量子コンピューティングの研究に挑むデンソーの強み
連載・次世代計算機「量子アニーリング」の進展(5)
「今まで研究所で数時間かかっていた計算が一瞬で解けたら、現実の世界を変えられる」。デンソー先端技術研究所の寺部雅能プロジェクトリーダーは、量子アニーリングの可能性を力説する。
自動車産業が直面する100年に1度の革新―。自動車を含めたあらゆるモノがネットワーク化されていく中で「いろいろなことを瞬間、瞬間で最適化すると、新しいアプリケーション(応用事例)が生まれる」(寺部リーダー)。こうした新時代を見据え、デンソーは量子コンピューティングの研究に取り組んでいる。
デンソーは東北大学大学院の大関真之准教授との共同研究で、Dウエーブの量子アニーリングマシンを用いて、工場内を走行する複数の無人搬送車(AGV)を円滑に移動させるシステムを構築。実証成果を量子アニーリングの国際会議で2018年に発表し、高い評価を得た。「量子アニーリングのアプリでは世界で最も実用に近い」と寺部リーダーは胸を張る。
AGVは通常、あらかじめ設定したルールを基づいて機械が判断して磁気テープの上を動く。これに対し、量子アニーリングマシンを用いた実証では、10―20台のAGVを状況に応じてリアルタイムに制御した。「1台ごとにAGVが近道を走るではなく、それぞれが多少遠回りしても全体として渋滞しないようにした」(同)。結果として交差点での待ち渋滞は減り、AGVの稼働率が全体で15%向上した。
今回はDウエーブのマシン性能に合わせて上限は20台としたが、本格的な実用化では数百台以上のAGVが走り回る大工場での利用も見据える。
AGVの場合、「実際には、荷物を取りに行く順番などいろいろな制約が入り、計算はさらに複雑になる。そうした難題はDウエーブでしか解けない」(同)。アプリに対して、Dウエーブが一番良いかはこれから実証していく。
―量子アニーリングの課題は。
「量子力学の原理に基づき計算速度が加速するところに期待があるが、解ける問題の規模がまだ小さい。マシンに載せる問題の規模を増やすこと。さらに、その規模で使えるキラー(魅力ある)アプリを見つけ出すこと。この二つのアプローチで研究していく」
―具体的には。
「ビット同士の結合が少ないマシンを扱う技術について、当社は複数の特許を出願しており、実装規模を増やす取り組みは進んでいる。ソフトで前処理することで、全結合でなくてもうまくマッピングできる。その部分はまだ世界でもそれほどやっていない」
―この分野でのデンソーの強みとは。
「量子アニーリングマシンはビット数が増えれば必ず全結合ではなくなる。結合が少ないマシンへのアプローチは、その意味で汎用的な技術だ。当社工場には実証フィールドがたくさんある。生産ラインの稼働率や人の配置の最適化なども想定される。工場間を結び最適化すれば『インダストリー4・0』の世界も見えてくる。加えて、量子アニーリングの原理発明者の門脇正史氏をはじめ優秀なメンバーの採用も進めていて、人材も世界トップクラスだ」
―実用化の時期は。
「実用化とは、サービスで使われ、お金に結びつくこと。その意味では、世界でまだ誰も到達していない。今は可能性を示していく段階。Dウエーブの本格実用化は数年先。当社としては5年程度で何らかのめどをつけたい」(おわり)
【01】量子コンピューティングは日本が世界をリードできる分野だ(2019年7月2日配信)
【02】量子コンピューティング「イジングマシン」が解決する課題(2019年7月3日配信)
【03】量子コンピューティング、早大が開発する「共通ソフトウェア基盤」の役割(2019年7月4日配信)
【04】「量子アニーリングマシンでアプリ開発」の先駆者になったリクルートの狙い(2019年7月5日配信)
【05】国際会議で高評価、デンソーが進める「量子コンピューティング研究」の強み(2019年7月8日配信)
