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【ディープテックを追え】「SiCウエハー参入のラストチャンス」。名大発スタートアップが抱く危機感

#111 UJ-Crystal

電力変換を行う機能を持つパワー半導体の需要が高まっている。電気自動車(EV)の高機能化や省エネルギー化を目指し、性能向上の取り組みが続く。一つの軸が次世代材料の導入だ。現在主流のシリコンから炭化ケイ素(SiC)など、熱伝導率の高い素材に置き換わることでエネルギー損失を減らせる。デバイスメーカーがSiCの導入を進める中、ウエハーメーカーも動きを強めている。

名古屋大学の宇治原徹教授が立ち上げたスタートアップ、UJ-Crystal(名古屋市千種区)は独自の製造方法でSiC単結晶基盤の量産を狙う。「今は日本がSiCウエハーの領域に食い込めるラストチャンス」と息巻く。同社の戦略を聞いた。

次世代半導体材料 SiC

SiCは炭素(C)とケイ素(Si)を結合した化合物で、高い熱伝導率を有する。同素材を使ったパワー半導体はシリコンよりも高温でも動作し、EV用インバーターなどへの活用が期待されている。

SiCウエハー(写真は全て同社提供)

UJ-Crystalの独自性は単結晶の成長法にある。高温のシリコン合金溶液から結晶を析出する「溶液成長法」だ。 通常、SiCウエハーの製造に用いられる「昇華法」は個体原料を加熱、昇華させガス化する。それを冷却して結晶化してウエハーにする。温度差を結晶成長に使う昇華法では、大口径化の過程で結晶内の温度差が大きくなる。そのためウエハーが大きくなるほど、欠陥密度が大きくなってしまう。

対して、溶液成長法は炭素濃度の差を利用する。結晶化する際の温度変化がなく、熱力学的に平衡なことが特長で、従来の気相法に比べ結晶の品質を高めやすい。

課題をシミュレーションで解決

製造のイメージ

一方、溶液成長法にも課題はある。昇華法に比べ、確立された製造プロセスがないため、6インチ以上のウエハーを作ることが難しかった。同社では、この課題を人工知能(AI)で解決した。

方法はこうだ。コンピューター内に結晶成長を疑似的に再現。ウエハーの品質と大口径化を両立できる溶液の温度や流れをシミュレーションする。製造プロセスの条件を整えるだけでなく、ウエハーの製造中も温度などを瞬時に変えることで品質を高める。宇治原教授は「製造中に瞬時に条件を変えるのは人間には難しい。AIを使うメリットは多い」と話す。

パワー半導体各社は部材調達を急ぐ

SiCをめぐる状況は活況だ。パワー半導体大手ドイツのインフィニオンテクノロジーズやロームなどがSiCパワー半導体への投資を加速している。そこで懸念されるのがウエハーの供給不足だ。そうした背景から、すでに昭和電工はSiCウエハーの供給体制強化を決めた。

宇治原教授

UJ-Crystalも製造能力の強化を急ぐ。すでに6インチのSiCウエハーの製造に成功。2023年にもサンプル出荷を始める。25年からは小規模の生産ラインを構築し、28年ごろに本格的な量産体制を築く。同時に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受け、オキサイドなどと協力して8インチウエハーの開発も進める。宇治原教授は「SiCの需要は確実に伸びてくる。このタイミングが正念場だ」と力を込める。今後は外部資金を活用しながら、製造能力を拡大したい考えだ。

SiCウエハーの研究開発は海外企業が先行し、市場を作ってきた。今後はウエハーをより低コストで品質良く大口径化できるかにかかっている。溶液成長法を20年以上研究してきた宇治原教授の成果を社会実装できるか。SiCウエハーのシェア争いは始まっている。

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