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「辞めやすい制度」がシンガポール在留の経営者を悩ませる

 「外国人ではなくシンガポール人を採用して下さい」。人材を求める企業が何日もかけて何人も面接し、やっと採用が決まったマレーシア人の候補者に申請していた就労ビザが、労働局の担当者の冷たい一言とともに却下される。

 シンガポールは、自他共に認めるほどアジアの中心的存在として栄えた。ヒト・モノ・カネの全てがこの国に多く集まり、一大経済国家を生んだ。外国人就労者が労働力の3分の1を占める。

 だが、ここ数年、外国人就労者に対する労働ビザの厳格化はますます強くなる一方で、ビザ取得基準の最低給与額は年々上がり続けている。

 数年前は、月2000ドルの給与が基準だったのが、今では4000ドルとおよそ2倍に高騰した。

 しかし、シンガポール在留の経営者の苦しみはそこではない。大きな悩みの種は「シンガポール人を採用しても、シンガポール人から辞めていく」という事だ。

 これまでもシンガポールの離職率は非常に高いまま推移していたが、昨今の外国人就労の厳格化が拍車をかける。政府からはシンガポール人の採用を強く推奨される一方で、企業ではシンガポール人の退職交渉が進んでいるような状況だ。

 当社が依頼を受ける求人の多くがシンガポール人を対象とした案件であり、特に若い世代を中心に転職先の選択肢が多い。また、一定の生活保障がされている事から、キャリアに空白期間ができることについてあまり危機感を持つことがなく、次の仕事が決まっていなくても平気で退職する。まさに穴の開いたバケツのように、人を採用しては辞めていく状態だ。

 また、シンガポールでは40歳以上で6カ月以上無職状態のシンガポール人に対し政府機関から再就職のサポートプログラムを紹介される。

 就職や転職は若手の人材が特に有利な状態であることから、高齢者の雇用を促進させる仕組みだ。これらの例の通り、国を挙げてシンガポール人の雇用促進に取り組んでいる様子がうかがえる。

 人材を採用する企業からこの類の悩みを相談された際に、「ある程度、人材は辞めてしまう事をご理解ください」とアドバイスしている。

 ある一定の退職者が出ることを前提に、常に転職市場に良い人材がいないか目星をつけておく事で、急な退職に対してもリスク回避が可能となる。

 大手の外資系企業には、転職市場にアンテナを張り、常にさまざまな候補者となる人材と会い続ける人事担当者が存在するほどだ。また、1人の社員に責務や権限が集中しないように、日頃より業務の分散を意識し、ある社員が辞めても他の社員がサポートできる体制を整える重要性も伝えている。

 だが、日系企業はゼネラリスト育成型で、権限の分散や縦割りの組織作りに苦手意識を持っていることから、優秀な人材採用に後れを取っている。この国で成功するには、生き馬の目を抜くような意識を持ち、組織経営を行うことが必要だ。
(文=早瀬恭<リクルートメントシンガポール法人社長>)
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