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米中ウオッチャーが読む対立の深層、トランプに二つの先入観

日本国際問題研究所客員研究員・津上俊哉氏の緊急寄稿
米中ウオッチャーが読む対立の深層、トランプに二つの先入観

G20サミットで安倍首相を挟んで不機嫌そうに座る米中首脳

 米中貿易摩擦がより深刻化している。トランプ米大統領が中国に対し、追加関税第4弾の発動を表明した一方、中国政府は元安を容認、5日には11年ぶりの元安に転じた。米国は中国を「為替操作国」に指定するなど、通貨戦争の様相も呈してきた。今後の米中はどこに向かうのか―。両国事情に精通する日本国際問題研究所客員研究員の津上俊哉氏が緊急寄稿する。

“異物”混入、解決さらに困難


 8月1日、トランプ米大統領が「関税引き上げ第4弾」(残る3000億ドル分の中国輸入品への課税)、さらに5日には中国を「為替操作国」に指定したことで、米中経済戦争はさらに深刻化した。

 トランプ米大統領が急に強硬姿勢に転じたのは、7月末に再開された閣僚級交渉も進展がなく、中国が約束した米国農産物購入も実行が遅いのを見て、「引き延ばし戦術だ」と不満を募らせたからではないか。

 しかし、中国にすれば「約束未履行はお互いさま」だ。米国も中国の通信機メーカー・ファーウェイに対して下した制裁(半導体など米国製品の同社向け輸出の事実上禁止)を解除する約束を実行していないからだ。

 加えて、今回の関税第4弾の発表で「今後は関税を引き上げない」というもう一つの約束も破られたとして、中国は農産物購入停止などの対抗措置を発表した。

 その後人民元の為替レートが抵抗線だった「1ドル=6元台」を割り込み、政府が値決めを誘導するために毎日発表する「中間値」も7元台に幅寄せされたのを見るや、トランプ政権は「元安誘導している」として、為替操作国の認定をした。

 これも疑問だ。今は外為市場が元安に傾きやすいので、政府は逆に元安を防ごうとしている。中国マネーが過剰投資で利回りの落ちた国内よりも、海外の投資先に惹かれて外に出たがっている。

 資金の海外流出を自由に認めると、元安が急激に進んで世界中の新興国通貨安を誘発する、あるいは海外に資産を移そうとする富裕層が国内で不動産を換金売りして、不動産バブル崩壊の引き金を引く恐れがある。政府がそんな危険を冒してまで、元安を誘導するとは考えにくい。

 特に中国企業や富裕層が「今後は元安が一方的に進む」と信じれば、カネを海外に持ち出す動きがさらに刺激される。「元安誘導」説が広まるのは決して得策ではないのだ。

 米財務省の為替操作国の認定発表には「大統領の指示により」という文言があり、“しぶしぶ”感も漂う。どうやらトランプ米大統領は中国との駆け引きだけでなく、米連邦準備制度理事会(FRB)にさらなる利下げを迫る狙いも込めたようだ。

 「世界中が利下げ競争している、中国も元安誘導している、米国もさらに利下げしないと、ドル高が進んでしまうぞ」というわけだ。しかし、そんな“異物”を混入すると、米中経済戦争をますます解決困難に導くのではないか。

経済戦争から政治問題へ


 トランプ米大統領は5月に中国が交渉姿勢を大きく後退させたのに怒って「関税引き上げ第4弾」を打ち出した。ところが米国経済界から強い反対が起きたので、6月末に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議で何とか「振り上げた拳」の下ろしどころを得た。それなのに、また「第4弾」を持ち出すのはいかなる了見か。大統領の判断には二つのバイアスが働いているのではないか。

 ひとつは「米国は利下げすれば、経済も株価も大丈夫」という判断だ。しかし、ホワイトハウスでは、ライトハイザー氏、ムニューシン氏、ボルトン氏、カドロー氏(経済顧問)らほとんどの関係閣僚が「米国経済への悪影響」を理由に「第4弾」に反対したと言う(WSJ紙)。さらに通貨問題にも戦線が広がったことで、米国では「米中の全面経済戦争」「(保護貿易や通貨切り下げ競争を誘発した1930年の)スムート・ホーリー法の再来」など、憂慮の声が一段と高まった。

 二つ目のバイアスは「米国の制裁関税によって中国経済は悪化しており、抵抗は長く続かない」という判断だ。

 中国経済はたしかに悪化している(貿易戦争だけが原因ではないが)。しかし、今の中国がそろばん勘定だけで譲歩すると考えるのは大きな誤りだ。

 中国の交渉姿勢が5月に急に後退したのは、片務的な合意案や米国のファーウェイ排除に対する共産党内の反発が高まったためと言われる。

 習近平主席が急に「譲れない原則」を強調したり、革命聖地を視察して「新たな長征」を標榜(ひょうぼう)したりしたのは、この反発で軌道修正を余儀なくされたことを暗示する。「柔軟に譲歩して交渉妥結を目指す」路線から、「不当な圧力には徹底抗戦する」持久戦法への修正だ。

 今のままでは没交渉のまま、米国が9月1日をもって第4弾を発動する結果になりそうだ。そればかりか、中国共産党は今、香港で深刻化・長期化している抗議活動も「裏側で米国が扇動している」と確信し、香港政府の抗議活動を収拾できないと判断すれば、「動乱」認定する構えだ(その後には戒厳令が出るだろう)。

 中国共産党の眼からみれば、米国との対立はもはや経済戦争を超えて重大な政治問題に飛び火しつつある。

 トランプ米大統領も習近平主席も全面対決を辞さない構えだと、世界経済は今年後半、いよいよのっぴきならない局面に追い込まれそうだ。逆説的に言えば、とんでもない大異変が起こらない限り、いまの米中対決の基調は転機が来ないのかもしれない。
【略歴】
津上俊哉(つがみ・としや)80年(昭55)東大法卒、同年通商産業省(現経済産業省)入省。96年在中国日本大使館経済部参事官、00年通商政策局北東アジア課長、02年経済産業研究所上席研究員、12年津上工作室代表、18年日本国際問題研究所客員研究員。愛媛県出身、62歳。
日刊工業新聞2019年8月14日/15日

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