マツダ100年、浮沈の歴史の中でなぜ“世界初の技術”が多く生まれたのか

菖蒲田専務に聞く「柔軟性は他社にない」

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マツダ公式サイトより

マツダの世界生産台数は157万台(2019年3月期実績)で自動車業界でも決して大手ではない。そのスモールプレーヤーが、米フォードモーターやトヨタ自動車といった大量生産の代表格のような企業と渡り合いながら、独自の手法を磨いて100年にわたって車づくりを続けてきた。生産を統括する菖蒲田清孝取締役専務執行役員に聞いた。

―100年の車づくりをどう振り返りますか。
「先輩の方々の苦労と取引先や地域の人々の支えがあってこそ今日が成り立っている。感謝の気持ちでいっぱいだ。本社第1工場(F工場)を作った時には、IBMのコンピューターを日本で初めて生産管理に適用して効率的な車づくりをした。物事の本質を考えつつ最先端の技術をうまく使う姿勢には学ばなければいけない」

―ご自身は82年に入社しました。振り返って印象的なことは。
「フォード傘下時代二つのプロジェクトに加わった。『ファミリア』ベースの『エスコート』を、フォードのディアボーン工場で作った。宇品では問題ないのにフォードではうまく作れない。溶接したナットがぽろぽろ落ちてきたが、原因は両社で溶接の管理基準が違ったためだった」

「合弁工場のAAIで『カペラ』と『クーガー』を同じラインに流した時もロスが多かった。治具などを2通り用意し工程がすごく長くなった。これらの経験で、製品構造と製造工程を一緒に考えて無駄をなくすことの大切さを実感した」

―生産と開発が協力する「モノ造り革新」には、フォード時代の経験が生きたと。
「モノ造り革新で進化したのはもう一つ。従来から生産要件を設計構造に織り込むために生産と開発が協力することはあったが、消費者の視点が抜けていた。モノ造り革新以降はただコストを抑えるだけでなく、いかに消費者の価値を高めるかに生産が貢献できるか考えるようになった」

―マツダのモノづくりの特徴は。
「やはり混流生産。宇品で『ロードスター』から『ボンゴ』まで一つのラインで作っているような柔軟性は他社にないのでは。多くの種類の車を少量ずつ作らざるを得ないマツダの環境だからこそ磨くことができた」

―米アラバマ州でトヨタとの合弁工場建設が進んでいます。
「マツダとトヨタそれぞれの知見が生かせる工場。いいチャンスなので、将来はマツダ本体が勉強できるような工場を目指せと現地陣には言っている」

―次の100年に向けて車づくりをどう進化させますか。
「原価低減をベースに置きつつ、F工場のIBMと同様、常に本質を考えて最新技術を導入できるようにしたい。マツダの工程だけではなく、受注から部品メーカー、物流、引き渡しまで企業全体の活動にスコープを広げて、効率よくお客さまに満足頂けるような車づくりをすることが大きな課題。もう一つの課題はモデルベース開発の進化。生産工程のデータを生かし、より精度の高い開発が最初からできるようにしたい」

【記者の目】
ロータリーエンジンに代表される独自技術、世界初の技術が大好きな社風。生産技術でも同様で、精密鋳造や高品質塗装など、マツダが初めて導入した技術は数多い。ただし菖蒲田取締役は世界初の技術には同時に信頼性が重要と強調する。技術にとらわれて浮沈を繰り返した歴史に学ぶ姿勢があれば、次の100年も渡っていける。
(広島・清水信彦)

取締役専務執行役員・菖蒲田清孝氏

日刊工業新聞2020年1月29日

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