徹底分析!MaaSはユーザー体験をどう変える?

MaaSが起こすモビリティ革命#1

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トヨタのモビリティサービス専用EV「eパレット」
 MaaS(乗り物のサービス化)には、小売りや教育、コンテンツなどのサービス事業者を巻き込む必要がある。ビッグデータを駆使した最適化よりも、市場競争や経営努力の方が強力なコスト削減圧力になってきた。最適化して得られる利益は、データを集めるための投資に消えていく可能性がある。移動に付加価値を載せる必要がある。(取材・小寺貴之)

データ最適化は消耗戦


 「日本の公共交通は世界的に優秀だ。海外のMaaSをそのまま導入しても合わない。日本の強みを生かすモデルが必要」と三菱総合研究所の外山友里絵研究員は指摘する。日本では、すでに鉄道やバスなどの交通事業者が競合の壁を越えて連携してきた。ダイヤ接続や路線への乗り入れ、運賃の支払いなどの連続性を実現し、サービスの質を高めてきた。都市部の公共交通は移動効率が高い。
    

 MaaSコンサルティングを手がけるマーステックジャパン(東京都千代田区)の日高洋祐社長は「タクシーがお客を乗せて走る実車率は約40%。60%になると利益が数百万円上がる」と説明する。ただ、データの最適化により実車率を上げて利益が出ても、すぐに車両の数が増えて空車が増えるというジレンマがある。リスクは歩合制として運転手に転嫁される。

 大量輸送機関にタクシーやシェアした車を接続する場合もスマートフォンの地図アプリケーションなどで、乗り継ぎを考慮した最短ルートを検索できる。アプリによるルート案内が利用者に移動法を割り振り、価格交渉まで担うようになると交通事業者はアプリの下請けになると危惧されている。日高社長は「(アプリ事業者が)交通事業者から手数料を徴収させない法律が海外では検討されている」と指摘する。

 交通事業者単独では効率化の余地が少ない状況で、事業者同士が組んでデータを統合し全体最適を目指すことになる。データ統合への投資は回収できるのか、データを握った事業者は利益を交通事業者に還元するのか、見通せないでいる。トヨタ自動車などとモビリティーサービスを手がけるソフトバンクの宮川潤一副社長は「地方山間部で人の移動だけで持続可能なモデルを作ることはギブアップした」と振り返る。

 三菱総研の鈴木啓史次世代インフラ事業本部長は「鉄道会社の沿線開発など、移動は何かに付随する価値だった。地方から交通単体での継続が難しくなってきている。新しいシステムを作る必要がある」と指摘する。単純なのは移動先で受けるサービスと移動中のサービスとの連携だ。観光地や飲食店への移動中に文化や作法を予習し、現地での体験をより高める。だがスマホやタブレットを超える顧客体験を提供する必要がある。

押し寄せるサービス一元化の波


          

 将来、決済や通信、コンテンツ、ローンなどのデジタル生活を支えるサービスはまとめられ、サブスクリプション(定額課金)で提供されると予想される。事業者はデータを集めやすくなり、消費者はそれぞれの利用量を融通できる。スマートフォンの通信量が増えた月は家で見るコンテンツを我慢したり、大きなローンを組むと割引クーポンの対象商品が広がったりするといった具合だ。ここに移動も加わる。

 バンドル(一元管理)サービスを提供する事業者が現れれば、通信や移動などの事業者はバンドルの中で競わせられる。中央大学の実積寿也教授は「消費者の利便性が向上する限り、バンドル化は止まらない」と予想する。MaaS(乗り物のサービス化)構想に小売りや教育、コンテンツなどのサービスを巻き込むことは自動車や交通事業者にとって最重要課題だ。
 
 トヨタ自動車は自動運転多目的車両「eパレット」のコンセプトを2018年に発表。トヨタ単独でのMaaS実現は難しく、ソフトバンクやホンダなどとの共同出資会社モネ・テクノロジーズ(東京都港区)に活路を見いだす。サービス事業者など250社以上とコンソーシアムを組み、19年には有人車で実証実験を始める。

 問題はMaaSならではのキラーコンテンツが見つかっていないことだ。三菱総合研究所の宮下ゆかり研究員は「現状はタクシーの車内にタブレットを置くのが関の山。それではユーザーが持ち込むスマホに勝てない」と指摘する。モネの宮川潤一社長は「移動中に映画を見せてビジネスとして成立するなら苦労はない」と説明する。

 参考になるのが検索広告のような“三角貿易”モデルだ。米グーグルは検索と広告、消費者の三者の間で価値交換を行った。市民には検索サービスで情報を提供し、併せて広告を配信することで事業者から対価を得る。

