MaaS普及の解決策は?答えはコンテンツビジネスにあり!

MaaSが起こすモビリティ革命#2

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旭化成が提案する未来の車内空間
 MaaS(乗り物のサービス化)の普及には車内で楽しむコンテンツやサービスが不可欠だ。このサービス開発は車内空間のデザインと二人三脚で進める必要がある。車内にサービスを導入する際、コンテンツやコミュニケーション、飲食、入浴といった順に導入ハードルが上がる。だがコンテンツビジネスは車載機器よりも個人持ちの端末に分がある。どこまで車内に持ち込むか、各社の開発競争は始まっている。(取材・小寺貴之)

“第二のリビング”快適さ競う


 自動運転技術で運転から解放されると、車は第二のリビングになるとされており、自動車部品メーカーが車内での快適性を追求している。一方、車は所有からシェアへと移行するといわれる。パーソナルな空間であるリビングを、他人とシェアするには他人に使われる抵抗感を払拭する必要がある。そのための開発が進んでいる。
 旭化成や三菱ケミカルなど素材各社は車内での快適性を打ち出している。旭化成は展示会用のコンセプトモデルで、天井ディスプレーや人工芝の床、指向性スピーカーなどを配置し、くつろげる車内空間を演出した。指向性スピーカーで座席に座るそれぞれの人に別々の音声を届けられる。相乗りしていても違うコンテンツを楽しめる。

 旭化成マーケティング&イノベーション本部の小西美穂リーダーは「知らない人とパーソナルな空間をシェアする際に、まず気になるのはにおい。嗅覚センサーが必要になる」と説明する。旭化成は物質・材料研究機構やNECなどとアライアンスを組み嗅覚センサーを開発している。機械学習でにおいの種類や強さを判別し、車内クリーニングの判断材料にする。

 トヨタ紡織はカメラやマイク、圧電センサーなどで搭乗者の喜怒哀楽を計る座席システムを提案する。声と脈波で感情を推定し、不快な感情を検知したら照明や香り、振動などで緩和を働きかける。

 圧電センサーは車体の振動と身体の拍動の周波数が一部重なる。カメラは顔を背けられると計測が難しい。そこで声音を含め、3要素を組み合わせることで推定精度を高めた。

 さらにカーブなどによる不意な加速度を軽減するため、回転式の座席を検討している。座席に対して横方向の力には踏ん張りがきかないため、快適性をそぐことになる。バスが急停車すると高齢者が骨折することもある。そこでルートから加速度方向を先読みして、ディスプレーや座席全体を回転させ、力を背もたれで受け止める。

 各社が車内のリビング化を目指すのは、自動運転やシェアが浸透しなくても高級車に提案できるということもある。トヨタ紡織空間企画開発室の柳田良則室長は「まずタクシーで実用化される。自動運転は政策動向を見守る必要がある」と説明する。

 「所有車ならラグジュアリーとして、シェアならビジネスプラットフォームとして空間をデザインすることになる」と指摘するのはメディアアーティストの落合陽一筑波大学准教授だ。トヨタ自動車とソフトバンクなどの共同出資会社モネ・テクノロジーズ(東京都港区)は移動コンビニやトイレ、病院シャトルなどの六つの車両モデルを提案する。モネの宮川潤一社長は「モックを示し、水洗対応や火の扱いなど課題を一つひとつつぶしていく」という。リビングの先のビジネスプラットフォームを見据える。

「Vチューバー」を隣に観光


楽天技研などが開発を進める移動式VRアパレル店舗

 移動や輸送のために設計されてきた車両は車内のスペースが広くない。人を乗せて接客するほどの空間はなく、スマートフォンなどの端末でコンテンツを視聴するのが限界だった。だが最近、仮想のキャラクターが動画配信する「Vチューバー」など遠隔接客の技術基盤も整いつつある。狭くても離れていても心を通わす体験ができる世界が近づいている。

 日産自動車とドコモは次世代通信規格「第5世代通信」(5G)の実装例として、Vチューバーと観光する車内コンテンツを開発した。搭乗者はヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)を装着して、遠隔操作のVチューバーと、例えば憧れのアイドルが隣に座った状態で観光を楽しむことができる。新しいエンターテインメントの形として、担当者は「移動を楽しむコンテンツに育てたい」と話す。

 アイドル以外の遠隔接客も広がる。アパレルのズーティー(神戸市中央区)と楽天技術研究所は、車両を移動店舗として使い、遠隔でスタイリングするサービスを開発する。車内のディスプレーに利用者の身体を映し、その隣にバーチャルスタイリストを合成して着せ替え人形のようにコーディネーションを楽しむ。車内で色や小物との組み合わせを試し、実際の店舗で試着して質感や着用感などを確認してから購入できる。

 ズーティースタイリングラボの石川直子所長は「ショッピングモールなどは多数のブランド店が並ぶ。お客が確実に店舗に来てくれるのであれば、店舗から車内にスタイリストを遠隔で派遣するブランド店は少なくないだろう」と期待する。商品が店頭にない場合はネット購入につなげられるため、店舗とネットはウィンウィンになる。

