2030年に180兆円の巨大市場、バイオエコノミーは日本に商機あり
デジタル化に匹敵する技術革新を起こす
生物資源やバイオテクノロジーを活用して経済成長を図る「バイオエコノミー(生物経済)」が注目を集めてきた。デジタル化に匹敵する技術革新を起こすとされ、2030年までに180兆円の巨大市場への成長を見込む。欧州は成長戦略に位置づけた。バイオ関連技術は日本も得意としており、日本の産業界がバイオエコノミーを先導できそうだ。
経済協力開発機構(OECD)が、30年のバイオ市場が加盟国の全国内総生産の2・7%、1兆6000億ドル(約180兆円)になると報告書をまとめた。内訳を見ると工業分野が最大の39%を占める。微生物による廃水や土壌の浄化も工業分野のバイオ技術だ。藻類からのバイオ燃料製造、植物由来のバイオプラスチックは、化石資源依存から脱却した“脱炭素社会”を目指す「パリ協定」と一致し、急成長を見込む。
バイオエコノミーへの取り組みは、欧州連合(EU)の動きが速い。行政執行機関である欧州委員会は12年、経済成長を目指すバイオエコノミー戦略を策定。7年間で約5200億円を投じ、30年までに石油由来製品の3割を植物由来に変えるなどの目標を掲げる。ドイツ、イタリア、スペイン、フランスの各国も戦略を公表した。
日本では17年6月に閣議決定した政府の「未来投資戦略2017」に、「バイオ・マテリアル革命」が明記された。経済産業省も「スマートセルインダストリー」を推進する。
バイオ技術の進展は、日本発の“食料メジャー”を生む可能性がある。三菱商事と産業革新機構は5月、藻類を生産するバイオベンチャー、タベルモ(川崎市高津区)に出資した。タベルモは計17億円を調達し、ブルネイに栄養価の高い藻類「スピルリナ」の生産工場を建設する。
タベルモは生物の培養・育成技術を持つ「ちとせ研究所」(川崎市宮前区)のグループ会社。たんぱく質を大豆の20倍まで引き上げるスピルリナの培養手法を開発した。現在の売上高は1億円弱。三菱商事エネルギー事業グループの中西淳二事業開発ユニットマネージャーは「価値を見いだしたから出資した」と説明する。
世界的な人口増加に食料供給が追いつかず、30年代にはたんぱく質不足が起きると言われている。欧米ではたんぱく質が豊富な植物で肉代替品を製造するベンチャー企業も登場。米マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ氏が出資するなど、注目される。タベルモも、将来のたんぱく質不足解消に貢献しながら、事業成長する価値を秘めている。
積水化学工業は埼玉県寄居町で、微生物の働きでゴミからエタノールを生産する実証設備を運転する。食品、樹脂、紙などが混ざったゴミを蒸してガス化し、発生した一酸化炭素(CO)と水素を微生物が生息するタンクに送る。
微生物はCOと水素を取り込み、エタノールを出す。14年からの実証で、エタノールを大量に安定製造できる技術を確立した。
従来のエタノール化技術は効率が悪く、コストがかかっていた。積水化学は米ベンチャーのランザテックから提供を受けた微生物の選抜を繰り返し、10倍以上の速さでエタノールを生産できるようにした。
積水化学は19年度、商業プラントを稼働させる。計算上、35のゴミ処理場にプラントを併設すれば、日本のエタノールの年間需要75万キロリットルを賄うことができるという。エタノールはエチレンに変換すれば、プラスチック原料になる。岩佐航一郎BR事業化推進グループ長は、「化石資源に頼らない究極の資源循環社会を創生できる」と強調する。
バイオエコノミーの概念を取り入れ、循環型社会を実現する農村も登場している。林業が盛んな北海道の下川町では、主産物である木材を生産した後のおがくずなどを燃やす「木質バイオマスボイラ」で、熱自給率49%を実現した。得られた熱は住宅や幼児センターなどに供給し、年間1900万円の燃料コスト削減につながっているという。植物の燃焼による熱供給は、排出する二酸化炭素(CO2)量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」であるため、温室効果ガスの削減が期待できる。
