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チョコモナカジャンボも採用…“気象予報で需要先読み”拡大前夜
連載・変革する天気予報(1)
気象情報をビジネスに高度利用する企業が増えている。航空機の運航計画など気象予報を基に直接判断する業種だけでなく、気象と売れ行きの相関を解析して商品の需要を予測し、生産の最適化に生かすメーカーが出てきた。食品やアパレルなどの分野で広がっている。背景には中長期の気象予報の精度や分析技術の向上がある。利用業種の拡大に伴い、長年300億円前後だった気象ビジネス市場が拡大しようとしている。
「『チョコモナカジャンボ』のモナカのパリパリとした食感と欠品の防止を両立するため、気象予報に基づく商品需要予測を導入した」。森永製菓物流部の小林健司SCMグループマネジャーは力を込める。
チョコモナカジャンボは、アイスクリームの間に板チョコを挟み、モナカで包んだ同社の定番商品。年間1億8000万個を売り上げる。その人気の要素であるモナカの食感は日本気象協会(JWA、東京都豊島区)が提供する気象情報を活用した需要予測が支える。
モナカの皮はアイスを覆う商品の形になってから一定期間が経過するとアイスの水分を吸収してしまい、せっかくのパリパリ感が損なわれる。このため、森永製菓は製造から消費者の手元に届くまで2週間以内を目指し、「手持ちの在庫を極端に少なくして運用している」(小林マネジャー)。
一方、アイスの売れ行きは気温の変化に敏感に反応する。気温上昇によって需要が前週の1・5倍になる場合もある。高精度の需要予測に基づき、適切な在庫を抱えていなければすぐに欠品し、商機を逸する。以前は担当者の知見に基づき需要を予測していたが、夏場に欠品するケースは多かったという。
こうしたことから森永製菓はJWAによる需要予測の本格運用を2017年夏に始めた。気温などの気象と出荷量の相関を過去のデータから解析し、将来の気象予報に基づいて需要を予測する。
15週間の全国の需要予測と、全国を六つに分けた各地域の4週間の需要予測の提供を週に1度受け、生産量の調整や全国8カ所にある物流拠点の在庫調整の判断に生かしている。この結果、昨夏は欠品が発生しなかった。
JWAの商品需要予測は、同社事業本部防災ソリューション事業部先進事業課の中野俊夫プロジェクトリーダーが構想から約5年を経て17年4月に事業化した。中野リーダーは構想当時について、「気象は唯一予測できる情報。全産業の3分の1が気象リスクを持つと言われている。気象情報が持つ可能性を経済で生かしたかった」と振り返る。
しかし、社内で反対意見が強く、事業化は一筋縄でいかなかった。実は気象予報に基づく需要予測は90年代に一度提供したが、事業としては成長できずに終わった。一部のコンビニエンスストアでは翌日の需要予測として導入したものの、中長期の予測が必要なメーカーには広がらなかった。当時は中長期の気象予報の精度や解析技術の質が低かったためだ。
それから約20年たち、中野リーダーには「気象データを経済に利用できる環境は整った」という自信があった。衛星データの活用や気象理論の進展などにより、中長期予報の精度はこの15年で30%改善した。また、人工知能(AI)の発展で解析技術も向上した。
第4次産業革命が叫ばれ、ビジネスにおけるデータ活用の機運が高まり始めたことも大きい。そこで特にデータ活用の意識が高い食品メーカーなどと共同で実証実験を実施し、生産量を最適化する成果を出したことで事業化にこぎ着けた。
こうして誕生したサービスは提供開始から1年超で導入企業が約30社に上った。アパレルや製薬会社など業種も拡大している。
例えばアパレルのアダストリアは17年9月に導入し、2週間後までの予測データを各店舗の販促計画などに生かしている。同社の穴田浩一情報システム部長は、「我々は生活者の気持ちを考え、それに合った商品を提案したいと考えている。気象はその気持ちに与える影響が大きく、(販促活動などにおいて)重要なデータ」と導入の理由を説明する。
一方、さらなる導入拡大には課題もある。導入企業からは「本来なら3カ月後の需要予測を使って商品の製造を調整できれば理想。しかし、その予測を完全に信じて意思決定する度胸はない」との声も聞こえる。企業の意思決定を促すくらいの予測実績を積み重ね、信頼を勝ち取る必要がある。
日本の気象ビジネス市場は長年300億円前後で推移してきた。市場がそれ以上にはなかなか成長せず、「業界では『300億円の壁』と呼ばれてきた」(業界関係者)。AI・ビッグデータ(大量データ)活用時代となった今、その壁を突破する好機だ。
明日は傘が必要だろうか、週末の予定はどうしよう-。天気予報は日常生活に最も根付いている情報インフラです。酷暑が続き、集中豪雨も頻発する今夏は警戒行動を取る上で一層欠かせなくなっています。そんな中、AI・ビッグデータの活用が叫ばれるビジネスの世界で気象データを活用する動きが広がり始めました。市場の拡大機運を狙ってIT業界の巨人も気象ビジネス市場に参入しました。一方、AIやビッグデータによる天気予報自体の高度化も進んでいます。AI・ビッグデータ時代の天気予報の革新を全4回の連載で追います。
【01】チョコモナカジャンボも採用…“気象予報で需要先読み”拡大前夜
【02】電通系と連携も、IBMは気象ビジネスを席巻するか
【03】ゲリラ豪雨を9割捕捉、精度支えるビッグデータは“人”