 楽天技研は小売りに限らず、さまざまな遠隔サービスを載せていく方針だ。例えば電車なら30分の道のりを、バスで40分の英会話の授業を受けながら移動することを想定する。遠隔会議やデスクワークなど、車内に持ち込む仕事に応じて移動ルートを決めることになる。

 筑波大学教授で益子宗楽天技研シニアマネージャーは、「付加価値を生み出すには、移動効率だけではない価値で交通機関が選ばれる必要がある。そしてその価値を提供するシステムは市販品で構成でき、高額な機器は必要ない。誰でも始められる」と指摘する。将来、車は最高のデジタルサービスを提供する器になり得る。

クリエイター育成、裾野拡大


OKIは車載カメラからレースゲームのような映像を生成する技術を開発

 「ゲームクリエイターが車内での仮想現実(VR)や拡張現実(AR)コンテンツを制作する開発環境を整える」。シナスタジア(名古屋市中村区)の高田一輝最高コンテンツ責任者(CCO)はこう力を込める。同社は自動運転車の移動中のデータをVR化するシステムを開発しており、9月をめどにVR開発環境「ライドビジョン」をオープンソースとして公開する。

 MaaSの拡大には、モビリティーならではのコンテンツ開発が欠かせない。動画などスマートフォンやテレビで見られるコンテンツだけでは、特別な体験を演出できない。シナスタジアが開発環境のオープン化に踏み切るのには、モビリティーコンテンツのクリエイター育成の裾野を広げる狙いがある。

 自動運転などの先進車両はセンサーの塊だ。シナスタジアは、センサーが取得する計測データから、現実世界の地形や構造物をVR化し、搭乗者が移動中の車内でヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)を装着して楽しめるシューティングゲームを制作する。道中モンスターに襲われるなど、搭乗者にとっては見慣れた道がファンタジーの世界になる。

 高田CCOは「自動運転時になぜ車両が止まったのかわからないと酔いや不信の原因になる。実際は信号で止まっても、VRでモンスターが出てきたと演出すれば納得感を引き出せる」と説明する。アバター(仮想キャラクター)とデートしたり、観光案内を頼んだりすることも可能だ。

 オープンソースでは周囲の計測データからVR空間の地形を生成したり、構造物を編集するなどの基本機能を提供する。崎山和正最高技術責任者(CTO)は「車両の加速度を利用して4DX(座席駆動映画システム)のようなコンテンツを開発できる」という。オープン化で創作者コミュニティーが広がれば、アバターや3Dモデルデータなどのシェアが進むと期待される。ゲームクリエイターから立ち上げ、ウェブデザイナーに裾野を広げていく。

 車外のコンテンツ化も有望だ。OKIは車両の四方に搭載したカメラから、レースゲームのような第三者視点の映像を生成する技術を開発した。中沢哲夫技術担当部長は「自動車部品の1次サプライヤーに採用された。省電力やリアルタイム性はお墨付きがある」と胸を張る。

 車両間で映像を共有すれば死角を補い合える。都市部などの人口密集地では飛行ロボット(ドローン)を飛ばすよりも、車両に乗り移るように映像を集める方が、安全に情報を収集できるかもしれない。車で観光地を巡ると即席のロードムービーもできる。客を乗せていないタクシーも付加価値を生み出せる。

 移動がもたらす新たなコンテンツ。その制作のための技術環境は整いつつある。最初にキラーコンテンツを作ったクリエイターが、MaaSのパイオニアになるだろう。

日刊工業新聞社2019年6月25日、7月2日、7月23日(自動車・輸送機 )の記事に加筆

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

自動車の車内にサービスを導入する場合、映像などのコンテンツ、ECなどの接客やパーソナルアシスタント、個別化教育、マッサージのような物理サービスという順にハードルが高くなっていきます。モネの宮川潤一社長の感触では映像コンテンツだけで稼ぐのは難しそうです。個人持ちのスマホやタブレットに勝たないといけないのですが、コンテンツが大画面になるだけではハードウエアへの投資を回収できないかもしれません。モネではコンビニやトイレ、病院シャトルなどの物理サービスを検討していました。移動中の利用は難しいかもしれませんがシャワーもありました。サービスやコンテンツ開発と車両の空間設計を並行して進めていくことになります。移動中にかかる加速度方向を搭乗者は予想できないため、基本的には座ってできる仕事やサービスがメインになります。投影式VRやHMDは狭い車内空間を広く見せることができます。 今後、Vtuberやバーチャルな接客員さんが市民権を得れば、より多彩なサービスが車内に載ってくるはずです。VRはゲームとしても、サービスとしても、クリエイターやデザイナーの蓄積が足りていません。MaaSのモビリティコンテンツやサービスをVRで設計するとなるとまだまだです。コンテンツと空間設計の両方から参入の余地があり、これからクリエイターやデザイナーを目指す方には、自分がパイオニアになるチャンスがある未開拓分野といえると思います。

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