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「知識AI」と「データAI」が融合で日本巻き返しなるか?

2つのAI、“細やかさ”人力で補完
 第2次ブーム時の人工知能(AI)である「知識AI」と、第3次ブームでの「データAI」が融合しようとしている。産業技術総合研究所は介護、情報通信研究機構は翻訳サービスで融合を図っている。ビッグデータ(大量データ)を扱うAIは米国の大手IT企業が技術革新をリードする中、日本は現場に浸透した高度な知識体系を強みに勝負に出る。知識とデータ、二つのAIの融合で巻き返しを図る。

人間超える


 「知識とデータの融合は必然だ」―。産総研の辻井潤一AI研究センター長はこう説明する。1980年代の第2次ブームでは、現場や専門家のもつ知識を体系化して活用する知識AIが脚光を浴びた。ブームが下火になったが現在の第3次ブームではビッグデータとディープラーニング(深層学習)を組み合わせたデータAIが画像認識や囲碁などで人間をすでに超えている。

 知識AIの課題は体系化すべき知識がほぼ無限にあり、常識とされる知識が膨大で整理しきれない点だ。知識を業務マニュアルのように体系化しても、現場のマニュアルは常に変動する。

 これに対し、データAIの課題は大量のデータに学習するための「ラベル」を付けることだ。例えば自動運転で歩行者を認識するには、大量の歩行者の画像に「歩行者」とラベルをつける。知識とデータの対応付けが膨大だった。

実用化着々と


 そんな中、産総研の福田賢一郎主任研究員らは、介護現場の業務マニュアルを会員制交流サイト(SNS)によって更新するシステムを開発した。スタッフが気付きや改善点を職場SNSで共有すると、自動で整理して業務マニュアルに追加できる。知識の変動をSNSで吸収する。

 さらに知識体系とデータを対応付ける。例えば体重の重い患者の抱え上げ方とその動画を対応付ければ、動画データを基に抱え上げの“コツ”を学習できるようになる。

 またデータAIは動作の「成否」のラベル付けが難しい。マニュアルに従えば進行具合から成否を推定できる。辻井センター長は、「身体の動かし方は言葉で表現し難い。融合を試すいい研究になる」と期待する。

 一方、情通機構は翻訳サービスで融合を目指している。機械翻訳はデータ量が命だ。産業界と連携し、対訳データを収集する「翻訳バンク」の運用を始めた。情通機構に対訳データを提供すると、学習させた高精度翻訳AIの契約料が値引きされる。情通機構の先進的翻訳技術研究室の隅田英一郎室長は、「まずは1億文。その次は10億文集めたい」と意欲的だ。
  

 翻訳会社にとってはAIの進化は競合になるかもしれない。だが隅田室長は、「AIの精度が向上しても、意訳や文学表現、契約文チェックなどは専門性が必要。付加価値は人間が生み出す」と指摘する。データAIで精度を確保し、知識AIで付加価値の高い仕事を支援する。

 さらに「AIが作る知識体系は網羅的だが大ざっぱ。人間が作る知識体系は丁寧だが狭く細かい。二つをうまく補完しつつ、データと結び付ければ本当に価値のあるサービスになる」と期待する。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年10月16日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
知識AIとデータAIは、知識とデータの対応付けで同じ課題を抱えています。これまでタグ付けが難しかったデータを、サービスやサービスの知識体系に乗せてタグ付けするのが産総研。データAIでまず精度を確保してサービスに乗せて、そこから知識AIで専門知識や仕事をサポートするのが情通機構です。AIをインターネット空間から現実世界に引きずり出して働かせるには、データに加えて現実世界の専門知識が不可欠でした。第二次ブームの知識AIの蓄積を活用するタイミングを迎えています。これはAIとIoTを組み合わせたサービス開発そのものです。国研がモデルを作ることで普通の企業が挑戦できる環境が整うかもしれません。

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