まな板になる皿、オシャレで多機能な突っ張り棒…ヒットを生み出すデザインチームに迫る
一本の突っ張り棒に棚や照明などを取り付けインテリアの幅が広がる平安伸銅工業(大阪市西区)「DRAW A LINE(ドロウ ア ライン」、木製の取っ手を取り外せる藤田金属(大阪府八尾市)の鉄製フライパン「JIU(ジュウ)」、河辺商会(堺市西区)のまな板にもなる硬質樹脂製のお皿「CHOPLATE(チョップレート)」。SNSでも度々話題になったこれらのプロダクトを手掛けたのは、クリエイティブユニットTENT(テント)(東京都目黒区)だ。大企業に限らず、中小モノづくり企業からの製品開発依頼が後を絶たない。
同社の共同代表取締役である治田将之氏と青木亮作氏に、中小企業ならではの製品開発の課題と、強みについて聞いた。(取材・濱中望実、昆梓紗)
企画が『ゼロ』であれば全体がゼロに
「技術先行でも、デザイン先行でもなく、まず自分たちが一人のユーザーとして本当に欲しいと思えるものを考える」―。テントの製品開発は企画をとにかく練ることからスタートする。同社に持ち込まれる依頼で多いのが「自社の技術を活かした製品を考えてほしい」というものだが、それではユーザーに受け入れられる良い製品が生まれる可能性は低い。
「掛け算のように、技術やデザインが良くても、企画が『ゼロ』であれば全体がゼロになってしまうんです」(治田氏)。ユーザーにとって良い企画を実現するために、最適な技術やデザインを利用する。あくまでもその順番だ。
同社が手掛けたチョップレートは2019年にプロジェクトがスタート。藤田金属のジュウを見た河辺商会の福田康一社長が、自社でも同様に製品開発を行いたいとテントに依頼した。河辺商会は樹脂の射出成型を主な事業とするBtoBメーカー。自社技術を活かしたいというだけでなく、社員のモチベーション向上という目的もあった。
テントが多くの企画を出す中から、自社で着手しやすいものからまずは作ってみよう、ということで製品は「まな板になるトレー」に決定した。「ただ、企画を出しても初めはリアクションが薄くて…。中小企業さんとのプロジェクトではよくあることなのですが、その背景には、初めての取組みなので、どのような意見を出したらいいか分からない、不安があるという場合が多いです」(青木氏)。
それでも話し合いを進めていくと、後半には意見が少しずつ出るようになる。河辺商会の場合、若手社員からぼそっと「これなら刺身を切って皿に移さなくてよいから便利」という意見が出たことがプロジェクトを後押しした。これをもとに、「皿」を意識し長方形から円形へと変更し、現在の形になった。
しかし、21年にチョップレートが世に出るまでに約2年。この理由について青木氏は「投資判断に迷い停滞する」ことを挙げる。BtoB事業の場合、生産個数や規格等が取引先から定められていることが多い。しかしBtoC事業では売れるという確証のないまま、ある程度先行投資を行い、生産することを決めなければならない。また、社内体制づくりや販売のための営業・PR活動などの人的投資ができるかどうかが、プロジェクトの継続に大きく関わってくる。
クラウドファンディングなどで資金調達をしてから製品開発をスタートするというやり方もあるが、「いずれにしろ、先行投資をして製品開発をするというマインドセットをしなければプロジェクトが進まないことが多い」と青木氏は見る。チョップレートの開発過程でも、どの素材で作るかの判断に迷って時間がかかったというが、「(先行投資になるが)金型を作り、試作をしよう」と決めてからは大きく進展した。
一方で、中小企業は「判断が早い」という面もある。大企業では1つひとつの判断に何人もの決裁が必要な場合もある。しかし中小企業では経営者を中心に少ないメンバーでプロジェクトを推進していることも多く、意思決定のプロセスが少なく合意形成がしやすい。このメリットを生かせるかどうかは、前述の「マインドセット」にかかってくるだろう。
リリースまでに『世界一のユーザー』に
製品開発にあたって、テントではとにかく試作品を使ってブラッシュアップしていくことを重視している。大企業では特許等の利権関係上、リリース前の製品を広く試すというのが難しい場合もある。中小企業ではそこまでシビアに考えず、社内で試して改善点を見つけていく方がメリットが大きい。「リリースまでに『世界一のユーザー』になっておくこと」と青木氏は話す。
試作品を使い込んでいくと、思わぬ長所が発見できたり、よりユーザーに訴求するべきポイントが見えてきたりする。チョップレートの場合、材料の関係で表面に筋模様が出てしまうことが懸念になっていた。しかし、実際に使ってみると焼物の皿のような「味」に感じられ、メリットに変わった。また、食洗機や電子レンジを使える点も、生活の中で利用する中でより一層良さが実感できたものだった。
中小モノづくり企業発の製品でよく見られるPR方法として、「開発ストーリーや技術を紹介する」というものがある。製品開発プロセスに一貫して関われるからこそ、実感を持って伝えらえる。「店頭では製品そのものの見た目やデザインが重視され購買判断されますが、ECではストーリーなどの周辺情報までを含めて判断材料にする傾向があるようです」と治田氏は話す。
一方で、「ユーザーにとってどのようなメリットを実現するための技術なのか」につながらなければ、そのストーリーがユーザーに響くものには当然ならない。「単に技術を紹介するだけでは『技術がすごいのは分かった。でもそれで自分たちの暮らしがどう良くなるの?』と思われてしまう」(青木氏)。製品開発プロセスの中で、ユーザーメリットと自社の技術力や独自性を紐づけようと努力しつづけ、結果的にユーザーへの訴求ポイントになるのだ。
伝統工芸とデザインの融合や、販路拡大支援などは近年増加しているものの、工業製品分野での同様の取組みはまだ少ない。
「我々としては、(量産を行う)中小モノづくり企業と組んでしっかりとした製品を作っていけば世の中がもっと良くなるのでは、という気持ちで取り組んできました」(青木氏)。今後同様の企業を支援するようなイベントなども行っていきたいと話す。