東電と大学の思惑一致せず…足りない廃炉人材
「廃炉も人生をかけるに資する将来性を示す必要がある」
廃炉まで30―40年はかかると言われる東京電力福島第一原子力発電所。その廃炉作業を支える人材基盤が揺らいでいる。廃炉には原子力だけでなく、機械や土木など、さまざまな知見が必要だが、原子力産業を志望する学生が大学の原子力以外の学科から集まりにくくなった。頼みの原子力学科も、大学内部の生存競争で劣勢に立つ。廃炉に関わる企業と大学、省庁が人材戦略を共有し、社会に発信する必要がある。
「まずは社内で今後必要になる人材やスキルを整理し、人材計画を整備する」と福島第一廃炉推進カンパニーの小野明代表は説明する。東電として何年後にどんな人材が必要か、人材をどう育てるかこれまで明確ではなかった。
増え続ける汚染水を保管するタンクの増設に追われたり、格納容器の内部がわからず計画が立たないなど、さながら“野戦病院”のように目の前の課題に追われる状況が長く続いた。
2011年の事故から6年たった17年に、2号機で圧力容器から溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)などを撮影できた。内部が見えたことで状況をイメージしやすくなった。今後は計画的な人材配置が進むと期待される。小野代表は「汚染水対策やデブリ取り出しなど、専門に特化したプロジェクトマネジャーを育てたい」という。
大学では廃炉人材の育成事業が進む。文部科学省は年間5億5000万円を投入して「廃止措置研究・人材育成等強化プログラム」を進めてきた。東京大学や東北大学など5大学、1高等専門学校、1学会を支援し、廃炉技術者を育てている。
東京工業大学は実習中心のカリキュラムを組み、実際に手を動かすことを重視した。東工大の小原徹教授は、「実験装置やカリキュラムを整備できた。大学への教育予算が縮小する中で貴重な予算になった」と指摘する。
東電の木元崇宏原子力・立地本部長代理は、「廃炉はロボットや材料など幅広い専門が必要になる。実は原子力は少数派ともいえる」と説明する。
こうした状況を踏まえ、東北大は学生の専門を原子力に限らずに、情報や土木、材料など幅広い分野に門戸を開いた。原子力の学生は半分ほど。東北大の渡辺豊教授は、「広い分野で廃炉を自分のこととして捉えられる人材を増やしたい」と狙いを説明する。
ただこうした狙いとは違い、卒業生が廃炉の道を選ぶことは決して多くない。東大と東北大、東工大のプログラム参加者が原子力関連産業に進んだのは16年度は3割弱、129人中38人、プログラム全体では495人中81人(一部集計見直し中)。
電力会社や原発メーカーへと進み、廃炉に携わる人数はより少なくなる。現在、新卒採用は“超売り手市場”だ。人材育成予算で優れた研究ができた優秀な若手ほど、他の産業から引く手あまたな状況にある。
また大学は廃炉技術の研究者を育てるが、東電が実際に求めているのはプロジェクトマネジャーであり、必ずしも大学と企業の思惑が一致していない。そもそもプロジェクトマネジャーは大学では育てられず、企業で経験を重ねてこそ育つ人材になる。
原子力産業全体としては就職志望者が低迷している。11年の原発事故までは“原子力ルネサンス”といわれ、日本原子力産業協会の合同企業説明会「原子力産業セミナー」も活況だった。事故後も原子力学科に進学する学生は原子力産業を強く志望するが、政府の政策の迷走を受けてか、非原子力からの志望者は少ないままだ。
廃炉の研究人材育成事業など、政府の予算で市場原理にあらがうことができるのか、限界論もささやかれる。東大の浅間一教授は、「昔は原子力産業はロボット分野の最高峰だった。どの産業にいっても活躍できる優秀な若手が集まった。廃炉も人生をかけるに資する将来性を示す必要がある」と指摘する。
ある国立大の原子力研究科長は、「大学の会議で『例えば生命科学は企業が産学連携にお金を積む。廃炉という国難に、人材が足りない状況で、電力会社や原発メーカーは寄付講座も考えていないのか』と上から問われる」と漏らす。
現在、大学では民間資金獲得への重圧が増し、稼げない学科は発言力が急速に小さくなっている。
たとえ原子力が学問や産業として他の分野との競争に敗れたとしても、廃炉は30年、40年と継続しなければならない。東工大の小原教授は「原子力の教員は、いま原子力を目指す学生の志に依存してはいけない」と自戒する。非原子力分野の学生に向けて、大学は廃炉研究の魅力を、企業はキャリアパスを示していく必要がある。
一方、東電の小野代表が模索する専門ごとに特化したプロジェクトマネジャーは、従来の育成システムで育てられる人材とは限らない。福島では毎週のように監視装置の警報が鳴ったり、漏水が発見されたりと、日々トラブル対応に追われる状況が続く。
一般的な計画管理能力に加え、汚染水や放射線管理、電気設備などの基本原理に立ち返った予防策が常に求められる。自身の専門でない領域の基礎を、働きながら大学などで学べる仕組みが必要だ。学び直しを通して、大学に廃炉現場のニーズが流れれば、学生の育成もより確度の高いものになる。
文科省原子力課の池田一郎放射性廃棄物企画室長は、「大学で学ぶ素養と現場で経験する実践。この間をつなぐ場が必要」と指摘する。東電の小野代表も「文科省や経済産業省とも認識を共有している。原発メーカーやゼネコンと人材育成について議論していく」と話す。原産協会の高橋明男理事長は「東電と協会で連携していく」という。産学官の認識は一致した。廃炉の研究人材強化事業は18年度で終了する。後継策で確かな人材戦略が盛り込まれることが望まれる。