(編集委員・斉藤実が担当しました)
自動車産業が直面する100年に1度の革新―。自動車を含めたあらゆるモノがネットワーク化されていく中で「いろいろなことを瞬間、瞬間で最適化すると、新しいアプリケーション(応用事例)が生まれる」(寺部リーダー)。こうした新時代を見据え、デンソーは量子コンピューティングの研究に取り組んでいる。
デンソーは東北大学大学院の大関真之准教授との共同研究で、Dウエーブの量子アニーリングマシンを用いて、工場内を走行する複数の無人搬送車(AGV)を円滑に移動させるシステムを構築。実証成果を量子アニーリングの国際会議で2018年に発表し、高い評価を得た。「量子アニーリングのアプリでは世界で最も実用に近い」と寺部リーダーは胸を張る。
AGVは通常、あらかじめ設定したルールを基づいて機械が判断して磁気テープの上を動く。これに対し、量子アニーリングマシンを用いた実証では、10―20台のAGVを状況に応じてリアルタイムに制御した。「1台ごとにAGVが近道を走るではなく、それぞれが多少遠回りしても全体として渋滞しないようにした」(同)。結果として交差点での待ち渋滞は減り、AGVの稼働率が全体で15%向上した。
今回はDウエーブのマシン性能に合わせて上限は20台としたが、本格的な実用化では数百台以上のAGVが走り回る大工場での利用も見据える。
AGVの場合、「実際には、荷物を取りに行く順番などいろいろな制約が入り、計算はさらに複雑になる。そうした難題はDウエーブでしか解けない」(同)。アプリに対して、Dウエーブが一番良いかはこれから実証していく。
インタビュー/デンソー先端技術研究所・寺部雅能プロジェクトリーダー 5年でめど、世界的な挑戦
―量子アニーリングの課題は。
「量子力学の原理に基づき計算速度が加速するところに期待があるが、解ける問題の規模がまだ小さい。マシンに載せる問題の規模を増やすこと。さらに、その規模で使えるキラー(魅力ある)アプリを見つけ出すこと。この二つのアプローチで研究していく」
―具体的には。
「ビット同士の結合が少ないマシンを扱う技術について、当社は複数の特許を出願しており、実装規模を増やす取り組みは進んでいる。ソフトで前処理することで、全結合でなくてもうまくマッピングできる。その部分はまだ世界でもそれほどやっていない」
―この分野でのデンソーの強みとは。
「量子アニーリングマシンはビット数が増えれば必ず全結合ではなくなる。結合が少ないマシンへのアプローチは、その意味で汎用的な技術だ。当社工場には実証フィールドがたくさんある。生産ラインの稼働率や人の配置の最適化なども想定される。工場間を結び最適化すれば『インダストリー4・0』の世界も見えてくる。加えて、量子アニーリングの原理発明者の門脇正史氏をはじめ優秀なメンバーの採用も進めていて、人材も世界トップクラスだ」
―実用化の時期は。
「実用化とは、サービスで使われ、お金に結びつくこと。その意味では、世界でまだ誰も到達していない。今は可能性を示していく段階。Dウエーブの本格実用化は数年先。当社としては5年程度で何らかのめどをつけたい」(おわり)
連載・次世代計算機「量子アニーリング」の進展(全5回)
【01】量子コンピューティングは日本が世界をリードできる分野だ(2019年7月2日配信)
【02】量子コンピューティング「イジングマシン」が解決する課題(2019年7月3日配信)
【03】量子コンピューティング、早大が開発する「共通ソフトウェア基盤」の役割(2019年7月4日配信)
【04】「量子アニーリングマシンでアプリ開発」の先駆者になったリクルートの狙い(2019年7月5日配信)
【05】国際会議で高評価、デンソーが進める「量子コンピューティング研究」の強み(2019年7月8日配信)
(編集委員・斉藤実が担当しました)
日刊工業新聞2019年7月4日