「空飛ぶクルマ」で事業創出、試される商社の力
2025年に開かれる大阪・関西万博に向けて大手商社が「空飛ぶクルマ」の実証実験を進めている。未来の実験場である万博を前に、安全性を担保するなど社会的な受容性を高めるのが狙いだ。その上で移動時間を短縮するなど、ヒトとモノの移動を促して新しい産業を創出する。(編集委員・中沖泰雄)
大阪万博向け運航管理 量子計算機で機体制御
ボタンを押すだけで機体を離着陸でき、1本のジョイスティックで操縦できる―。これが米リフト・エアクラフト(テキサス州)の空飛ぶクルマだ。同社の機体で丸紅は有人実証実験を大阪城公園で実施した。国の許可が必要な屋外スペースで、操縦者が乗り込む飛行は国内で初となる。
丸紅航空宇宙・防衛事業部航空第三課の吉川祐一課長は「私も米国で乗った。乗れない人はいない」と言い切る。高い操作性や米国での飛行により、実用化が間近である点に着目してリフトと提携した。観光地の遊覧用として導入する計画だ。
さらに丸紅は業務提携する英バーティカル・エアロスペース・グループの機体を利用した商用運航を25年に始める。万博でインフラが整備される関西地域で観光用から開始し、医療や災害、過疎地対策などでの活用も検討する。
空飛ぶクルマの安全性を確保する運航管理システムについては、三井物産と宇宙航空研究開発機構(JAXA)、朝日航洋(東京都江東区)などが実証実験を実施。空飛ぶクルマを模したヘリコプターと有人機のヘリコプター、無人機の飛行ロボット(ドローン)の実機を飛行させ、緊急時に経路を変更するというシナリオで、機体や離着陸場と情報を連携して各機体の運航を調整した。
大阪府咲洲庁舎(大阪市住之江区)に運航調整機能を持つ試験所を設け、万博期間中に会場の離着陸場が閉鎖され、会場隣の人工島にあるヘリポートに経路を変更するという想定で実験を行った。各機体の飛行ルートや位置情報を大型スクリーンに表示しながら調整し、運用やシステムを検証した。
シンガポール上空を飛行する70台の空飛ぶクルマを量子コンピューターで制御する―。住友商事が無人管制システムを手がける米ワンスカイ・システムズ(ペンシルベニア州)などとの実証実験で得た成果だ。シミュレーション上だが、古典コンピューターの40台を上回った。
高速飛行する空飛ぶクルマを現在のタクシーのような存在にするには常に変化する気候や電波状態、他の機体との位置関係や状況などを解析し、運航をリアルタイムに制御する必要がある。そのため40年には古典コンピューターと比べて計算時間を1兆分の1に短縮できるといわれる量子コンピューターを活用する。
インフラ整備不可欠
機体と運航管理に加え、空飛ぶクルマの事業化にはインフラの整備は必要不可欠だ。その中で兼松は25年に離着陸場などインフラ開発・運営事業を始める。資本業務提携する英スカイポーツと24年までに合弁会社を設立する計画で、万博会場や空港、周辺観光地を結ぶ路線の構想がある大阪府など関西エリアを中心に同事業を進める。既存の交通機関の補完や急患・医療物資の搬送など各地のニーズにも対応して市場を開拓する。
矢野経済研究所(東京都中野区)によると、小型航空機の認知度が高いことや実証試験のサイクルが早いことから、欧州や北米、中国の3地域・国が先行し、25年を起点に多くの事業が始まり、急激な機体導入やインフラ整備が進む見込み。同年の空飛ぶクルマの世界市場規模を146億2500万円、50年には122兆円超に成長すると予測している。新しい移動手段として社会に定着し、利用者が急増すると見る。
それでは空飛ぶクルマを産業として育成するには、どのような制度整備が必要なのか。丸紅が実証実験で使用したリフトの機体は、20―30分間の座学と10分間の仮想現実(VR)を活用した講習を受けると、米国では操縦できるという。吉川課長は「日本でも米国と近い形で実装できるように国土交通省航空局と慎重に話しを進めている」と明かす。事業のベースとなるパイロットと整備士の要件を早急に決める必要があるとも指摘する。
機体と運航管理、インフラの三位一体で事業を進める必要があることから、今後、企業の合従連衡が予想される。さまざまな機能を結び付け、新しい事業を創出してきた商社の力が試される。
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