産と学の不一致…大学が育てるのは“研究者”
「まずは社内で今後必要になる人材やスキルを整理し、人材計画を整備する」と福島第一廃炉推進カンパニーの小野明代表は説明する。東電として何年後にどんな人材が必要か、人材をどう育てるかこれまで明確ではなかった。
増え続ける汚染水を保管するタンクの増設に追われたり、格納容器の内部がわからず計画が立たないなど、さながら“野戦病院”のように目の前の課題に追われる状況が長く続いた。
2011年の事故から6年たった17年に、2号機で圧力容器から溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)などを撮影できた。内部が見えたことで状況をイメージしやすくなった。今後は計画的な人材配置が進むと期待される。小野代表は「汚染水対策やデブリ取り出しなど、専門に特化したプロジェクトマネジャーを育てたい」という。
大学では廃炉人材の育成事業が進む。文部科学省は年間5億5000万円を投入して「廃止措置研究・人材育成等強化プログラム」を進めてきた。東京大学や東北大学など5大学、1高等専門学校、1学会を支援し、廃炉技術者を育てている。
東京工業大学は実習中心のカリキュラムを組み、実際に手を動かすことを重視した。東工大の小原徹教授は、「実験装置やカリキュラムを整備できた。大学への教育予算が縮小する中で貴重な予算になった」と指摘する。
東電の木元崇宏原子力・立地本部長代理は、「廃炉はロボットや材料など幅広い専門が必要になる。実は原子力は少数派ともいえる」と説明する。
こうした状況を踏まえ、東北大は学生の専門を原子力に限らずに、情報や土木、材料など幅広い分野に門戸を開いた。原子力の学生は半分ほど。東北大の渡辺豊教授は、「広い分野で廃炉を自分のこととして捉えられる人材を増やしたい」と狙いを説明する。
ただこうした狙いとは違い、卒業生が廃炉の道を選ぶことは決して多くない。東大と東北大、東工大のプログラム参加者が原子力関連産業に進んだのは16年度は3割弱、129人中38人、プログラム全体では495人中81人(一部集計見直し中)。
電力会社や原発メーカーへと進み、廃炉に携わる人数はより少なくなる。現在、新卒採用は“超売り手市場”だ。人材育成予算で優れた研究ができた優秀な若手ほど、他の産業から引く手あまたな状況にある。
また大学は廃炉技術の研究者を育てるが、東電が実際に求めているのはプロジェクトマネジャーであり、必ずしも大学と企業の思惑が一致していない。そもそもプロジェクトマネジャーは大学では育てられず、企業で経験を重ねてこそ育つ人材になる。
志望者増えず…若手に将来性示せるか
原子力産業全体としては就職志望者が低迷している。11年の原発事故までは“原子力ルネサンス”といわれ、日本原子力産業協会の合同企業説明会「原子力産業セミナー」も活況だった。事故後も原子力学科に進学する学生は原子力産業を強く志望するが、政府の政策の迷走を受けてか、非原子力からの志望者は少ないままだ。
廃炉の研究人材育成事業など、政府の予算で市場原理にあらがうことができるのか、限界論もささやかれる。東大の浅間一教授は、「昔は原子力産業はロボット分野の最高峰だった。どの産業にいっても活躍できる優秀な若手が集まった。廃炉も人生をかけるに資する将来性を示す必要がある」と指摘する。
ある国立大の原子力研究科長は、「大学の会議で『例えば生命科学は企業が産学連携にお金を積む。廃炉という国難に、人材が足りない状況で、電力会社や原発メーカーは寄付講座も考えていないのか』と上から問われる」と漏らす。
現在、大学では民間資金獲得への重圧が増し、稼げない学科は発言力が急速に小さくなっている。
たとえ原子力が学問や産業として他の分野との競争に敗れたとしても、廃炉は30年、40年と継続しなければならない。東工大の小原教授は「原子力の教員は、いま原子力を目指す学生の志に依存してはいけない」と自戒する。非原子力分野の学生に向けて、大学は廃炉研究の魅力を、企業はキャリアパスを示していく必要がある。
一方、東電の小野代表が模索する専門ごとに特化したプロジェクトマネジャーは、従来の育成システムで育てられる人材とは限らない。福島では毎週のように監視装置の警報が鳴ったり、漏水が発見されたりと、日々トラブル対応に追われる状況が続く。
一般的な計画管理能力に加え、汚染水や放射線管理、電気設備などの基本原理に立ち返った予防策が常に求められる。自身の専門でない領域の基礎を、働きながら大学などで学べる仕組みが必要だ。学び直しを通して、大学に廃炉現場のニーズが流れれば、学生の育成もより確度の高いものになる。
文科省原子力課の池田一郎放射性廃棄物企画室長は、「大学で学ぶ素養と現場で経験する実践。この間をつなぐ場が必要」と指摘する。東電の小野代表も「文科省や経済産業省とも認識を共有している。原発メーカーやゼネコンと人材育成について議論していく」と話す。原産協会の高橋明男理事長は「東電と協会で連携していく」という。産学官の認識は一致した。廃炉の研究人材強化事業は18年度で終了する。後継策で確かな人材戦略が盛り込まれることが望まれる。
日刊工業新聞2018年8月20日