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量子コンピューティング「イジングマシン」が解決する課題

連載・次世代計算機「量子アニーリング」の進展(2)
 早稲田大学は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトとして、2018年からイジングマシンの「共通ソフトウエア基盤」の研究開発に着手。22年度の実用化を目指している。プロジェクトを率いる早大大学院の戸川望教授は「パソコンにはハード、基本ソフト(OS)アプリケーション(応用ソフト)があり、各階層が分離して発展を遂げてきた。イジングマシンでも似たような世界を実現する」と展望する。

 現在のコンピューターは「0(オフ)」か「1(オン)」の2進法を使って計算する。ここで言うビットは、量子アニーリングのビットとは全く異なる。量子アニーリングは量子力学に従った焼きなまし法(アニーリング)による量子効果により、すべての解の候補を均等な重みで重ね合わせ、そこから最適な解を高い確率で探す。計算機内部には原子のスピンの向きを計算する磁性体モデル「イジングモデル」を持っている。

 企業などが抱える現実課題を解くには、イジングモデルに落とし込まなければならないが「現実課題とイジングマシンの間には大きなギャップ(溝)がある」(戸川教授)という。

 アニーリングが得意とする配送の最適化や出店計画などの組み合わせ最適化問題を解く際に、まず解きたい現実課題を「整数計画問題」などの数式に定式化する必要があるが、そのままでは計算できない。イジングモデルで解くためには0と1のビット情報に基づく「論理イジングモデル」への変換と、ハードウエアに埋め込むための「物理イジングモデル」への変換という2段階の手順が必要となるが、人手と時間がかかる。このギャップを埋めるため、ミドルウエア群や共通API(応用プログラムインターフェース)などで構成する共通ソフトウエア基盤を開発し、利用者とマシンをつなぐ中間層を整備する考えだ。政府の次世代コンピューターの支援策はハード一辺倒から、ソフトウエアの上位層へと広がっている。

インタビュー/早大大学院・戸川望教授 世の中のボトルネック解決


―量子コンピューティングの性能は、ゆくゆくはスーパーコンピューターを超え、スパコンの100―1000倍になるとの予測があります。
「量子アニーリングマシンとスパコンとの性能をベンチマークしているが、100―1000倍とは簡単には言えない。だが、これまで指数関数的に計算時間がかかっていた問題を少ない時間で解法できるなど、極めて強力な選択肢だ」

―イジングマシン対応のミドルウエアは、カナダの1QBit(バンクーバー)が提供しています。共通ソフトウエア基盤はどういう役割を担うのでしょうか。
「1QBitのミドルウエアはDウエーブのマシン上で動いているが、何でも吸収できるわけではない。我々は、あるプログラム言語で書いた記述が自動的にイジングマシンで実行され、答えが返ってくるような世界を目指している。Dウエーブ以外の各種イジングマシンを使いこなす仕組みを含め、全体感を持って進めていく。その実現に向けて、壁はいくつか立ちふさがっているが、一番よいやり方で乗り越えていきたい」

―超スマート社会「ソサエティ5・0」とイジングマシンは、どう結びつくのですか。
「イジングマシンが得意とする組み合わせ最適化問題は、ソサエティ5・0を実現する上でかなりの部分をつかさどる。巡回セールスマン問題をはじめ、世の中でボトルネックとなる課題を最適化問題として切り出し、解決できることが何よりも重要だ」(聞き手・斉藤実)
早大大学院・戸川望教授


連載・次世代計算機「量子アニーリング」の進展(全5回)


【01】量子コンピューティングは日本が世界をリードできる分野だ(2019年7月2日配信)
【02】量子コンピューティング「イジングマシン」が解決する課題(2019年7月3日配信)
【03】量子コンピューティング、早大が開発する「共通ソフトウェア基盤」の役割(2019年7月4日配信)
日刊工業新聞2019年6月28日

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