持続性どう確保するか…全国実証で「MaaS」事業化へ正念場
経済産業省と国土交通省の共催で地域の交通課題に合わせた移動サービスを開発
日本全国の28地域でMaaS(乗り物のサービス化)の実証が始まった。交通は規制当局と民間企業が二人三脚で歩む分野だ。経済産業省と国土交通省の共催事業「スマートモビリティチャレンジ」として地域の交通課題に合わせた移動サービスを開発する。MaaSは自動運転や電子決済などの技術開発から、ビジネスモデル構築にフェーズが進んだ。一方で海外では巨大IT企業と交通事業を連携させる構想が進む。日本はローカルな地域課題を解きつつ、グローバルで戦う知見を引き出す必要がある。(文=小寺貴之)
「独立採算を交通に求めることが根本的な間違い。何でもビジネスとして採算性を求めると日本の多くの地域が住めなくなる」と、スマートモビリティチャレンジ推進協議会企画運営委員会の石田東生委員長(筑波大学名誉教授)は断言する。免許や運賃、都市交通計画など、交通は官民一体で開発されてきた分野だ。自動運転を皮切りに新しい交通サービスがMaaSとして提案され、自治体が交通事業者に支払ってきた補助金を軽減する可能性が出てきた。スマモビチャレンジでは参加自治体の多くが地域交通を持続可能にすることを目指している。
福井県永平寺町の河合永充町長は「移動の最適化でなく、地域課題の最適解が必要だ」と指摘する。永平寺町は1940年代に鉄道を中心に発展し、駅を中心に人口集中が起きた。自動車の普及で90年代に中心部から郊外へと人口が拡散した。社会インフラが拡散的に整備されたため、河合町長は「コンパクトシティーは難しい」と説明する。2018年度予算では地域鉄道の負担金が4000万円、路線バスは900万円、コミュニティーバスは4620万円と一般会計の1%超をあてて支えている。
スマモビチャレンジでは自家用車を使った貨客混載の事業モデルを開発する。ドアからドアまで、需要に応じて車両を運行するために予約運行管理システムを構築する。運転免許のいらない時速6キロメートルで走るモビリティーや福井大学医学部付属病院と連携した遠隔診療も検討する。河合町長は「課題はどう収益をあげて持続可能な事業にするか。地域のJAやスーパー、県外企業も含めて議論していく」と力を込める。
大津市は自動運転車やバス、比叡山延暦寺へのケーブルカーなどをつなぐMaaSのアプリケーション(応用ソフト)を開発する。一括で複数の交通手段を予約し、決済もできるようにする。電子決済は観光振興の目玉だ。
そして観光振興と市民の足の確保を両立させる。大津市の越直美市長は「前日予約のデマンドタクシーで病院に行っても、帰りの便がなく不便だった。病院と交通も連携し不便を解消する」と説明する。日本ユニシスや京阪バスなどと連携し「20年に自動運転を実用化し、他の自治体にMaaSモデルを広げていく」と力を込める。
スマモビチャレンジ以外にもMaaSを進める自治体はある。福岡市はMaaS先進地域の一つだ。西日本鉄道が路線バスも運行しているため、民間事業者の利害調整がしやすい。西鉄とトヨタ自動車は鉄道やバスの路線検索とタクシーの手配や決済ができる移動サービス「マイルート」を実証している。西鉄は三菱商事とデマンド型バス「のるーと」も運行する。
MaaSと同時に地域のキャッシュレス対応を進める。福岡市交通計画課の竹下和宏課長は「外貨両替の手間が外国人観光客の消費を抑制している。キャッシュレスで爆買いを促す」と説明する。課題はMaaS決済アプリのダウンロードだ。観光客が日本に来てから通信環境を確保して専用アプリをダウンロードするのは難しい。竹下課長は「旅行を計画する段階で、来日前にダウンロードしてもらう仕組みが必要」と知恵を絞る。