【04】森田さんが語るAI時代の気象予報士「予報はスパコンに勝てない」
「『チョコモナカジャンボ』のモナカのパリパリとした食感と欠品の防止を両立するため、気象予報に基づく商品需要予測を導入した」。森永製菓物流部の小林健司SCMグループマネジャーは力を込める。
チョコモナカジャンボは、アイスクリームの間に板チョコを挟み、モナカで包んだ同社の定番商品。年間1億8000万個を売り上げる。その人気の要素であるモナカの食感は日本気象協会(JWA、東京都豊島区)が提供する気象情報を活用した需要予測が支える。
モナカの皮はアイスを覆う商品の形になってから一定期間が経過するとアイスの水分を吸収してしまい、せっかくのパリパリ感が損なわれる。このため、森永製菓は製造から消費者の手元に届くまで2週間以内を目指し、「手持ちの在庫を極端に少なくして運用している」(小林マネジャー)。
一方、アイスの売れ行きは気温の変化に敏感に反応する。気温上昇によって需要が前週の1・5倍になる場合もある。高精度の需要予測に基づき、適切な在庫を抱えていなければすぐに欠品し、商機を逸する。以前は担当者の知見に基づき需要を予測していたが、夏場に欠品するケースは多かったという。
こうしたことから森永製菓はJWAによる需要予測の本格運用を2017年夏に始めた。気温などの気象と出荷量の相関を過去のデータから解析し、将来の気象予報に基づいて需要を予測する。
15週間の全国の需要予測と、全国を六つに分けた各地域の4週間の需要予測の提供を週に1度受け、生産量の調整や全国8カ所にある物流拠点の在庫調整の判断に生かしている。この結果、昨夏は欠品が発生しなかった。
1990年代に一度挫折した
JWAの商品需要予測は、同社事業本部防災ソリューション事業部先進事業課の中野俊夫プロジェクトリーダーが構想から約5年を経て17年4月に事業化した。中野リーダーは構想当時について、「気象は唯一予測できる情報。全産業の3分の1が気象リスクを持つと言われている。気象情報が持つ可能性を経済で生かしたかった」と振り返る。
しかし、社内で反対意見が強く、事業化は一筋縄でいかなかった。実は気象予報に基づく需要予測は90年代に一度提供したが、事業としては成長できずに終わった。一部のコンビニエンスストアでは翌日の需要予測として導入したものの、中長期の予測が必要なメーカーには広がらなかった。当時は中長期の気象予報の精度や解析技術の質が低かったためだ。
それから約20年たち、中野リーダーには「気象データを経済に利用できる環境は整った」という自信があった。衛星データの活用や気象理論の進展などにより、中長期予報の精度はこの15年で30%改善した。また、人工知能(AI)の発展で解析技術も向上した。
第4次産業革命が叫ばれ、ビジネスにおけるデータ活用の機運が高まり始めたことも大きい。そこで特にデータ活用の意識が高い食品メーカーなどと共同で実証実験を実施し、生産量を最適化する成果を出したことで事業化にこぎ着けた。
こうして誕生したサービスは提供開始から1年超で導入企業が約30社に上った。アパレルや製薬会社など業種も拡大している。
例えばアパレルのアダストリアは17年9月に導入し、2週間後までの予測データを各店舗の販促計画などに生かしている。同社の穴田浩一情報システム部長は、「我々は生活者の気持ちを考え、それに合った商品を提案したいと考えている。気象はその気持ちに与える影響が大きく、(販促活動などにおいて)重要なデータ」と導入の理由を説明する。
一方、さらなる導入拡大には課題もある。導入企業からは「本来なら3カ月後の需要予測を使って商品の製造を調整できれば理想。しかし、その予測を完全に信じて意思決定する度胸はない」との声も聞こえる。企業の意思決定を促すくらいの予測実績を積み重ね、信頼を勝ち取る必要がある。
日本の気象ビジネス市場は長年300億円前後で推移してきた。市場がそれ以上にはなかなか成長せず、「業界では『300億円の壁』と呼ばれてきた」(業界関係者)。AI・ビッグデータ(大量データ)活用時代となった今、その壁を突破する好機だ。
「変革する天気予報」今日から4回連載
明日は傘が必要だろうか、週末の予定はどうしよう-。天気予報は日常生活に最も根付いている情報インフラです。酷暑が続き、集中豪雨も頻発する今夏は警戒行動を取る上で一層欠かせなくなっています。そんな中、AI・ビッグデータの活用が叫ばれるビジネスの世界で気象データを活用する動きが広がり始めました。市場の拡大機運を狙ってIT業界の巨人も気象ビジネス市場に参入しました。一方、AIやビッグデータによる天気予報自体の高度化も進んでいます。AI・ビッグデータ時代の天気予報の革新を全4回の連載で追います。
【01】チョコモナカジャンボも採用…“気象予報で需要先読み”拡大前夜
【02】電通系と連携も、IBMは気象ビジネスを席巻するか
【03】ゲリラ豪雨を9割捕捉、精度支えるビッグデータは“人”
【04】森田さんが語るAI時代の気象予報士「予報はスパコンに勝てない」
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AI・ビッグデータの活用が叫ばれるビジネスの世界で気象データを活用する動きが広がり始めました。市場の拡大機運を狙ってIT業界の巨人も気象ビジネス市場に参入しました。AI・ビッグデータ時代の天気予報の革新を追いました。