向け、永遠の命を持ち、日本人のDNAに息づく味があるはずと探したところ、アイス業界より桁違いに(市場規模が)大きい飲料業界にあることに気付きました。それがラムネやサイダーでした。

―「ソーダ味=青色」というイメージは「ガリガリ君」の影響と言われています。なぜ青色にしたのですか。
 地球に共通する色として海と空の青を思い浮かべ決めました。地球に注目した理由は特別にありません。私自身が大きく出る癖があったのでしょう。長く愛される商品だからという思いもありました。それに(味の検討で)ソーダ味に行き着くまでに当初はアイス業界だけを見ていて行き詰まった自分がバカらしくなっていた時期で、なるべく広い世界を見ようと思っていたことも影響しました。

―「ガリガリ君」という名称も愛される一因ですね。
 この「君」はスゴい提案ですよね。より身近に感じられ、口コミされやすくなりました。現在は会長で当時は専務だった井上秀樹さんが付けました。それまでは(カップかき氷をスプーンで削る音から)「ガリガリ」だったのですが、どこか味気ないと思っていました。そこで専務に相談したところ、「じゃあ君を付ければ」と助言されました。

<「コンポタ」「ナポリタン」が認められる理由>

ガリガリ君は81年にソーダとコーラ、グレープフルーツの3種類で発売された。当時は米カリフォルニアから輸入されたグレープフルーツが人気だったため、発売当初はグレープフルーツ味が圧倒的な売れ筋だったが、2―3年後にはソーダが主力となり、売れ行きを伸ばしていく。コンビニでの販売戦略などが奏功し、歴史的な猛暑だった94年には年間6500万本を売り上げた。

ただ、その翌年には売り上げが鈍化し始める。他メーカーがコンビニ向けに独自商品を次々に展開したからだという。そこで打開策を探り、2000年にはデザインの全面リニューアルに至る。それから新シリーズの投入や独自のマーケティング戦略などを加速させていく。

―00年にデザインのリニューアルをしました。
 売り上げが鈍化し始めたころに顧客のことをないがしろにしていたのではないか自らを省みました。そこで顧客の声を直接聞こうとグループインタビューを実施しました。その結果、女性たちから「(ガリガリ君の)歯茎が汚い、汗が泥臭い」や「恥ずかしくてレジに持って行けない」といった辛辣な意見が相次ぎ、真っ青になりました。アイス購買層の6割を占める女性に敬遠されると、その商品に未来はありません。「これではどうにもならない」と思い、デザインを刷新しました。(その後の成長を考えると)女性たちの意見に救われたと思っています。

―ガリガリ君は今では2カ月に一つのペースで新しい味を投入していますが、味の多様化を始めたのは鈴木さんのアイデアだったそうですね。
 春夏秋冬それぞれで季節限定商品を投入したのが最初です。ある展示会でコンビニ弁当の企画担当者に言われた「ガリガリ君は一年中ソーダ味を売っていればよいのでいいですね。弁当はすぐに売れなくなるものが多いので次から次に企画しないといけないので」という言葉をきっかけに始めました。

06年には「リッチシリーズ」として「100円化」も行いました。ガリガリ君は大学生くらいになると卒業し、買わなくなるという課題を抱えていました。そこで卒業生をもう一度取り込みたいという思いがありました。

2000年のキャラクターリニューアル前<左>とリニューアル後<右>/(c)赤城乳業

―12年に発売された「コーンポタージュ味」や14年発売の「ナポリタン味」は衝撃でした。
 どちらも若手社員が手がけました。コンポタはヒットしましたが、ナポリタンは大失敗でしたね。ただ、全部が売れる必要はなく(単体の売り上げで)失敗する商品があってもいい。(失敗を含めて)定期的に話題化することは大事です。毎日ソーダではやっぱり飽きるし、(話題化によって)最近食べていない人の記憶を呼び覚ますことも必要です。

―とはいえ、「コンポタ」や「ナポリタン」というアイデアを認める会社もスゴいと思います。
 赤城乳業の最大の良さは自由に仕事ができるところ。例えばコンポタという提案には(それがよいか悪いかの)判断基準がありません。そこで提案者が覚悟を決めて商品開発しているかを見る。(その覚悟があるなら)会社は損をしてもそれにかけます。

―コンポタはアイスなのに電子レンジで温めるという斬新な食べ方が顧客側で生まれました。
 ガリガリ君は(もはや)赤城乳業の商品だけど顧客の商品になっているということでしょう。(顧客による食べ方の提案は)とても面白いと思います。(商品開発部門の)数十人が考えるより1億人が考えた方が絶対楽しいに決まっています。(会社としては)次の商品開発にもつながります。

―ガリガリ君は箱根の温泉とのコラボレーションなど、マーケティング活動でも話題を作ってきました。
 マーケティング戦略の中でも最大の取り組みは10年に稼働した新工場を顧客に公開したことだと思います。それまで食品工場を公開する概念が日本にはありませんでした。民放テレビ各局がこれに反応し、ガリガリ君がラッピングされるまで空中を漂う迫力ある映像などを番組で取り上げてくれました。その年の売り上げは前年比で3割近く上がり、その翌年はさらに2割上がりました。