 MaaSでは交通事業者と車内サービス、消費者の三角貿易になる。例えばバスで移動中に英会話の遠隔授業を受けると、電車で英会話教室に通うよりは安く、時間的な拘束が短くなるといった具合だ。現在は最安や最短ルートが選ばれ、大量輸送機関が効率で勝る。だが車内で受けるサービスやコンテンツの時間を含めると最適なルートは変わる。

 一人ひとりに作業空間を作れば長距離バスにも分がある。企業が払う通勤費は人材投資に代わるかもしれない。

 会津大学産学イノベーションセンターの藤井靖史客員准教授は「学生に電気自動車を与え自由に(研究を)させると、こたつカフェにしたり、音楽フェスを開いたり自由に発想する」と目を細める。MaaSのコンテンツ開発は途上だ。見方を変えれば、アイデア次第で勝負できる。

センサーでデータ収集


トヨタの覚醒度推定システム。研究段階なのでまだ大きい

 1990年代後半のドットコムバブルでは既存サービスをインターネットに移植すると新しいビジネスモデルが生まれた。MaaSもモビリティにサービスを移すと顧客接点を広げられ、新しいモデルで勝負できる。だがスマートフォンやタブレットなどの個人持ちの端末はベッドから職場までついて回り、サービスの連続性やデータ収集に優れる。MaaSの車中サービスは個人端末を超える体験を提供できるだろうか。

 カギとなるのが自動運転技術などのセンサー環境とデジタルマーケティングの融合だ。先進車両にはさまざまなセンサーが搭載される。運転手の状態を測るドライバーモニタリングシステムや車両の周囲を測るセンサー、いざという時に運転を代わる遠隔監視システムなど、運転支援に使うだけではもったいない技術が投入される。

 このデータをサービスの構築やコンテンツの満足度評価に用いれば、サービスをより精緻に改善できる。トヨタ自動車は運転手が自覚する前に覚醒度の低下を検知する技術を開発した。単色カメラで運転手の表情を撮影し、距離カメラで二方向から上半身の動きを計測する。黒目や口、肩などの動きを深層学習にかけて覚醒度を推定する。

 トヨタ先進技術開発カンパニーの阿部真知子主幹は「事前に脳波や脈波などの生体データと、表情などの非接触計測データを学習させ推定している」と説明する。

 覚醒度計測や表情解析技術はコンテンツの評価に有用だ。お笑い番組の見せ場で視聴者が笑っているか、ホラーで顔が引きつっているか、コンテンツと同期して計測できる。車内の運転手をモニタリングする距離カメラは首を鳴らす動作などをとるために配置したものだが、身体の採寸も可能だ。服のサイズ合わせや健康管理に応用できる。

 これらは既存のウェブマーケティングを補完するデータになる。従来はマウスの動きやページスクロールの速さなどでコンテンツを評価してきたが、ユーザーの満足度は間接的にしか測れなかった。三菱総合研究所の宮下ゆかり研究員は「サービス改善には顧客満足度を測ることが重要。ユーザーレビューの星の数は必ずしも実態を現していない」と指摘する。MaaSは顧客の満足度を計りサービスを個人ごとに改善する器になる。

日刊工業新聞社7月30日、8月20日、8月27日(自動車・輸送機)を加筆

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

 データ最適化だけだと消耗戦に陥る可能性が高く、コンテンツやサービスなどの周辺産業を巻き込んで付加価値を増やす必要があります。日本のMaaSは地方の地域交通課題に向き合っている例が多いのですが、人の移動最適化だけでは採算がとれないであろうプロジェクトがあります。ギブアップ宣言が出ていて、戦い方を変えないといけません。参考になるのがドットコムバブルです。極端な言い方をするとドットコムバブルでは既存のサービスやビジネスモデルをインターネットに移植すると新しいビジネスモデルが生まれました。バスに乗り遅れまい、とみな焦り、ウェブへの移行が加速した面があります。    MaaSも同様に移植型のバブルを起こす必要があります。モビリティにサービスを移すと、顧客接点が広がり、カスタマージャーニーや顧客体験をドアツードアで設計できるようになるはずです。自動運転車両はドライバー監視機能を含めて高度なセンサーの塊になるため、車内のユーザーの喜怒哀楽は時々刻々と計れるようになるはずです。サービス満足度を計る器として、自動運転車両は強力な器になります。体動や体重、体型を測り、健康管理に結びつけることも技術としては可能になります。個人情報は車内で処理して保存せず、満足度やユーザー属性を回収するだけでもサービス開発には有効です。    将来、自動車はウェブマーケティングのノウハウが最も生きる空間になるはずです。これを実現できないと、通信キャリアを「土管屋」と揶揄するように、交通も土管か、データポートフォリオの1パーツになってしまうかもしれません。

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