世界で売れる開化堂の手作り茶筒

 手作りの金属製茶筒で140年。開化堂(京都市下京区)が手がける茶筒は、使う人に安心感を与える。手法は創業当初から変わらず、100年前に販売した商品を修理することも。「今買ってくれた方のお孫さんが、また修理に持ってきてくれるように」。6代目の八木隆裕社長は100年先を見据えモノづくりを行う。

 茶筒の胴から内側のブリキが見える部分を「キ」と呼ぶ。品質を左右するのは、このキとフタの調子合わせ。十分な気密性を確保することで、茶葉の香りを封じ込め、湿気から守る。そしてフタを開けた時に、いかに心地よさを感じられるか。そのためには、各工程で、非常に繊細な調整が必要となる。

 八木社長は家業を継ぐ前、伝統工芸品の販売の仕事に就いていた。あるとき開化堂の茶筒が外国人旅行者に売れたことで、海外にも展開できると確信。廃業するつもりだった先代を説得し、家業を継ぐことを決めた。

 デンマークのデザイン会社と連携したティーポットなど、海外へ積極展開する。その上で西陣織や陶磁器といった京都の伝統工芸の若手経営者らとともにプロジェクトユニット「GO ON(ゴオン)」を2012年に設立し、企業やクリエイターと連携を探った。活動は15年、パナソニックの家電事業のデザイン部門と連携したプロジェクト「Kyoto KADEN Lab.(キョウト カデン ラボ)」にまで発展する。

 その中で、フタの開閉で音をオン/オフできる茶筒型スピーカー「響筒(きょうづつ)」を共同開発。フタを開けた時の心地よさにデジタル要素を組み合わせた独特なしくみは、世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」でも脚光を浴びた。既に19年春の商品化が決まっている。

 「“開化堂らしさ”とは何か。次世代に伝えることが僕らの役割」。八木社長は未来を見据える。いかにオリジナルの商品価値を生み出せるか。伝統工芸が直面する課題は大企業を含む全てのモノづくりに通じている。

日刊工業新聞2018年6月29日

日刊工業新聞 記者

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06月29日
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【メモ】明治時代、英国から渡来したばかりのブリキに着目し、1875年に創業。“丸缶製品”の草分けとなった。文明開化の時代に積極的に新しいものを取り込もうとする気概が、社名に表れている。工房で働く職人のほとんどは意外にも若い世代。何が大切なのかを直接的に教えることはない。職人は常にモノづくりと真剣に向き合っている。

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