生産した熱は地域おこしにも利用する。高齢者の集住エリアに、住民センターや郵便局などを一つに集約した「一の橋バイオビレッジ」では、このボイラで生産した熱を暖房や給湯に利用する。
さらに、太陽光発電で電力自給化も目指す。地域産業とエネルギー生産を結びつけ、高齢化が進む農村での高齢者の生活支援と、エネルギーの地産地消を実現した。
農林中金総合研究所の河原林孝由基主席研究員は「再生可能エネルギーが根付くかどうかはその地域の自然にマッチしているかが決め手だ」と指摘する。地域特性を見極めて最適な手法で導入すれば、地域内での自律的発展につなげられる。
一方、微生物が作る高分子を利用した「バイオプラスチック」は、医療分野での利用が進む。バイオプラスチックの一種「乳酸ポリマー」は、手術用の縫合糸やばんそうこうなどに使われる。乳酸ポリマーは固いものや薄く柔らかいフィルム状にも加工できる。体に吸収されやすいため、体内で使っても取り除く必要がなく、患者への負担が少ない。
東京農業大学の田口精一教授は、この乳酸ポリマーの生産効率や生体適合性を研究する。ポリマーを生成する大腸菌を改良し、乳酸ポリマーの製造工程を簡略化した。1リットルの培養液から取り出せる乳酸ポリマーの量は、事業化している既存技術の75%まで達成しており、さらに効率化を目指しているという。
日本の各研究機関はバイオプラスチック研究に早期から取り組んできており、技術的なノウハウの蓄積がある。田口教授は、「(原料や製造技術といった)経路をあらかじめ作っておき、事業化の可能性を高めておくのがアカデミアの役割だ。これに対し、ビジネスになるかを見極めて可能性を広げるのが産業界だ」と説明する。
近年存在感の高まるバイオエコノミーは、世界的な脱炭素社会の流れと相まって、ますます市場規模を広げようとしている。企業には研究機関の持つ技術を見極める目と事業化させるセンスが求められる。
バイオエコノミーとは…
バイオエコノミー(Bioeconomy=生物経済)。生物資源やバイオテクノロジーを活用して地球規模の課題を解決し、持続可能な社会をつくる概念。バイオテクノロジーと言えば農業・食品、健康・医療分野を思い浮かべるが、バイオエコノミーは工業、エネルギー・環境分野にも産業構造の変革をもたらす。欧州では再生可能な資源を使うような経済活動も含まれる。>
(文・松木喬、安川結野)
経済協力開発機構(OECD)が、30年のバイオ市場が加盟国の全国内総生産の2・7%、1兆6000億ドル(約180兆円)になると報告書をまとめた。内訳を見ると工業分野が最大の39%を占める。微生物による廃水や土壌の浄化も工業分野のバイオ技術だ。藻類からのバイオ燃料製造、植物由来のバイオプラスチックは、化石資源依存から脱却した“脱炭素社会”を目指す「パリ協定」と一致し、急成長を見込む。
バイオエコノミーへの取り組みは、欧州連合(EU)の動きが速い。行政執行機関である欧州委員会は12年、経済成長を目指すバイオエコノミー戦略を策定。7年間で約5200億円を投じ、30年までに石油由来製品の3割を植物由来に変えるなどの目標を掲げる。ドイツ、イタリア、スペイン、フランスの各国も戦略を公表した。
日本では17年6月に閣議決定した政府の「未来投資戦略2017」に、「バイオ・マテリアル革命」が明記された。経済産業省も「スマートセルインダストリー」を推進する。
藻で“食料メジャー”に/ゴミからエタノール生産
バイオ技術の進展は、日本発の“食料メジャー”を生む可能性がある。三菱商事と産業革新機構は5月、藻類を生産するバイオベンチャー、タベルモ(川崎市高津区)に出資した。タベルモは計17億円を調達し、ブルネイに栄養価の高い藻類「スピルリナ」の生産工場を建設する。
タベルモは生物の培養・育成技術を持つ「ちとせ研究所」(川崎市宮前区)のグループ会社。たんぱく質を大豆の20倍まで引き上げるスピルリナの培養手法を開発した。現在の売上高は1億円弱。三菱商事エネルギー事業グループの中西淳二事業開発ユニットマネージャーは「価値を見いだしたから出資した」と説明する。
世界的な人口増加に食料供給が追いつかず、30年代にはたんぱく質不足が起きると言われている。欧米ではたんぱく質が豊富な植物で肉代替品を製造するベンチャー企業も登場。米マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ氏が出資するなど、注目される。タベルモも、将来のたんぱく質不足解消に貢献しながら、事業成長する価値を秘めている。
