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経営者は「ヒト」ではなく「電子」を走らせろ

SAPジャパン・村田聡一郎氏インタビュー
**『Why Digital Matters?〜“なぜ”デジタルなのか〜』著者に聞く
 ―本書で最も伝えたいことは何ですか。
 ソフトウエアに仕事をさせる『電子を走らせる経営』の重要性だ。日本は現場の人たちを最大限に活用する『人が走る経営』で高度成長期から1990年代半ばまで成長してきた。ただ、00年以降は国内総生産(GDP)がほとんど伸びていない。一方、諸外国における17年のGDPは90年比で2―3倍などに成長した。この背景にデジタル活用の有無が影響していると考えている。

 ―なぜ日本はデジタル活用が遅れているのでしょうか。
 現場力にこだわり続けたからだろう。ただ、それによって成功してきたため、おかしな選択とは言えない。むしろ『人が走る経営』だけで今のポジションにとどまっているので、デジタルを生かすことで伸びる可能性がある。

 ―デジタル活用は現場社員の負荷を下げるための手段としても重要性を指摘しています。
 日本は『働き方改革』が叫ばれているが、その手段として『経営陣などの意識改革』が聞かれる。それは何もしないと言っていることと同じだ。意味のある手を打たないといけない。働き方改革でできることは3つ。仕事を減らすか人を増やすか、一部をデジタルに代替させるかだ。ソフトウエアに仕事をさせる手段を考えるべきだ。

 ―デジタル活用のために企業は何から始めるべきでしょうか。
 まずはその必要性に気づくこと。その上で製造業の文脈で言えば『スマート工場』と『インダストリー4・0』は別物と理解すべきだ。同じものと認識している人が多い。前者は工場内を個別最適化すること。後者は(設計や受注など)工場の前工程と(物流や保守などの)後工程を含めて全体最適化を図ることだ。日本の工場は諸外国に比べてすでに生産性が高いため、個別最適化を進めても相対的に伸びしろは薄い。各企業の事情に応じた検討の結果として『スマート工場』を選ぶのはよいが、知らずに選ばないというのはよくない。

 ―全体最適化を図るためには「『現場の声』を聞いてはいけない」と指摘していますね。
 工場の外を含めて最適化を図ろうとすると(工場を所管する)生産部門以外の部署も影響を受ける。経営者が判断して号令をかけないとできない。このため、本書はぜひ経営層に読んでほしい。もしくは経営層を説得したいと考えている中堅のリーダーにその道具として使ってもらえればよい。

 ―デジタルの活用にあたり、「ソフトウェアは自社開発したら負け」とも指摘されています。
 日本のSIerは、よく言えばおもてなしの精神を持っており、顧客の要望通りにシステムを構築する。ただ、オーダーメードで開発すると、そのシステムは一社にしか売れないため、導入企業にとってはコストが高くつく。一方、汎用のソフトウェアは100社、1000社に販売できるため、その分、導入コストは安く済む。また、オーダーメードは顧客が要望したもの以上の機能は得られないが、汎用ソフトは要望する以上のものを得られる可能性もある。

 ―デジタルを使いこなす経営戦略として既存事業と掛け合わせて新しいビジネスを創出する重要性を紹介していますが、企業はどのようにそれを発想すればよいでしょうか。
 手段としては『デザイン思考』を提唱している。顧客の立場で考えるという当たり前のことだが、その対極にある『ビジネス思考』は『自分たちにできることは何か』から発想してしまう。優秀なビジネスマンは呼吸をするように『ビジネス思考』ができており、今のビジネスを本質的に変えずに連続的な成長を目指す上では有効な方法だ。『デザイン思考』は非連続な成長を考えるときにあえて今までとは強制的に違う見方をする手段として有効だ。 (聞き手・葭本隆太)
 
               

◇村田聡一郎(むらた・そういちろう)氏 SAPジャパンIoT/IR4ディレクター 外資系IT企業、ITスタートアップを経て11年SAPジャパン入社。18年中小企業庁・小規模企業基本政策審議委員会専門委員。米国ライス大学にてMBA取得。神奈川県出身、49歳。


『Why Digital Matters?〜“なぜ”デジタルなのか〜』(プレジデント社 03・3237・3731)
日刊工業新聞2019年5月20日
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
会社全体の効率が上がるといわれ新しいシステムを使うように言われても、現場が今までのやり方を変えるのは難しいものだと思います。そうした現場をどう変えていくべきかという問いに対して村田さんが「経営者が判断し、強力に推し進めないと動かない」としみじみ話されていたのが印象的でした。

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