西室氏死去に思う東芝と日立の違い

権威への向き合い方、日立もこれから大丈夫か

東芝社長時代の西室氏(1997年のインタビュー時)

 東京都心が煙雨に煙り、最低気温が10度Cを下回る冷たい朝、東芝元社長・会長の西室泰三さんの訃報に接した。長期入院でずいぶん気力をなくしたとお聞きし、心配していた。  経団連会長の奥田碩さん(トヨタ自動車会長=当時)の有力な後継候補と見られていた時期がある。副会長として、最重要分野だった社会保障改革の担当に起用され、西室さん自身も将来を期待した。  まだ東芝機械のココム違反事件が尾を引いていて、当時の東芝は財界でも発言力が大きくなかった。個人としての出世欲だけでなく、土光敏夫時代を取り戻したいという念願を直接、お聞かせ頂いた。  結局、経団連会長の座は同年の御手洗冨士夫さん(キヤノン会長)が射止めた。しかしその後、東芝の後任社長である岡村正さんが日本商工会議所会頭として財界トップに就任した。「妥当だね」と笑った西室さんの胸中は容易に察せられる。  不適切会計と原子力事業の巨額損失という相次ぐ不祥事で、東芝は財界の表舞台から姿を消した。一部にその責任を西室さんに求める声もある。ようやく経営危機の底打ちが見えてきたタイミングで、泉下の客となった。残る者たちに東芝の復権を託す思いであったに違いない。

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