「ロボコン」というエコシステムは国力に直結する?
ユカイ工学、小学生向けにキット発売
ユカイ工学(東京都新宿区、青木俊介社長)は、2020年3月にNHKエンタープライズ(東京都渋谷区)が開催する「小学生ロボコン全国大会」の予選向けロボットキットを発売した。モーターやスイッチ、結束バンドなどを使い、自由な発想と創造力によりオリジナルロボットを製作できる。
モーターと電池とスイッチだけで回路が構成されるシンプルな仕組みで、小学校で学ぶ理科の知識で製作ができる。移動するロボットで基本となるタイヤをあえて使わず、モーターにバンドを巻き付ける簡単な組み立てで、ぴょこぴょこ動くロボットを作ることができる。消費税抜きの価格は2700円。
エコシステム(人材や企業の生態系)を構成する1人の技術者にとっては縦と横のつながりが大切だ。コンテストは同世代で競い合い横のつながりができる。そして後輩世代の教育に携わることで縦のつながりができる。DJIはロボットコンテスト「ロボマスター」を開催する傍ら、世界から100人の高校生を集めてロボット開発の夏合宿を開く。(取材・小寺貴之)
「この一冊がぼくの道を変えた。その先生に教えてもらえるんだ」と、北京から参加した刘昕宇さんは胸を躍らせる。その手は人工知能(AI)の専門書を大切そうに握っている。夏合宿では南方科技大学の教授陣が講義をし、DJIの技術者が開発を指導する。サポーターにはロボマスター経験者も加わる。2018年は夏冬合わせて242人が合宿に参加した。
刘さんは参加2回目でアルゴリズム開発を担当した。ロボの自己位置認識や経路計画技術を開発した。合宿で出会った友達は地元の友達と比べて「(開発への)熱量が違う。合宿が終わった後も連絡をとる。いい友達ができた」と目を細める。
内容は盛り沢山だ。3週間、9―22時までの講義と開発演習が、みっちりと詰め込まれている。メキシコから参加したアビエル・フェルナンド・カンツさんは「みんな打ち込んでいる。手を抜くなんてできない」と苦笑いする。
南方科技大の吴景深教授は「合宿で技術者魂を養う。諦めずにチームで分担しロボットを完成させる。将来どんな技術が求められるかわからない。だからこそ自ら学び、人と協力して成し遂げる基礎力が大切になる」と強調する。
こうした技術者の卵の育成に現役世代がかかわることでコミュニティーは強くなる。コンテストは同世代で切磋琢磨(せっさたくま)するが、光が当たるのは上位チームに限られる。
競技の成績は振るわなくても、優秀な技術者は多い。自ら学んだことを整理して後輩世代に伝えることで、改めて自身を見つめ直し、技術者としてのアイデンティティーが確立されていく。縦と横のつながりはエコシステムを強固にする。
実際、ロボマスター経験者は企業から引く手あまただ。DJIの包玉奇ロボマスター技術責任者は「経験者たちは企業から大人気。人材競争力がある」と話す。企業の技術者や起業で成功すると、今度はロボマスターを支える側として戻ってくる。
ただ学生の中ではAIなどIT産業の人気は高い。ハードウエアに縛られず、開発した技術を世界に展開できるためだ。刘さんも「コンピューターサイエンスの道に進みたい」と目を輝かせる。ロボマスター参加チームに先輩の進路を聞いても、まず華為技術(ファーウェイ)やIT大手の名が上がる。ロボット業界やDJIが必ずしも第一志望というわけではない。見方を変えると、ITに流れている優秀な人材をロボットに惹きつけることに成功している。
ロボマスターの参加者は約1万人。楊明輝運営責任者は「人材育成が第一。卒業生はロボット以外にもさまざまな分野に進む」という。ロボコンを通して巨大なエコシステムが築かれつつある。
2020年8月と10月に福島県と愛知県で世界中のロボット技術者や学生たちの祭典「ワールド・ロボット・サミット(WRS)」が開かれます。賞金総額は1億円以上を予定。18年に開催したプレ大会には23カ国・地域、126チームが参加しています。開幕まであと 1年と迫る中、WRSの佐藤知正実行委員長(東京大学名誉教授)に、WRSの応援サポーターの杉本雛乃さんが見どころと意気込みなどを聞きました。
(取材、構成・小川淳)
杉本 そもそもWRSはどのような目的で始まったのでしょうか。
佐藤 ロボットを社会に入れ、促進することが大目的です。もともとは安倍晋三首相が14年のOECD会議で、「ロボットによる産業革命」を打ち出したのがきっかけです。これを実現するために官邸に会議が設置され、15年2月に「ロボット新戦略」が発表されました。
