国交省の一手で動き出す…インフラメンテ5兆円市場狙う異業種たち

連載・インフラを生かす(1)

 道路や橋、トンネルといった社会インフラの点検需要を狙って電機や精密機器などを主戦場とする企業の参入が相次いでいる。これまで点検業務を担っていた建設関連などとは異なる業種の大手が主戦場で培った技術を応用し、人工知能(AI)などの先端技術も組み合わせたサービスで、2030年頃には国内5兆円に拡大すると推計される巨大なインフラ維持管理市場を狙う。

 インフラは高度経済成長期の1960―70年代に集中的に整備され、今後老朽化が一斉に進む。適切な維持管理には点検・診断・評価・劣化予測のメンテナンスサイクルが欠かせない。特にその起点となる点検は重要視されるが、地方自治体の管理の現場では限られた人員や費用で対応できるのかという課題がすでに突きつけられている。そこで点検を効率化する技術の出番というわけだ。

 折しも国土交通省はトンネルや橋における定期点検の方法などを示した「定期点検要領」を2月に改正し、点検において新技術を活用しやすくした。点検方法の基本と位置づけられ、管理者の負担となっている「近接目視」の代替手法として利用できる考えを明記した。これにより新技術を活用したインフラ維持管理ビジネスが本格化しようとしている。(文=葭本隆太)

医療用画像診断やカメラ技術を活用


 橋のコンクリート壁面を映した画像を自動で合成し、0.1ミリメートル以上のひび割れ箇所をAIが検出する―。富士フイルムの社会インフラ画像診断サービス「ひびみっけ」だ。点検業者が現場で撮影した画像をウェブ上にアップロードすると、1時間程度でひびを抽出した画像やひびの状況を示したデータを作成する。ひび割れ検出精度は95%という。18年4月に提供を始め、500社以上が利用登録した。補修前点検の作業効率化などを目的に利用されている。

「ひびみっけ」によって自動でひび割れを抽出できる(富士フイルム提供)

 富士フイルムは医療用画像診断など自社が培った技術を生かせるビジネスチャンスとして社会インフラの点検市場に参入した。AIによるひび割れ検出システムは、コンピューター断層撮影装置(CT)などで撮影した医療用画像から血管や骨を抽出するアルゴリズムを活用した上で、全国にある多様な構造物のコンクリート画像を学習させて構築した。

 今後は多機能化や精度の向上を推進する。今年度中に剥離や漏水などを認識する機能を整える。20年度にはひびの幅や長さによって損傷程度を評価する機能も整備し、利用場面の拡大につなげる。
 
 キヤノンは今秋にインフラ点検ビジネスに本格参入する。主軸であるカメラ事業に関連するリソースを活用したBtoB領域の新事業を模索する中で、インフラの維持管理市場に目をつけた。建設コンサルの東設土木コンサルタント(東京都文京区)と連携し、トンネルや橋などを対象に、キヤノン製カメラや飛行ロボット(ドローン)を活用した撮影サービスとAIを活用してひび割れを自動検知するサービスを提供する。

 キヤノンのデジタルビジネスプラットフォーム開発本部に所属する穴吹まほろソリューション企画開発担当主幹は「カメラ開発で培った画像処理の技術や被写体を検知する技術などを生かすほか、ドメインエキスパートである東設土木コンサルタントとの連携により高精度にひび割れを検知できる」と力を込める。

笹子トンネル事故をきっかけに


 老朽インフラが社会問題として注目を集めたのは12年だ。山梨県大月市の笹子トンネルで天井板落下事故が発生し、老朽化による危険と維持管理の重要性が叫ばれた。この事故を機に政府は13年に「インフラ長寿命化基本計画」を策定。メンテナンスサイクルの構築を掲げ、長寿命化に資する新技術の導入推進もうたった。14年にはトンネルや橋の管理者に5年に1度の定期点検を義務付けた。

 こうした体制が構築されたことで、インフラの維持管理はビジネスとしても俄然注目度が高まった。その中で、メンテナンスサイクルの起点である点検の効率化につながる画像処理システムは期待が大きいサービスの一つだ。市場調査会社の富士経済(東京都中央区)は「インフラ維持管理のための画像処理・カメラ機器/システム」について、30年度に17年度比6.2倍の419億円まで拡大すると予測する。

                    