都市部や地方都市の中心市街地など、採算がとれる地域では民間は積極的だ。ただ山間部などの人口の少ない地域では休廃止が進む。都市部での成功が過疎地で生かされる保証はない。福岡市も郊外部の路線を維持するために年間約5000万円を補助している。
京都市の山田真モビリティ・イノベーション創出課長は「ライドシェアリングなどの自家用車送迎サービスの普及で、バスなどの公共交通がつぶれるかもしれない」と不安を隠さない。事業者が一度撤退すると復活させるのは至難の業だ。
そしてシェアリングサービスで運用コストが下がるかどうかも不透明だ。野村総合研究所コーポレートイノベーションコンサルティング部の小林敬幸部長は「米ウーバーは個人事業主を束ねているだけで労働集約の構造から抜け出せていない。運転手がいる限りは規模の経済が働かない」と指摘する。石田名誉教授は「これまではIT企業や自動車会社など、供給側の論理でMaaSが構想されてきた。市民視点に立たなければ誰も乗らない」と断言する。
他方で中国ではアリババやバイドゥが自動車会社と組んでMaaSモデルを開発する。電子商取引(EC)や検索、地図サービスなどのビッグデータと交通サービスを連携させる。行き先の検索からルート案内、寄り道するコンビニエンスストア、移動中に見る番組、駐車場まで、決済を含めて囲い込める。ここに日欧の自動車会社も参画を決めた。野村総研の張翼上級コンサルタントは「(利害関係者などの反発を)大問題に発展させない政府の動員力を含めて、官民一体で巨大市場をとりにいく」と説明する。英IHSマークイットのトム・ヴレーシューヴェルシニアディレクターは「コンテンツプロバイダーの取り込みがMaaSの成否を分ける」と指摘する。
日本がローカルな地域課題に注力する隣で、ビッグデータを背景に新しいビジネスモデルが開発されている。この求心力は強い。日本では各地域でバラバラにMaaSアプリが開発され、それぞれ普及が課題だ。共同開発や統合も検討する必要がある。石田名誉教授は「巨大IT企業と同じモデルを追いかけても日本の実力では負ける」と強調する。日本は地域の延命だけでなく、世界に通じるイノベーションを起こせるか正念場にある。
スマモビチャレンジ推進、地域の交通課題に最適解
「独立採算を交通に求めることが根本的な間違い。何でもビジネスとして採算性を求めると日本の多くの地域が住めなくなる」と、スマートモビリティチャレンジ推進協議会企画運営委員会の石田東生委員長(筑波大学名誉教授)は断言する。免許や運賃、都市交通計画など、交通は官民一体で開発されてきた分野だ。自動運転を皮切りに新しい交通サービスがMaaSとして提案され、自治体が交通事業者に支払ってきた補助金を軽減する可能性が出てきた。スマモビチャレンジでは参加自治体の多くが地域交通を持続可能にすることを目指している。
福井県永平寺町の河合永充町長は「移動の最適化でなく、地域課題の最適解が必要だ」と指摘する。永平寺町は1940年代に鉄道を中心に発展し、駅を中心に人口集中が起きた。自動車の普及で90年代に中心部から郊外へと人口が拡散した。社会インフラが拡散的に整備されたため、河合町長は「コンパクトシティーは難しい」と説明する。2018年度予算では地域鉄道の負担金が4000万円、路線バスは900万円、コミュニティーバスは4620万円と一般会計の1%超をあてて支えている。
スマモビチャレンジでは自家用車を使った貨客混載の事業モデルを開発する。ドアからドアまで、需要に応じて車両を運行するために予約運行管理システムを構築する。運転免許のいらない時速6キロメートルで走るモビリティーや福井大学医学部付属病院と連携した遠隔診療も検討する。河合町長は「課題はどう収益をあげて持続可能な事業にするか。地域のJAやスーパー、県外企業も含めて議論していく」と力を込める。