その一貫で、4年に1度のオリンピック時に「ロボット・オリンピック」を開こうとの話が出て、その実現に向けた研究会が発足しました。その後、世耕弘成経済産業相の時に名称が「WRS」に決定しました。昨年、プレ大会が東京で開催されました。
杉本 ロボットコンテスト自体はたくさんありますが、そうしたロボコンとの違いは。
佐藤 ロボコンは科学技術の振興を図るものが多数で、イベント実施自体が目的となる場合も多いです。一方WRSはロボットを「社会に入れる」ことが目的で、イベント機会を「利用」している点で大きく違います。WRSは「ロボット競演会」と表現しています。今は科学技術が成熟しており、ロボットを社会に組み入れることで、価値が生まれます。成功確率が一定とすると、トライした数に比例して成功確率は上がります。少数よりたくさんの人が参加した方が当然よい。競技会はその一環です。大事なのは学び方を学ぶこと。競技会は最適な学び方といえましょう。
杉本 WRS競技は4つのカテゴリーに分かれていますね。
佐藤 日本はモノづくりが強いから「ものづくり」分野を設定しました。さらに少子高齢化になる中、サービスは日本にとって欠かせない。それで「サービス」分野。また日本は災害大国ですから「インフラ・災害対応」分野。将来に向けて若い人たちを育てていくことも必要不可欠なわけで、「ジュニア」分野も設定しました。
WRSは展示会も同時に開く競演会ですが、単に同時開催するだけでは統一メッセージを発信できません。そこで、展示では人間とロボットの将来の姿を提示したいと考えました。例えば30年後に実現するものを示すとなると、20年後、10年後にそれぞれ何を示せばよいか。こうした視点を複眼するロードマップを策定し、それに沿った競技を練りました。
杉本 昨年プレ大会についてどのような感想をお持ちですか。
佐藤 23の国と地域から126のチームが参加してくれました。当初、国際的大会にすることが目的の一つでしたので、大きな成功といえます。上位は海外勢に席巻されるのではとの懸念もありましたが、日本勢はかなり奮闘してくれました。
一方で課題も多くあります。競演会にする目標だったわけですが、会場ホールを競技場と展示場に分けざるを得ない物理的事情もあり、目指すレベルでの交流とまではいきませんでした。会場制約の都合が関係したとはいえ、次回本大会では活発な交流が進むよう対応していきたいと思います。
杉本 WRSを通じ、どのような社会を実現できれば理想的と思われますか。
佐藤 モノづくりでいえば単品生産を可能とする「ワンオフ・マニュファクチャリング」です。以前なら例えば自動車生産では、大量生産が前提の一定作業なので、ロボットは非常にやりやすい。今は多様化しているので、多様な要素が必要です。「少品種少量生産」や「多品種変量生産」が求められる。こうした状況下で、モノづくりにおける究極の技術開発目標がワンオフです。それが実現できれば「変種変量」も可能となります。
そこでWRS競技に、組み立ての要素を入れました。さらに当日に課題を発表する「サプライズ・タスク」を用意。当然、臨機応変に対応する力が求められるわけで、ワンオフに近づけると考えました。ちなみにタスク内容は競技委員長でさえ知りません(笑)。ベルトをかけるタスクですが、これがすごく難しい。
杉本 うまくいったチームはあったのですか。
佐藤 ちゃんと合格したチームはありました。たいしたものです。
杉本 20年大会がもうすぐです。
佐藤 東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、国は災害対応ロボットのテストフィールドを福島県につくりました。落ちた橋や壊れた建物等があり、格好の試験場になりました。この機会をとらえて福島県で「インフラ・災害対応」カテゴリーを実施。優れたロボットを世界に発信することになりました。
また愛知県は日本で最大のロボットユーザー地域。自動車会社やそれに関連する企業が集積していて、ロボットを使いこなすという意味で、大変先進的です。このような地域で大会を開くのは非常に面白いと思います。
杉本 佐藤委員長は「レガシー」という言葉をよく使われますが、WRSでどのようなレガシーを残したいとお考えですか。
佐藤 コンテストは単に実施するだけでなく、その中に潜む科学技術を進展させることが大事です。重要なことはやり方で、やったことから手法を学ぶことです。それを残せばレガシーになる。例えばオリンピック憲章は、スポーツを通じて人類の向上を目指しています。それとまったく同じことがWRSを通じて手法として確立し、「WRSイズム」というレガシーを残したいですね。