―なぜ工場を公開しようと考えたのですか。
 私は若いころに原料の買い付けなどで海外にあちこち行っていましたが、北欧ではアイス工場の公開が当たり前でした。その経験があり、ガリガリ君をもっと理解し、好きになってほしいと思い公開を決めました。

―鈴木さんはガリガリ君が長く愛されている最大の理由はどこにあると思いますか。
 ガリガリ君の立ち位置でしょう。私の後のマーケティング担当には「ガリガリ君は顧客の目線以上にならないように」とよく話しています。ガリガリ君はすべての人の弟という(立ち位置をベースにした)商品開発やマーケティングを続けてきたことが愛着を持たれている要因だと思います。

<常に人を少し驚かせる>

鈴木さんは18年に赤城乳業を退社した。現在はガリガリ君の開発者・育ての親として組織作りや商品開発などをテーマに講演活動を精力的に行っている。ヒット商品作りの極意などを聞こうと企業などから講演依頼がひっきりなしにやってくる。

―鈴木さんが新しい商品を開発する上で大事だと思うことを教えてください。
 三つあります。まずは(それまでの)ヒット商品を否定し、決してまねをしない。真逆を行き過ぎて顧客が着いてこれないと困るのですが、常に人を少し驚かせようという思いを持つことを(赤城乳業の商品開発部長時代に)部の理念にしていました。二つ目は100点を取らない。自分が「100点を取った」と考えたらそれ以上の成長はありません。(商品化の後も)他人の意見を取り入れて次に発展できる余裕を持つことは大切です。三つめは(商品の味という観点ですが)1本で顧客を満足させず、3本食べられるような商品を作ることでした。

―どうすれば人を少し驚かせられるようなアイデアを発想できますか。
 商品開発について四六時中考えることです。その際に大切なのは「捨て目捨て耳」。人は自分の見たいものしか見ません。それでは自分の枠から逃れられない。そこで自分を捨てられるか。人が何を考えているかを推察する癖をつけたり、電車の中でもいろいろな所を見たりする。また、販売現場を定点観測して何が売れているかを調べたり、売り場の従業員と仲良くなって話を聞いたりすることも大切です。データを見れば売れているものは分かりますが、新しいアイデアを出すためには現場の肌感覚が、特に食品業界においては大切な気がします。

―アイデアを発想したいビジネスパーソンにアドバイスをいただけますか。
 「死ぬほど苦しめ」でしょうか。人と同じ行動では新しい発想にはたどり着けません。新しいアイデアを見つけるためには、例えばとても細かくつまらないところまでつぶさに見て突き詰めていくといった(人が普通はやらない)作業が必要です。

―商品開発はチームで行うことも多いと思いますが、チーム運営のポイントはありますか。
 チームの意見は大切ですが、すべての意見を聞き取り入れると特徴やフックのない丸いアイデアになってしまいます。チームのみんながいいといったアイデアは一度辞めて、トゲがある原点のアイデアに戻すことは大事です。

―鈴木さんはガリガリ君などを生み出し、成長させた経験を基にした講演が人気ですが、これからはどのような活動をしたいと考えていますか。
 聴講者の方々自身の商品開発の話を聞きながら具体的にアドバイスするスタイルを来年度から展開したいと考えています。これまでは経営層の聴講者が多いこともあり、組織作りを中心に講演してきました。(これからは)商品開発に悩むビジネスパーソンなどを中心に自分のノウハウなどを伝えていきたいです。

【略歴】1946年茨城県生まれ。70年東京農大卒、赤城乳業に入社。1年目から商品開発部に配属され、その後一貫して商品開発に携わる。「ガリガリ君」「ガツン、とみかん」「BLACK」など、数々のヒット商品を世に送り出し、ロングセラーに育てた。現在、「ヒット商品の育て方」などをテーマにした講演活動を幅広く展開し、講演依頼の情報サイト「講演依頼.com」で講演依頼数1位を誇る。著書に『スーさんの「ガリガリ君」ヒット術』(ワニブックス)など。講演依頼はこちらから

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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

今やアイスキャンディーの定番味となった「ソーダ」に鈴木さんがたどり着いたエピソードには視野を広くしたり、他業界に学んだりというビジネスで重要な視点が詰まっている気がします。また、個人的にガリガリ君と言えば「コンポタ」「クリームシチュー」「ナポリタン」のおかずシリーズの衝撃を思い出します。コンポタの(売り上げ上の)成功はもとより、「ナポリタン」の(売り上げ上の)大失敗が広くメディアで取り上げられ、「ガリガリ君」のマーケティングに貢献しました。とはいえ、その貢献は「結果的」。そもそも商品企画が通った背景に赤城乳業の組織としての強さや面白さを感じます。

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