大津市は自動運転車やバス、比叡山延暦寺へのケーブルカーなどをつなぐMaaSのアプリケーション(応用ソフト)を開発する。一括で複数の交通手段を予約し、決済もできるようにする。電子決済は観光振興の目玉だ。
そして観光振興と市民の足の確保を両立させる。大津市の越直美市長は「前日予約のデマンドタクシーで病院に行っても、帰りの便がなく不便だった。病院と交通も連携し不便を解消する」と説明する。日本ユニシスや京阪バスなどと連携し「20年に自動運転を実用化し、他の自治体にMaaSモデルを広げていく」と力を込める。
コンテンツ取り込みカギ、世界に通じる革新起こす
スマモビチャレンジ以外にもMaaSを進める自治体はある。福岡市はMaaS先進地域の一つだ。西日本鉄道が路線バスも運行しているため、民間事業者の利害調整がしやすい。西鉄とトヨタ自動車は鉄道やバスの路線検索とタクシーの手配や決済ができる移動サービス「マイルート」を実証している。西鉄は三菱商事とデマンド型バス「のるーと」も運行する。
MaaSと同時に地域のキャッシュレス対応を進める。福岡市交通計画課の竹下和宏課長は「外貨両替の手間が外国人観光客の消費を抑制している。キャッシュレスで爆買いを促す」と説明する。課題はMaaS決済アプリのダウンロードだ。観光客が日本に来てから通信環境を確保して専用アプリをダウンロードするのは難しい。竹下課長は「旅行を計画する段階で、来日前にダウンロードしてもらう仕組みが必要」と知恵を絞る。
都市部や地方都市の中心市街地など、採算がとれる地域では民間は積極的だ。ただ山間部などの人口の少ない地域では休廃止が進む。都市部での成功が過疎地で生かされる保証はない。福岡市も郊外部の路線を維持するために年間約5000万円を補助している。
京都市の山田真モビリティ・イノベーション創出課長は「ライドシェアリングなどの自家用車送迎サービスの普及で、バスなどの公共交通がつぶれるかもしれない」と不安を隠さない。事業者が一度撤退すると復活させるのは至難の業だ。
そしてシェアリングサービスで運用コストが下がるかどうかも不透明だ。野村総合研究所コーポレートイノベーションコンサルティング部の小林敬幸部長は「米ウーバーは個人事業主を束ねているだけで労働集約の構造から抜け出せていない。運転手がいる限りは規模の経済が働かない」と指摘する。石田名誉教授は「これまではIT企業や自動車会社など、供給側の論理でMaaSが構想されてきた。市民視点に立たなければ誰も乗らない」と断言する。
他方で中国ではアリババやバイドゥが自動車会社と組んでMaaSモデルを開発する。電子商取引(EC)や検索、地図サービスなどのビッグデータと交通サービスを連携させる。行き先の検索からルート案内、寄り道するコンビニエンスストア、移動中に見る番組、駐車場まで、決済を含めて囲い込める。ここに日欧の自動車会社も参画を決めた。野村総研の張翼上級コンサルタントは「(利害関係者などの反発を)大問題に発展させない政府の動員力を含めて、官民一体で巨大市場をとりにいく」と説明する。英IHSマークイットのトム・ヴレーシューヴェルシニアディレクターは「コンテンツプロバイダーの取り込みがMaaSの成否を分ける」と指摘する。
日本がローカルな地域課題に注力する隣で、ビッグデータを背景に新しいビジネスモデルが開発されている。この求心力は強い。日本では各地域でバラバラにMaaSアプリが開発され、それぞれ普及が課題だ。共同開発や統合も検討する必要がある。石田名誉教授は「巨大IT企業と同じモデルを追いかけても日本の実力では負ける」と強調する。日本は地域の延命だけでなく、世界に通じるイノベーションを起こせるか正念場にある。
日刊工業新聞2019年7月29日