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早稲田大学総長はなぜ文理融合やデータサイエンスを本気で語れるのか

書窓/田中愛治氏・英語版で手にした『現代市民の政治文化 五カ国における政治的態度と民主主義』
早稲田大学総長はなぜ文理融合やデータサイエンスを本気で語れるのか

※イメージ

エビデンスに基づく思考重要

子どもの頃は理科系に進むと信じていた。小学校で理科の先生が担任になり、実験も多く深く考えさせる教育だった。なぜ電流はプラスからマイナスに流れるのか、なぜ鉄の塊の飛行機が飛ぶのか。子ども向けの物理の本に戦慄(せんりつ)を覚えた。論理的思考が性に合っていたと思う。武蔵高等学校中学校でさらに自ら調べ、自ら考える姿勢をたたき込まれたが、物理や化学の勉強は厳しくなってきた。同時に関心は政治や経済など社会へ変わっていった。

面白かったのはチャールズ・ディケンズの長編小説『二都物語』だ。フランス革命前後のパリとロンドンを舞台にした若者らの話だ。リーダーや庶民の悩み、革命による犠牲などその時代のものではあるが、物語を通じて自分なりに考えた。世界史も政治学者の道を選ぶ上で影響したかもしれない。

米国の大学院は、統計学を重視して大型計算機を多用する中西部の大学を選んだ。東海岸の大学で伝統的な政治哲学や外交史などでなく、人間の心理によって行動が関わり、原因と結果で動く政治に関心を持っていた。

渡米した際にG・A・アーモンドとS・ヴァーバの共著『現代市民の政治文化 五カ国における政治的態度と民主主義』を英語版で手にした。1960年代の米独などの国民の政治意識を、世論調査のデータ分析で明らかにしており、まさに私がやりたい研究だった。

興味深いのは80年代にこの分析を批判する本が出たことだ。民主主義の強い米国や英国、権威主義のドイツなど、アーモンドらの以前の分析に対し、「ドイツは70年代に民主化が進んだ」「政治文化は大きく変わるのに傲慢(ごうまん)だ」と中堅研究者が反論した。学問は批判も取り込んで進化する科学的なものだと感じた。

データなどエビデンスに基づいて次を考えることは重要だ。教職員には「これまでの取り組みが正しいと思ってはいけない」と言いながら、大学改革に取り組んでいる。

【余滴/異なる説得力】
文系出身の大規模私立総合大学のトップで、文理融合やデータサイエンスをなぜ、本気で語れるのか気になっていた。関心の幅が広く、科学的手法を多用する政治学研究者というキャリアが理由だと知った。文科系比率の高い全学をまとめる上で、理系トップとは異なる説得力があるに注目したい。(編集委員・山本佳世子)

日刊工業新聞 2024年01月29日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
早慶は自他ともに認める良きライバル。田中早大総長の場合は特に、慶応義塾への親しみを長年、持っているようだ。子どもの頃の理科好きの理由の一つに、慶大の工学部生だった8歳上の兄がいる。後にその兄の同級生で、社会学を学ぶ慶大大学院生を紹介してもらい、統計学を使った米国の社会科学研究への憧れが生まれた。武蔵高等学校中学校で親しかった同級生も、早稲田と慶応に進学した者ばかりだという。読書体験を聞く本インタビューで、こんなにも慶大と近しい関係にあると聞けたのは意外だった。両大学の切磋琢磨の上でもプラスに違いない。

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