光量子コンピューターが半導体の微細化競争に終止符を打つ
半導体はその性能を素子の微細化によって追求してきた。微細化の限界を迎え、新しいパラダイムが求められている。理化学研究所チームリーダーを務める古澤明東京大学教授は光量子コンピューターを開発する。量子光源や光ファイバーなどでコンピューターを構成し、光を使うため10テラヘルツ(テラは1兆)の動作周波数が目指せる。現在の半導体から4ケタ高速化する。実現すれば半導体の微細化競争に終止符を打ち、新たな開発競争が始まる。(小寺貴之)
「現在の技術でも100ギガヘルツ(ギガは10億)までは楽勝で届く。コンピューターを微細化の呪縛から解放する」と古澤教授は宣言する。現在の量子コンピューター研究は量子ビットの数に目が向いている。米国で量子ビット数が研究資金集めの指標になっているためだ。
ただ、その動作周波数は遅い。量子ビットの維持や制御、読み出しが難しいためだ。量子ビットの数を追いかけ、実際の計算性能は曖昧になっている。古澤教授は「量子アルゴリズムは30年、速いものが出てきていない。計算機として速いものを作らなければ意味がない」と指摘する。
光量子コンピューターは量子もつれを起こした光子を利用する。量子光源から出てきた光子がビームスプリッターで量子もつれ状態にされ、長さの異なる光ファイバーを進む。すると量子もつれの光子が時間遅れで測定機に届く。光の位相などを変調して重ね合わせ、測定結果を計算表と参照して解を得る。10億規模の量子ビットを垂れ流すように演算に利用する。
これまで基本的な量子演算や計算表方式、10テラヘルツの量子光などの要素技術を実証してきた。研究室では第5世代通信(5G)の技術を用いて43ギガヘルツと広帯域を測定できる技術を開発した。一つの光で動作周波数が43ギガヘルツ。現行の半導体から動作周波数は1ケタ高速化する。光コム光源を用いると100のマルチコアに相当する演算が可能になる。
この光量子コンピューターには半導体チップはなく、光ファイバーや光学部品で構成される。古澤教授は「量子光源が次の開発競争になる」と説明する。量子光源は光に量子性をもたせつつ、量子ノイズを低減することが課題だ。NTTの技術で量子ノイズを75%圧搾して多重量子もつれ状態の光子を連続生成できるようになった。光通信の波長帯で動作するため、量子光源以外は安価な部品で構成できる。
課題は量子コンピューターと通常の古典コンピューターをつなぐ部分だ。43ギガヘルツで届く量子情報に追随し、次々に演算を指示する超高速ASIC(特定用途向け集積回路)が要る。50ギガヘルツで動作するASICは別の開発プロジェクトが動いている。ただASICに頼ると、ここが速度限界になる。光で光を制御できると10テラヘルツの動作周波数が現実のものになる。重要なパーツは候補が出そろった。これらの技術開発は計算と通信を握るための競争だ。古澤教授は「当然、勝者総取りになる」と気を引き締める。