【ディープテックを追え】”究極の情報通信”量子インターネット実現を狙う企業の正体
量子コンピューターの開発に伴い、それらを結ぶ究極の情報通信「量子インターネット」の実現を目指す動きも出てきた。実用化は早くて2030年代とも言われるが、量子コンピューターの利便性を飛躍的に高めることが期待される。
ここに重要なのが、量子の状態を保つ中継器だ。通信を長距離化できるだけでなく、複数台の量子コンピューターを束ねてまるで1台の機器として活用できる。横浜国立大学発スタートアップのLQUOM(ルクオム、横浜市保土ヶ谷区)は量子中継器の実用化を目指す。
量子インターネットとは?
量子インターネットは「0」でもあり「1」でもある「量子重ね合わせ」を保ったまま、量子デバイスをつなぐ情報基盤だ。利点は量子コンピューターの並列化だ。量子コンピューターを複数台つなぐと、計算能力を指数関数的に向上できる。既存のコンピューターでも並列化はできるが、計算能力は指数関数的には増えない。量子インターネットを実現できれば、物理的に分散した量子コンピューターで分散計算できる。
一方、課題は長距離に量子をいかに伝えるかという点だ。通信用量子の光子を光ファイバーで長距離に届けるとする。その際、送信損失が生じるため光子の生存確率が低下し、受信側に届けるのが難しくなる。そこである間隔ごとで量子の状態を保存し、受け渡す中継器が必要になる。ルクオムの新関和哉代表は「中継器があればルーティングなども可能になる」と利点を話す。
技術統合が肝
中継器はさまざまな技術を組み合わせる必要がある。「量子もつれ」を光ファイバーで共有しやすい光源を生成したり、デバイスごとに合った波長へ変換する機能、量子の状態を保存し再生する量子メモリーなどだ。ルクオムではこれらの要素技術を統合。中継器という一つのデバイスに仕上げる点に強みを持つ。25年には中継器の実用化を目指す。「大阪万博での展示したい」と意気込む。普及時には10~15キロメートル間隔で中継器を設置することで効果を発揮できるという。
短期需要は暗号通信
ただ量子コンピューター同士を接続する並列計算の実現は未来の話だ。当然、量子インターネット向けの需要も当面は見込めない。そこで同社は先行して量子暗号通信向けの受注を狙う。
量子暗号通信は暗号化した情報を見るための「鍵」を光子に乗せて送る。光子はサイバー攻撃など外部から盗み見られると、状態が変化する。このため攻撃を察知し、鍵を作り直すことで情報秘匿の安全性を高められる。素数を利用する現在の暗号技術は、解読するための計算時間を長くすることで安全性を担保する。量子コンピューターが実用化されれば、現在の暗号技術の解読が容易になる可能性がある。そこで量子コンピューターが実用化される前に、量子暗号通信を整備することで未来のリスクに備えたいという需要が生まれるとみる。新関代表は「量子暗号通信に加えて、将来の量子インターネットの利用にも備えられる点を訴求する」と語る。金融機関に加え、通信インフラ事業者などに中継器を売り込みたい考えだ。セキュリティソフトを開発する企業との協業も視野に入れる。
量産に向けてはオキサイドと資本業務提携する。オキサイドが持つ単結晶技術を中継器の性能向上に生かす。量子コンピューターは世界のテック企業が開発競争を繰り広げる。当然その流れは周辺機器にも訪れることが予想される。同社はインテグレーションの強みを生かし、先行したい考えだ。
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