モーターと電池とスイッチだけで回路が構成されるシンプルな仕組みで、小学校で学ぶ理科の知識で製作ができる。移動するロボットで基本となるタイヤをあえて使わず、モーターにバンドを巻き付ける簡単な組み立てで、ぴょこぴょこ動くロボットを作ることができる。消費税抜きの価格は2700円。
日刊工業新聞2019年10月11日
中国のエコシステム
エコシステム(人材や企業の生態系)を構成する1人の技術者にとっては縦と横のつながりが大切だ。コンテストは同世代で競い合い横のつながりができる。そして後輩世代の教育に携わることで縦のつながりができる。DJIはロボットコンテスト「ロボマスター」を開催する傍ら、世界から100人の高校生を集めてロボット開発の夏合宿を開く。(取材・小寺貴之)
「この一冊がぼくの道を変えた。その先生に教えてもらえるんだ」と、北京から参加した刘昕宇さんは胸を躍らせる。その手は人工知能(AI)の専門書を大切そうに握っている。夏合宿では南方科技大学の教授陣が講義をし、DJIの技術者が開発を指導する。サポーターにはロボマスター経験者も加わる。2018年は夏冬合わせて242人が合宿に参加した。
刘さんは参加2回目でアルゴリズム開発を担当した。ロボの自己位置認識や経路計画技術を開発した。合宿で出会った友達は地元の友達と比べて「(開発への)熱量が違う。合宿が終わった後も連絡をとる。いい友達ができた」と目を細める。
内容は盛り沢山だ。3週間、9―22時までの講義と開発演習が、みっちりと詰め込まれている。メキシコから参加したアビエル・フェルナンド・カンツさんは「みんな打ち込んでいる。手を抜くなんてできない」と苦笑いする。
南方科技大の吴景深教授は「合宿で技術者魂を養う。諦めずにチームで分担しロボットを完成させる。将来どんな技術が求められるかわからない。だからこそ自ら学び、人と協力して成し遂げる基礎力が大切になる」と強調する。
こうした技術者の卵の育成に現役世代がかかわることでコミュニティーは強くなる。コンテストは同世代で切磋琢磨(せっさたくま)するが、光が当たるのは上位チームに限られる。
競技の成績は振るわなくても、優秀な技術者は多い。自ら学んだことを整理して後輩世代に伝えることで、改めて自身を見つめ直し、技術者としてのアイデンティティーが確立されていく。縦と横のつながりはエコシステムを強固にする。
実際、ロボマスター経験者は企業から引く手あまただ。DJIの包玉奇ロボマスター技術責任者は「経験者たちは企業から大人気。人材競争力がある」と話す。企業の技術者や起業で成功すると、今度はロボマスターを支える側として戻ってくる。
ただ学生の中ではAIなどIT産業の人気は高い。ハードウエアに縛られず、開発した技術を世界に展開できるためだ。刘さんも「コンピューターサイエンスの道に進みたい」と目を輝かせる。ロボマスター参加チームに先輩の進路を聞いても、まず華為技術(ファーウェイ)やIT大手の名が上がる。ロボット業界やDJIが必ずしも第一志望というわけではない。見方を変えると、ITに流れている優秀な人材をロボットに惹きつけることに成功している。
ロボマスターの参加者は約1万人。楊明輝運営責任者は「人材育成が第一。卒業生はロボット以外にもさまざまな分野に進む」という。ロボコンを通して巨大なエコシステムが築かれつつある。
日刊工業新聞2019年9月20日
日本開催「WRS」の意義
2020年8月と10月に福島県と愛知県で世界中のロボット技術者や学生たちの祭典「ワールド・ロボット・サミット(WRS)」が開かれます。賞金総額は1億円以上を予定。18年に開催したプレ大会には23カ国・地域、126チームが参加しています。開幕まであと 1年と迫る中、WRSの佐藤知正実行委員長(東京大学名誉教授)に、WRSの応援サポーターの杉本雛乃さんが見どころと意気込みなどを聞きました。
(取材、構成・小川淳)
ロボコンとは違うWRSの魅力
杉本 そもそもWRSはどのような目的で始まったのでしょうか。
佐藤 ロボットを社会に入れ、促進することが大目的です。もともとは安倍晋三首相が14年のOECD会議で、「ロボットによる産業革命」を打ち出したのがきっかけです。これを実現するために官邸に会議が設置され、15年2月に「ロボット新戦略」が発表されました。
その一貫で、4年に1度のオリンピック時に「ロボット・オリンピック」を開こうとの話が出て、その実現に向けた研究会が発足しました。その後、世耕弘成経済産業相の時に名称が「WRS」に決定しました。昨年、プレ大会が東京で開催されました。