積水化学工業は埼玉県寄居町で、微生物の働きでゴミからエタノールを生産する実証設備を運転する。食品、樹脂、紙などが混ざったゴミを蒸してガス化し、発生した一酸化炭素(CO)と水素を微生物が生息するタンクに送る。
微生物はCOと水素を取り込み、エタノールを出す。14年からの実証で、エタノールを大量に安定製造できる技術を確立した。
従来のエタノール化技術は効率が悪く、コストがかかっていた。積水化学は米ベンチャーのランザテックから提供を受けた微生物の選抜を繰り返し、10倍以上の速さでエタノールを生産できるようにした。
積水化学は19年度、商業プラントを稼働させる。計算上、35のゴミ処理場にプラントを併設すれば、日本のエタノールの年間需要75万キロリットルを賄うことができるという。エタノールはエチレンに変換すれば、プラスチック原料になる。岩佐航一郎BR事業化推進グループ長は、「化石資源に頼らない究極の資源循環社会を創生できる」と強調する。
バイオエコノミーの概念を取り入れ、循環型社会を実現する農村も登場している。林業が盛んな北海道の下川町では、主産物である木材を生産した後のおがくずなどを燃やす「木質バイオマスボイラ」で、熱自給率49%を実現した。得られた熱は住宅や幼児センターなどに供給し、年間1900万円の燃料コスト削減につながっているという。植物の燃焼による熱供給は、排出する二酸化炭素(CO2)量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」であるため、温室効果ガスの削減が期待できる。
生産した熱は地域おこしにも利用する。高齢者の集住エリアに、住民センターや郵便局などを一つに集約した「一の橋バイオビレッジ」では、このボイラで生産した熱を暖房や給湯に利用する。
さらに、太陽光発電で電力自給化も目指す。地域産業とエネルギー生産を結びつけ、高齢化が進む農村での高齢者の生活支援と、エネルギーの地産地消を実現した。
農林中金総合研究所の河原林孝由基主席研究員は「再生可能エネルギーが根付くかどうかはその地域の自然にマッチしているかが決め手だ」と指摘する。地域特性を見極めて最適な手法で導入すれば、地域内での自律的発展につなげられる。
エネ循環で街づくり/医療向けバイオプラ
一方、微生物が作る高分子を利用した「バイオプラスチック」は、医療分野での利用が進む。バイオプラスチックの一種「乳酸ポリマー」は、手術用の縫合糸やばんそうこうなどに使われる。乳酸ポリマーは固いものや薄く柔らかいフィルム状にも加工できる。体に吸収されやすいため、体内で使っても取り除く必要がなく、患者への負担が少ない。
東京農業大学の田口精一教授は、この乳酸ポリマーの生産効率や生体適合性を研究する。ポリマーを生成する大腸菌を改良し、乳酸ポリマーの製造工程を簡略化した。1リットルの培養液から取り出せる乳酸ポリマーの量は、事業化している既存技術の75%まで達成しており、さらに効率化を目指しているという。
日本の各研究機関はバイオプラスチック研究に早期から取り組んできており、技術的なノウハウの蓄積がある。田口教授は、「(原料や製造技術といった)経路をあらかじめ作っておき、事業化の可能性を高めておくのがアカデミアの役割だ。これに対し、ビジネスになるかを見極めて可能性を広げるのが産業界だ」と説明する。
近年存在感の高まるバイオエコノミーは、世界的な脱炭素社会の流れと相まって、ますます市場規模を広げようとしている。企業には研究機関の持つ技術を見極める目と事業化させるセンスが求められる。
バイオエコノミー(Bioeconomy=生物経済)。生物資源やバイオテクノロジーを活用して地球規模の課題を解決し、持続可能な社会をつくる概念。バイオテクノロジーと言えば農業・食品、健康・医療分野を思い浮かべるが、バイオエコノミーは工業、エネルギー・環境分野にも産業構造の変革をもたらす。欧州では再生可能な資源を使うような経済活動も含まれる。>
(文・松木喬、安川結野)
日刊工業新聞2018年6月8日