もはや老害芸の新聞社説を読まない若者よ、大学は「物の見方を変える」場所だ!

働き方評論家・常見陽平氏が薦める本

私が毎年、楽しみにしているコラムがある。それは、新聞各紙の成人式に関する社説である。ただでさえ、若者の新聞離れが叫ばれる中、そこでメッセージを発信するというのだから、若者言葉で言うならば「無理ゲー」だ。読者である中高年への「言ってやったぞ」というアリバイづくりのようにも見える。内容は玉石混交で、率直に老害芸が多い。 この手のコラムを読むと、若者のことが心底「かわいそう」になってくる。日本は厳しい環境に置かれている、君たちは頑張らなくてはならない、と。そんな日本にしたのは誰だ? 昨年、神尾楓珠(ふうじゅ)、池田エライザの主演によりドラマ化されたかっぴー氏の『左ききのエレン』の原作版には、こんなメッセージがある。大人は無責任に「夢を見ろ」と言うけれど、いつしかその言葉は「現実を見ろ」にすり替わると。なるほど、若者はどこを、どのように見ていいのかわからず、混乱しているのかもしれない。 どうするか?ヒントになるのが東大入学式で話題になった上野千鶴子先生の『情報生産者になる』(ちくま新書)である。上野先生が語りたい本質は「自ら問いを立てる力」を身につける方法である、自ら知を生み出す問いの立て方をあの上野先生が語ってくれる有り難い書籍なのだ。 これから社会に旅立つ、もしくは既に荒波の中に居る諸姉諸兄は、人工知能(AI)との共生を考えなくてはならない。労働市場での既得権益を得ているベテラン、高齢者とも戦わなければならない。その状況下では「自ら問いを立てる力」が必要になってくる。後半には上野ゼミ出身者による論文の書き方マニュアルまで収録しており、学部生、大学院生にとっても示唆は多い。 私は大学で学ぶ意味とは「物の見方を変えること」だと思っている。見方を変えると言うことは感動することである一方、時に怖いことでもある。しかし、その驚きを得られないまま社会人になってしまうことは、とてもつまらない。 自分自身、一橋大学へ進んでから物の見方が変わることもあったし、それが社会学部から商学部に転部することにつながったが、労働社会学を専攻する者としては、会社員を経験し、大企業でも人事を担当、社会人として大学院にも進み、働く側のこと、使用者側の論理も理解している部類だとも思う。 労と使では物の見方が分かれる。その意味で人事の仕組みを知っておくことは就労者にとっても、これから仕事を探す人にとっても有益だ。その思いから薦めたいのが、海老原嗣生氏とその共著者である荻野進介氏による『名著17冊の著者との往復書簡で読み解く 人事の成り立ち』(白桃書房刊)。 海老原さんはリクルート社の先輩であり、新規事業や人事制度設計に携わり、リクルートエージェントの第1号フェロー社員。一方、荻野さんは大学の先輩であり、リクルート出身者だ。ともに現在の雇用論壇の先頭を走っている。 『人事の成り立ち』のサブタイトルは、「誰もが階段を上れる社会」の希望と葛藤―。欧米型雇用の実態を示しつつ、日本型モデルの良いところ、欧米モデルの限界、日本の働き方の限界を示しており、労働社会を理解できる。17冊の中には名著のみならず、ブラック企業や女性のキャリアの問題を扱った本まであり、往復書簡形式で読みやすい。 労務の入門書でもあり、就活生には座右に置いてもらいたい。新成人には、物事をみる視点と知の体力を高めてほしい。いいかげんな説教をする老害達に騙(だま)されないために。

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