 さらにこの流れを加速しそうなトリガーが国交省が2月に行った定期点検要領の改正だ。橋やトンネルにおける5年に1度の定期点検の方法について記述を改めた。従来通り近接目視を基本としつつも、それと同等の情報が得られると現場の点検技術者が判断する方法については、代替手法として認める考えを明文化した。これまで現場ではすべての構造部材について近接目視による点検が必要と解釈されていたため、画像処理システムなどはあくまで近接目視を補助する技術と認識されていた。今回の改正により、近接目視を代替する手法として活用が広がる可能性がある。

 老朽インフラの問題に詳しい三菱総合研究所(東京都千代田区)の竹末直樹参与は「(インフラを管理する)自治体は人もお金も技術も厳しい。その中ですべての構造部材について近接目視するのは負担が大きい。(画像処理などの)新技術で大まかに点検して、危険箇所は詳細に点検するなど戦略的方法で作業が効率化できる」と指摘する。また、画像処理技術を活用した点検サービスを提供するある建設コンサルタント企業の担当者は「点検要領の改正後(点検サービスに対する)問い合わせが多くなっている」と明かす。

 国交省は今年度末にかけて現場の点検技術者が画像処理など新技術の活用を判断しやすいよう技術の性能を明記した目録を整理する。7月には点検技術を随時受け付ける窓口などを開設しており、それぞれの技術を検証した上で目録に盛り込む。国交省道路局国道・技術課の担当者は「20年度に向け定期点検で新技術が積極的に活用される環境を整えたい」と意気込む。

期待されるコスト縮減効果


 一方、技術を活用したインフラ維持管理ビジネスは決して簡単ではない。インフラ維持管理の市場規模は5兆円と推計されるものの、管理者の新技術に対する期待はコスト縮減効果に集まっており、大きな利益を生み出すのは難しい側面もある。実際に国交省が地方自治体に行ったアンケートによると新技術の活用に期待する効果は「コスト縮減」が63.1%。「労務上の負担軽減」(56.7%)を抑えてトップだった。

 こうした中で、富士フイルム産業機材事業部社会インフラシステムチームの大石崇博マネージャーは「(点検需要は長期で続くため)長期展望でビジネスを展開する。社会課題の解決につながるところも取り組む意義だ。また、我々は材料技術も持っている。点検サービスをきっかけに補修材を提案するビジネスも視野に入れている」と力を込める。インフラ維持管理ビジネスに参入する企業には持続性のあるビジネス戦略が求められそうだ。

                        

連載・インフラを生かす(全6回)


 インフラをテーマにした連載を始めます。老朽インフラの問題は2012年に発生した笹子トンネルの天井板落下事故を機に注目度が高まりました。その後、定期点検の義務化など安心安全の体制作りは進み、作業の効率化などを目的にした新しい技術の活用拡大が今後期待されるところです。一方、2030年頃に到来するとされる老朽化のピークに向けては更新費用が足りないといった危機も迫っています。また、国交省ではインフラ施設を観光資源として活用し、地域振興につなげる取り組みを強化しています。私たちの生活の基盤であるインフラを巡る動向を連日お伝えします。

【01】国交省の一手で動く…インフラメンテ5兆円市場に挑む異業種たち(8月13日配信)
【02】世界200兆円市場を狙う、インフラ監視〝宇宙の目〟の全貌(8月14日配信)
【03】老朽インフラの危機、財政難はクールな「省インフラ」で突破せよ(8月15日配信)
【04】世界を旅する写真家が魅了されたインフラメンテ現場のリアル(8月16日配信)
【05】地域にお金落として…活気づくインフラ観光が抱える重要課題(8月17日配信)
【06】「税金の無駄使い」だったダムを一変させたマニアの一言と逆転力(8月18日配信)

ニュースイッチオリジナル

葭本 隆太

葭本 隆太
08月13日
この記事のファシリテーター

橋やトンネルに対して14年7月に始まった5年に1度の定期点検は2巡目に入ります。1巡目の定期点検を経験した地方自治体からは「点検作業の負担が大きい」という声が多く、本文中にあるような「定期点検要領」の改正につながりました。ただ、実は一番多かった負担軽減策の要望は「5年に1度」の点検間隔を広げてほしいということだったようです。しかし国交省では、5年で大きく損傷が進展するケースもあるなどとして、点検間隔の拡大にはかなり慎重姿勢です。その中で新しい技術が自治体の負担を和らげる効果をどれほど発揮できるか、注目されます。

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