杉本 ロボットコンテスト自体はたくさんありますが、そうしたロボコンとの違いは。
佐藤 ロボコンは科学技術の振興を図るものが多数で、イベント実施自体が目的となる場合も多いです。一方WRSはロボットを「社会に入れる」ことが目的で、イベント機会を「利用」している点で大きく違います。WRSは「ロボット競演会」と表現しています。今は科学技術が成熟しており、ロボットを社会に組み入れることで、価値が生まれます。成功確率が一定とすると、トライした数に比例して成功確率は上がります。少数よりたくさんの人が参加した方が当然よい。競技会はその一環です。大事なのは学び方を学ぶこと。競技会は最適な学び方といえましょう。
杉本 WRS競技は4つのカテゴリーに分かれていますね。
佐藤 日本はモノづくりが強いから「ものづくり」分野を設定しました。さらに少子高齢化になる中、サービスは日本にとって欠かせない。それで「サービス」分野。また日本は災害大国ですから「インフラ・災害対応」分野。将来に向けて若い人たちを育てていくことも必要不可欠なわけで、「ジュニア」分野も設定しました。
WRSは展示会も同時に開く競演会ですが、単に同時開催するだけでは統一メッセージを発信できません。そこで、展示では人間とロボットの将来の姿を提示したいと考えました。例えば30年後に実現するものを示すとなると、20年後、10年後にそれぞれ何を示せばよいか。こうした視点を複眼するロードマップを策定し、それに沿った競技を練りました。
昨年、国際大会として大成功
杉本 昨年プレ大会についてどのような感想をお持ちですか。
佐藤 23の国と地域から126のチームが参加してくれました。当初、国際的大会にすることが目的の一つでしたので、大きな成功といえます。上位は海外勢に席巻されるのではとの懸念もありましたが、日本勢はかなり奮闘してくれました。
一方で課題も多くあります。競演会にする目標だったわけですが、会場ホールを競技場と展示場に分けざるを得ない物理的事情もあり、目指すレベルでの交流とまではいきませんでした。会場制約の都合が関係したとはいえ、次回本大会では活発な交流が進むよう対応していきたいと思います。
杉本 WRSを通じ、どのような社会を実現できれば理想的と思われますか。
佐藤 モノづくりでいえば単品生産を可能とする「ワンオフ・マニュファクチャリング」です。以前なら例えば自動車生産では、大量生産が前提の一定作業なので、ロボットは非常にやりやすい。今は多様化しているので、多様な要素が必要です。「少品種少量生産」や「多品種変量生産」が求められる。こうした状況下で、モノづくりにおける究極の技術開発目標がワンオフです。それが実現できれば「変種変量」も可能となります。
そこでWRS競技に、組み立ての要素を入れました。さらに当日に課題を発表する「サプライズ・タスク」を用意。当然、臨機応変に対応する力が求められるわけで、ワンオフに近づけると考えました。ちなみにタスク内容は競技委員長でさえ知りません(笑)。ベルトをかけるタスクですが、これがすごく難しい。
杉本 うまくいったチームはあったのですか。
佐藤 ちゃんと合格したチームはありました。たいしたものです。
WRSイズムをレガシーに
杉本 20年大会がもうすぐです。
佐藤 東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、国は災害対応ロボットのテストフィールドを福島県につくりました。落ちた橋や壊れた建物等があり、格好の試験場になりました。この機会をとらえて福島県で「インフラ・災害対応」カテゴリーを実施。優れたロボットを世界に発信することになりました。
また愛知県は日本で最大のロボットユーザー地域。自動車会社やそれに関連する企業が集積していて、ロボットを使いこなすという意味で、大変先進的です。このような地域で大会を開くのは非常に面白いと思います。
杉本 佐藤委員長は「レガシー」という言葉をよく使われますが、WRSでどのようなレガシーを残したいとお考えですか。
佐藤 コンテストは単に実施するだけでなく、その中に潜む科学技術を進展させることが大事です。重要なことはやり方で、やったことから手法を学ぶことです。それを残せばレガシーになる。例えばオリンピック憲章は、スポーツを通じて人類の向上を目指しています。それとまったく同じことがWRSを通じて手法として確立し、「WRSイズム」というレガシーを残したいですね。
ニュースイッチ2019年08月29日