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家電の技術革新を誘発した環境規制の威力

連載・平成の環境産業史(5)
家電の技術革新を誘発した環境規制の威力

02年に発売した松下冷機製のノンフロン冷蔵庫。冷媒の引火の危険を最小化

 成果を上げた環境規制の一つにフロン規制がある。空調冷媒などに使われるフロンは人類に有用な化学物質だったが、大気に放出されるとオゾン層を破壊していた。国際社会はフロン全廃の道を選択し、1989年(平成元)にフロン製造を規制するモントリオール議定書が発効した。効果があらわれ、今世紀中にオゾン層が修復されそうだ。

 地球規模の規制は家電のモノづくりも変えた。松下電器産業(現パナソニック)は02年、ノンフロン冷蔵庫を発売した。当時、「NGOからの要請で開発した」という情報があったが、開発に携わった木村義人氏(現パナソニックアプライアンス社の部長)は「NGO1団体に言われたからではなく、社会全体の要請に応えようと開発した」と説明する。

省エネ化


 木村氏は90年、松下グループで冷蔵庫事業を担当する松下冷機(現パナソニックアプライアンス)に入社した。冷蔵庫は電気代節約のため省エネルギー化の優先順位が高かった。また、食材がたくさん入る大容量化も開発課題となっていた。そこに加わったのが冷媒のフロン規制だった。

 松下冷機は93年、冷媒をオゾン層を破壊しない代替フロンに変更した。しかし代替フロンは温暖化を促進する性質があった。すでに欧州の冷蔵庫はノンフロンガス(イソブタン)を採用していた。同社も研究はしていたが、簡単に採用できなかった。湿気が多い日本の冷蔵庫は霜取りヒーターを内蔵しており、可燃性のイソブタンが漏れると引火する危険があるためだ。

 そこでヒーターの熱量を変えずに表面温度を下げる構造を開発するなど、引火リスクを最小化してノンフロン化を実現した。「冷媒の変更は人の血液を変えるようなもの。冷蔵庫の構造を多面的に見直した」(木村氏)ため、開発に通常の倍の4年かかった。

ブランド向上


 ノンフロン冷蔵庫が技術力を誇示する“フラッグシップ”なら当面は1機種の開発で済んだが、経営トップの判断で一気にラインアップを増やした。結果的に企業の環境評価調査で松下冷機が上位に入り、ブランド価値が高まった。

 商品もヒットした。木村氏は「消費者はノンフロンに共感しても、購入すると限らない。環境だけ追求した開発では失敗していた。使いやすさも含めた総合的な開発の成果」と振り返る。環境規制の克服が技術革新を誘発することがある。ノンフロン規制は技術力を向上させた一例であり、日本製の家電の競争力維持に役立った。
(文=松木喬)

連載「平成の環境産業史」(全7回)


 1989年から始まった平成時代、気候変動、フロンや有害化学物質規制など、企業は次々と押し寄せる環境問題への対応に追われました。一方で太陽電池、エコカー、省エネルギー家電といった技術が育ち、「環境経営」という言葉も定着しました。企業活動に影響を与えた平成の環境産業史を振り返り、新時代の道しるべを探ります。

【01】平成の気候変動対策は不十分だった…環境政策に携わった男の悔恨(2019年4月9日配信)
【02】日本の電機業界が環境対策で世界の先頭に立った日(2019年4月9日配信)
【03】太陽電池メーカーの栄枯盛衰が示す政策依存の現実(2019年4月16日配信)
【04】昭和最後の年に「EV世界一」宣言、日本はどこで間違った?(2019年4月23日配信)
【05】家電の技術革新を誘発した環境規制の威力(2019年4月30日配信)
【06】今や市場規模は4兆円、エコマーク誕生の秘話(2019年5月7日配信)

<日刊工業新聞電子版では【06】を先行公開しています>
関連連載:「脱炭素経営 パリ協定時代の成長戦略」
日刊工業新聞2019年4月17日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
松下電器よりも先に東芝がノンフロン冷蔵庫を発売しました。他の家電メーカーもノンフロン化しました。他に記事で書き込めなかったのですが、松下電器は高性能な真空断熱材も開発し、冷蔵庫の消費エネルギーを大幅に下げました。我が家の「ナショナル」冷蔵庫がその機種です。日本製は長持ちです。他社も含め、家電の環境対応は日本の業界が先導してきました。

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