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ソニー創業者・井深大が2400人の幹部に発したパラダイムシフトという遺言

秘蔵映像から見えてくる「近代科学」への強烈な懐疑
ソニー創業者・井深大が2400人の幹部に発したパラダイムシフトという遺言

「トランジスタなんかね、ボク自身が難しさを知らなかったからよかったと思うよね」(井深大)

 ソニー創業者の井深大氏が、2400人の全幹部の前で話した貴重な映像が残っている。

 時は1992年1月24日、場所は新高輪プリンスホテル。当時、83歳の井深氏は名誉会長に退き体調も万全ではなかった。毎年一回、国内外の部長以上が一同に会する「マネジメント会同」では、時宣を得たテーマについて発表や議論が行われる。

 井深氏は出席予定ではなかったが、テーマが「パラダイム」ということで居たたまれなくなってやってきた。井深氏は97年に亡くなるが、大勢のソニー社員の前で話したのはこれが事実上最後である。すでにソフトウエアの時代や科学の方向性を示唆した先見性に驚嘆せざるを得ない。日本の産業界のために文章にして全文をお届けする。

「デジタルだ、アナログだ」なんてのは技術革新にも入らない


 今日は身体の調子もあまり良くないので、出てくるつもりはなかったのですけど、「パラダイム」という言葉に惹かれて出てきたわけであります。

 パラダイムというのは非常にいろいろな意味があるんですけど、今日、みなさんの話を聞いてると、これはニューパラダイムの話じゃないんですよね。

 それでパラダイムっていうのは、どういうことかって言いますと、コペルニクスが地動説を言い出したわけでありますが、(それまでは)誰もが地球を中心にして太陽も月も回るんだ、ということを誰一人として疑うことはなかった。

 今でも我々は東から太陽が出て西へ沈むという事を平気で口にするくらい、天動説のパラダイムは行き渡ってまだ尾を引いている。先ほど社長(当時は大賀典雄氏)が言ったけれども、大衆の人全部が全然信じて疑わないこと、これがパラダイムなんですね。

 しかしパラダイムというのは決して真理でもなければ、永久にそれが続くわけではない。そういう問題がパラダイムなんで、我々の社会でパラダイムということを考えてみると、ひょっとしたら半導体を我々が使い出したこと、これは一つのパラダイムシフトになっているかもしれない。

 けれども、先ほどの言葉にもあったけど、「デジタルだ、アナログだ」なんてのは、ほんと道具だてにしか過ぎない。これは技術革新にも入るか入らないくらい。そういうと今日のスピーカーには大変失礼な言い方だけど、道具だてなんですよね。

デカルト、ニュートンにまんまと騙されている


 これをもってニューパラダイムというのは、非常におこがましいだろうと私はそう考える。少なくとも、もちろんみなさん方が明日のこと、今日のことを考えて、こういう事(マネジメント会同)を一生懸命やって解決される努力も立派なものがあるし、先ほどから聞いていて大変な努力が効果を奏していることもよく分かるんです。

 けれども、やっぱりニューパラダイムを考える人というものが、少なくとも21世紀に対しての備えとしてソニーに必要なわけなんで、そういうパラダイムの大ディスカッションをやるような機会というものをぜひ作ってもらいたい。

 今日のことばっかり考えていても、予言書によれば今世紀の終わりには地球が滅びるというのもあるんで、慌てて目の前の事を片付けておかなければならんこともこれは確かなんですけど(会場笑い)、もしも生き残った時に、21世紀のソニーはどうするかっていうことの備えもしてもらいたいというのが、私の遺言でございますので(会場笑い)。

 (ソニーには)一つパラダイムがある。「ソニーの製品は間違いねぇーんだ、高くてもしょーがねぇー買うんだ」と。これはみなさん方の努力で世界中にまき散らした一つのパラダイムと言っても差し支えないと思う。その次のパラダイムをひとつよろしくお願いします。おしまい。

 司会 どうもありがとうございました(会場拍手)
※少し時間が空いて井深氏再登場

 ちょっとさっきのは言いっ放なしで無責任のような気がするので、私の考えるパラダイムってのは一体何であるか。現在、モノを中心とした科学が万能になっているわけですね。これはデカルトとニュートンが築き上げた「科学的」という言葉にすべての世界の人が、それにまんまと騙されて進んできたわけなんです。

近代の科学を打ち破るカギは「モノと心」の一体化


 もちろん今日の経済もソニーの繁栄もその騙されたパラダイムの上に立ってできあがったものだと思う。我々は現代の科学とういうもののパラダイムをぶち壊さなきゃほんとじゃない。物質だけというものの科学というものでは、もう次の世界では成り立たない、というところまで今きている。

 それはどういうことかと言いますと、「デカルトがモノと心というのは二元的で両方独立するんだ」という表現をしている。これを話していたら1時間くらいかかるから、このぐらいにしておきますけど、モノと心と、あるいは人間と心というのは表裏一体である、というのが自然の姿だと思うんですよね。

 それを考慮に入れることが、近代の科学のパラダイムを打ち破る、一番大きなキーだと思う。それが割に近いところで、我々がどういう商品を作ろうか、さっき話のあったカスタマーを満足させるためのモノをこしらえようか、というのは人間の心の問題だと思う。ハードウエアからだんだんソフトウエアーズが入ってきて、だいぶ人間の「心的」なものが出てきたんですけども、まだソフトウエアーズというと、なんだか分かんないんですよね。

 ソフトウエアーズの意味もいろいろありますけど。もっと単刀直入に人間の心を満足させる、そういうことではじめて科学の科学たる所以があるので、そういうことを考えていかないと21世紀には通用しなくなる、ということをひとつ覚えて頂きたいと思います。

(司会)
 ありがとうございます。今の井深名誉会長のお言葉、21世紀に向けての真のパラダイムシフト、今日お集まりの2400人全員、あるいは部下の方全員の宿題とさせて頂きます。宿題のできた方はR&D戦略までぜひ届けて頂きたいと思います。

20年の時を経て1本につながった映像


 映像は約9分。実は長い間、その後半部分だけ存在していた。でも前半部分もどこかにあるはずだ、ということになり昨年大捜索を行った結果、広報部の棚の奥から見つかったという。

 当時のマネジメント会同は2400人と大規模だったが、最近は600ー700人に絞られて開催されている。広報部によると、92年1月24日の会場にいた人物はもう今のソニー社員にはいないだろう、と。

 それでも井深さんや、同じファウンダーである盛田昭夫氏の語録や映像は膨大なアーカイブとして残っており、ソニー社員であればいつでも見ることができる。
                   
ニュースイッチオリジナル
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
幸いにも映像を見る機会を得た。井深さんは病気がちだったと聞かされていたが、声の張りや顔つやはまったくそんな事を感じさせない。一度もお会いしたことはないが、この一つ一つの言葉と肉声を聞くだけで、心が震えた。 井深さんはこの年、文化勲章を受章する。その時のコメント。 「私は、もはやソニーの経営には直接関与していませんが、ソニーとエレクトロニクスに対する情熱は少しも衰えておりません。新しい技術や魅力ある商品に出会うと、今も私の技術者としての好奇心が騒ぎます」 このようなファウンダーを持つソニーは幸せである。

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