世界200兆円市場を狙う、インフラ監視する〝宇宙の目〟の全貌

連載・インフラを生かす(2)

 宇宙からの〝目〟で老朽インフラによる危機を未然に防ぐ―。宇宙航空研究開発機構(JAXA)がこうした目標の実現に向け、体制の整備を進めている。主役は陸域観測技術衛星「だいち2号(ALOS-2)」だ。搭載する「合成開口レーダ(SAR)」で河川堤防などの変位をミリ単位で捉えて劣化箇所を早期に発見し、あふれた川の水により浸食されて堤防が壊れる越水破堤の予防などにつなげる。これまで災害発生後の状況把握に利用してきた「だいち2号」を防災・減災に生かす。

 一方、老朽インフラのメンテナンス産業拡大の一翼も担う。だいち2号は波長が長く雲や雨、葉の透過性が高いLバンドを利用したSARを搭載している世界で唯一の衛星という。土構造物で植生が多い河川堤防の点検で優位性を発揮する。この特徴を生かして30年に約200兆円とも推計される世界のインフラメンテナンス市場を狙う。(文=葭本隆太)

火山監視の仕組みを応用


 「河川堤防の変位を衛星SARによって事前に抽出することでメリハリのついた目視点検を促せる。(衛星SARは)目視による把握が困難な沈下や隆起などが検知できることも特徴だ」。JAXA第一宇宙技術部門衛星利用運用センターの冨井直弥技術領域主幹は力を込める。

 全国約9000キロメートルの河川堤防は毎年2回、出水期前などに定期で目視点検が行われており、衛星SARはその作業を支援する仕組みとして使える。JAXAではSARデータを活用したインフラ変位監視ツール(ANATIS)を構築しており、衛星画像などに関する特別な知識がなくても利用できる。近く代理店を通して建設コンサルや測量業者などがシステムを使える体制を整える。

 ANATISは河川堤防や港湾、空港の変位を3メートル四方ごとにミリ単位で弾き出す。電波を自ら出し、その反射波を観測して変位を算出する。

ANATISによる自動解析のイメージ。色の違いで沈下や隆起を示す(JAXA提供)

 プロジェクトが動きだしたのは14年だ。山梨県大月市の笹子トンネルで天井板落下事故が12年に発生し、老朽インフラが社会問題として注目された。冨井主幹はその頃にトンネルや河川堤防などの点検が原則目視で行われていることを知った。「火山監視などに使われている衛星SARを河川堤防や港湾の点検に適用すれば効率的で効果的な点検ができると考えた」(冨井主幹)。そこで日本の経済や産業競争力に重要なテーマの研究開発を推進する内閣府の5カ年事業「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」に応募し、採択を受けて研究開発を始めた。

 研究開発で課題となったのは監視対象の変状を緻密に計測する仕組みだ。それまでの火山監視などは100メートル四方ごとなどで状態を把握できればよかったが、河川堤防などの変状はより細かい範囲ごとに把握できなければ使えない。そのため、JAXAはだいち2号によって同じ場所、同じ範囲を捉えたSARデータを過去約3年間分にさかのぼって時期の異なる12枚程度並べ、それらを統計解析処理することで、3メートル四方ごとにミリ単位で変位を把握できる体制の実現にこぎ着けた。

点検ルールが利用拡大のハードル


 ANATISは7月に国土交通省による新技術情報提供システム「NETIS」の登録を受けた。公共事業における新技術の積極的な活用を推進するためのシステムで、登録はコストや作業期間を縮減する効果などが認められた格好だ。登録技術を活用した提案で入札に参加すると評価点の向上が見込めるといったメリットがある。

 ただ、建設コンサルなどに河川堤防の定期点検でANATISの積極的な活用を促すには大きなハードルが残る。国交省が策定する河川堤防などの「点検・評価要領」だ。現状の点検・評価要領では原則すべての箇所に目視点検を課している。例えANATISによって事前に変状箇所を抽出しても、変状していない箇所を含めて目視点検は必要になる。ANATISが目視点検を一定程度代替する方法として認められないと、費用増加につながるため、ビジネスとしては使いにくい。実際に建設コンサルなどからは「点検・評価要領が変わらない限り利用は難しい」という声が上がるという。

 この点について国交省水管理・国土保全局河川環境課の担当者は「目視点検の負担軽減などを目的とした新技術の活用の重要性は認識している。JAXAとは(点検・評価要領におけるANATISの位置づけなどについて)検討を進めている」と説明する。この検討の行方は国内におけるANATISの利用拡大を左右しそうだ。

 一方、JAXAは世界市場にも目を向ける。世界のインフラメンテナンス市場は30年に約200兆円と推計され、そのうち河川堤防などの水関係が55%を占める。空港・港湾(4%)を含めると約60%がANATISの対象になる。冨井主幹は「欧米ではインフラメンテで衛星を使う事例があるが、日本は世界で唯一のLバンドのレーダーを持っており、河川堤防のメンテではフロントランナー。日本の技術に対する信頼度が高く長大な河川のあるアジアなどでの展開を模索していく」と意気込む。

 今後の利用促進に向けては、ANATISの精度や機能の向上も欠かせない。その中で、だいち2号の後継機「先進レーダ衛星(ALOS-4)」に対する期待は高い。20年度に打ち上げが予定されており、冨井主幹らはALOS-4によるSARデータをANATISで活用するための研究開発を進めている。

 だいち2号では年4回程度の頻度で同じ場所のSARデータが取得できるが、ALOS-4では年20回程度に跳ね上がる。これにより、変位の把握は四半期ごとから2週間に1回程度のタームでできるようになる。冨井主幹は「台風が発生して洪水が起きた前後の変化が把握しやすくなる。応急措置の判断に貢献できる」と力を込める。

                    

連載・インフラを生かす(全6回)


【01】国交省の一手で動く…インフラメンテ5兆円市場に挑む異業種たち(8月13日配信)
【02】世界200兆円市場を狙う、インフラ監視〝宇宙の目〟の全貌(8月14日配信)
【03】老朽インフラの危機、財政難はクールな「省インフラ」で突破せよ(8月15日配信)
【04】世界を旅する写真家が魅了されたインフラメンテ現場のリアル(8月16日配信)
【05】地域にお金落として…活気づくインフラ観光が抱える重要課題(8月17日配信)
【06】「税金の無駄使い」だったダムを一変させたマニアの一言と逆転力(8月18日配信)

ニュースイッチオリジナル

葭本 隆太

葭本 隆太
08月14日
この記事のファシリテーター

連載1回目をお読みいただいた方には既視感があったかもしれません。インフラの点検における新技術の活用では国土交通省の「点検要領」がハードルになっています。もちろん安心安全を確保する上で、新技術による点検精度などは慎重に検証する必要があるでしょう。ただ、管理の現場では技術者不足などの課題にすでに直面しているのも事実で、検証にはスピード感が求められると言えます。          

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